第3章:完璧な玩具(おもちゃ)
「ガハハ! 見ろよ、SNSのアカウント、一晩でフォロワーが5万人増えたぞ!」
アメリカ・ロサンゼルス近郊にあるジェイク・マーサーの豪邸。
配信用の最新機材が並ぶスタジオで、ジェイクはスマートフォンを放り投げ、満足げに背伸びをした。
ここ数日、彼の周りには奇妙なほど「追い風」が吹いていた。
ネット上のどこを見ても、自分の狂気的な配信スタイルを絶賛する英語のコメントで溢れ返っている。
特に匿名の熱狂的なファンたちから送られてくるネタの提供や、絶妙にプライドを刺激する煽り文句は、ジェイクの承認欲求をこれ以上ないほど満たしていた。
『ジェイク、お前はただのストリーマーじゃない。現代のリアル・アウトローだ』
『日本の次は、アメリカの警察をビビらせてくれよ。お前が銃を構える姿が見たい』
そんなコメントの主たちが、すべて真の構築したAIボットだとは、ジェイクは夢にも思っていない。
彼は完全に、自分が「時代の寵児」になったと錯覚していた。
「おい、ジェイク。次の配信の企画、マジでやるのか?」
スタジオの隅で、配信のカメラマン兼モデレーターを務める男・クリスが、顔を曇らせて尋ねた。
クリスの手元には、ジェイクが裏ルートで購入してきた一丁の銃。
黒光りするアサルトライフル『AR-15』が置かれていた。
「おいおい、クリス。何をビビってるんだよ?」
ジェイクは鼻で笑い、AR-15をラフに拾い上げた。
そして、カメラに向かって銃口を向けるポーズを取る。
「ただのファンサービスさ。コメント欄の熱狂が最高潮になったところで、こいつを画面にドカンと映す」
「リスナーどもは狂喜乱舞して、同接は一気に10万人突破、投げ銭の嵐だ。何も問題ねえだろ?」
「いや、マズいって。最近、この地域は不法侵入や強盗事件で警察の警戒が厳しくなってる」
クリスはなおも食い下がる。
「いくらドッキリ(ジョーク)でも、配信で本物のライフルを振り回して、もし通報でもされたら――」
「うるせえな!」
ジェイクは苛立ったように机を叩いた。
「過去にスワッティング(偽通報ドッキリ)を食らった時も、警察が来たら『ハーイ、YouTubeの撮影中だよ!』って笑って握手して終わりだったろ?」
「警察だって俺の顔を知ってる。ここはアメリカだぜ?」
「銃の1丁や2丁、エンタメの小道具にしかならねえよ。俺は無敵のジェイク・マーサーだ。指図するな!」
「……チッ。勝手にしやがれ」
クリスは呆れたように肩をすくめ、それ以上止めるのをやめた。
自分の意志で、最悪の選択肢を選んだジェイク。
その顔は、歪んだ全能感で満たされていた。
◇
同時刻。太平洋を挟んだ日本のオフィス。
深夜の静まり返ったフロアで、真は画面を見つめていた。
ジェイクの部屋に仕掛けられたスマートフォンのマイク。
そしてWEBカメラを通じて、スタジオ内の一挙手一投足がリアルタイムでテキスト化され、真のモニターに流れていく。
「……周囲の制止を拒絶。アルコール摂取による前頭葉の機能低下を確認」
「ターゲットの行動は予測モデル『プロット・D』と100%一致」
真がキーボードのキーを一つ叩くと、画面のインジケーターが激しく明滅した。
真のAIは、現地の警察無線のデータ、周辺のパトカーのGPS、さらにはジェイクの部屋の照明のルクス(明暗)までを完全にシミュレートしていた。
暗い部屋。
泥酔した巨漢。
そして、本物のアサルトライフル。
すべての条件が揃った時、画面の中央に血のような赤文字で、演算結果が表示された。
【現地警察(SWAT)による即時脅威認定確率:98.7%】
【生存確率:極めて低(予測:数秒以内に無力化)】
「完璧な玩具だな、ジェイク」
真の冷酷な瞳が、暗転したモニターの中で静かに光る。
「お前が引き金を引く必要はない」
「お前自身が、アメリカの暴力を起動する引き金になるんだ」
真の手が、次のプログラムの実行ボタンへ向かって、静かに下ろされた。




