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第2章:エンタメという名の殺人


悠人が遺した、底の抜けたように冷たい部屋。


そこから真の自宅へ戻る道中も、世界は何も変わらずに回っていた。


街行く人々はスマートフォンの画面を見て笑い、トレンドの動画に夢中になっている。


その笑い声の何割かが、悠人をハメ殺した動画に向けられているのではないか――


そんな錯覚すら覚えるほど、ネットの悪意は現実を侵食していた。


カタカタカタカタ、と。


無機質なキーボードの打鍵音だけが、真の自室に響いている。


モニターの光に照らされた真の顔には、涙もなければ、歪んだ怒りの表情もなかった。


あるのは、ただ淡々とコードを書き換え、バグを潰していく時と同じ、完全な「無」だ。


「……アクセス、成功」


真の指がエンターキーを叩く。


画面に表示されたのは、ジェイク・マーサーのプライベートな情報だった。


パスワード、銀行口座、過去の通話履歴。


そして――彼が現在、アメリカの自宅で稼働させているスマートホーム(IoT家電)の管理権限。


日本の警察は「海外籍だから手が出せない」と言った。


ならば、こちらも日本の法など無視して、海の向こうの標的を直接ハッキングするまでだ。


『ハロー、ルーザーども! 帰ってきたぜ、マザーファッカー!』


スピーカーから、聞き覚えのある下俗な大声が響いた。


ジェイクが帰国後初となる、自宅からの生配信を始めたのだ。


画面の中のジェイクは、高級なゲーミングチェアに深く腰掛け、最高級のステーキを頬張りながら、実に気分良さそうにビールを煽っている。


視聴者数は、すでに同接(同時視聴者数)で8万人を超えていた。


『おい見ろよ、日本での突撃動画、ついに3千万再生突破だ! 過去最高にバズったぜ。あの陰キャサムライ、マジで最高の玩具おもちゃだったな!』


ジェイクが下品に笑うと、コメント欄が瞬く間に埋め尽くされていく。


【JAKE IS KING!!】

【アイツの怯え顔マジでウケた】


その時、コメント欄に一つ、英語の質問が流れた。


【あのサムライ、配信もSNSも全部消して失踪したらしいぞ。やりすぎだろ】


それを見たジェイクは、大げさに肩をすくめて、ビール缶をカメラに突き出した。


『ハァ? 失踪? 知るかよそんなの!』


ジェイクは鼻で笑う。


『あいつは俺のおかげで、世界中から注目される有名人になれたんだぜ? 感謝してほしいくらいだ。勝手にメンタル病んで潰れたなら、それはあいつが弱すぎただけさ』


ビールを喉に流し込み、カメラを指差した。


『ここはアメリカだぜ? 俺はただのエンターテイナー。あいつが勝手に自滅しただけ。America, baby!』


確信犯的な、自己正当化。

罪悪感など微塵もない。


彼にとって他人の人生は、自分の再生数を稼ぐための「ただの消費財」に過ぎなかった。


「……認知バイアスの固定化、および自己正当化プロセスの完了を確認」


真は冷たく呟いた。


その視線は、ジェイクの配信画面ではなく、その横で動いている「別のプログラム」に向けられていた。


真が構築した超高精度生成AI。


それはすでに、ジェイクの過去の全配信データ(合計4000時間以上)を学習し終えていた。


ジェイクがどんな言葉に興奮し、

どんな煽りにプライドを刺激され、

どんなタイミングで無茶な行動に出るか――


その精神の脆弱性と行動パターンは、すべて数値化され、真の掌の上に転がっていた。


「ジェイク。お前は自分が、自分の意志でコンテンツを作っていると思っている」


真の指が、ふたたびキーボードの上を滑る。


「……だが、これからは違う」


「お前は僕のAIが引いたレールの上を、ただ踊らされるだけの、ただの操り人形だ」


『おいリスナー、次の配信は何が見たい?』


画面の向こうで、ジェイクが視聴者に問いかける。


その直後、真の指示を受けたAI群――数千、数万の「偽のファン・アカウント」が一斉に動き出した。


人間のプロのサクラでも見抜けないほど自然な英語。


ジェイクの承認欲求の最も敏感な部分を突くコメントを、SNSや掲示板、そして配信のチャット欄へ大量に投下し始める。


【ジェイク、お前は無敵だ。だけど、最近のクレイジーさが足りないぜ】

【前のSWAT突撃(Swatting)ドッキリは最高だった。またあの緊張感を見せてくれよ】

【本物の男なら、銃の1丁くらい配信でチラつかせてみろよ。お前ならやれるだろ?】


仕込みは終わった。


ジェイクの脳内に、「次は銃を出せば、登録者100万人が一瞬で手に入る」という極上の麻薬アイデアを、AIが直接流し込んだのだ。


「次は、アメリカのシステム(暴力)を起動する」


真のモニターに、現地アメリカの警察無線の傍受データが立ち上がる。


そして、ジェイクの部屋の照明・音響をハッキングするためのコントロールパネルが表示された。


冷徹な罠の歯車が、静かに噛み合い始めた。

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