第1章:異国からの処刑宣告
「見てよ兄さん! チャンネル登録者がついに3万人を超えたんだ!」
画面の向こうで、義理の弟である佐伯悠人は、まるで宝くじにでも当たったかのように顔を輝かせていた。
内向的で、いつも自室でゲームばかりしている大人しい少年。
血の繋がりこそないが、真にとっては、不器用ながらも必死に自分の世界を広げようとしている愛すべき弟だった。
「おめでとう、悠人。夜遅くまで頑張っていた成果だな」
真がいつも通りの冷静な声で返すと、悠人は照れくさそうに頭を掻いた。
「へへ、兄さんの会社のAI技術、本当にすごいよね。僕が配信で使ってる翻訳アシストのテスト版、すごく自然にコメントを拾ってくれるんだ。いつか兄さんの作ったAI、僕の配信で世界中に自慢したいな」
「ああ、いつでも使ってくれ。お前の配信の役に立てるなら、開発した甲斐がある」
それが、弟と交わした最後の「普通の会話」だった。
数日後。
その悪夢は、何の前触れもなく、圧倒的な暴力となって悠人の日常を蹂躙した。
『ヘイヘイヘイ! 画面の前のルーザーども、元気にしてるか!』
スマートフォンの画面の中で、金髪の巨漢が歪んだ笑みを浮かべて叫んでいる。
ジェイク・マーサー。
登録者数数百万人を誇る、アメリカのトップ迷惑系ストリーマー。
『今日のターゲットはここだ! 日本の陰キャSAMURAI配信者、ユウトのセーフハウス(自宅)に突撃してやるぜ!』
画面が揺れ、見覚えのある景色が映し出された。
悠人が暮らす、古びたマンションのエントランスだ。
ジェイクは勝手にオートロックをすり抜け、悠人の部屋のドアを激しく叩き始めた。
バンバンバン!
と、鼓膜を破らんばかりの暴行のようなノック音。
「な、なんですか……? 誰……?」
恐る恐るドアを開けた悠人の顔は、恐怖で完全に強張っていた。
カメラのフラッシュが、容赦なくその怯えた顔を照らし出す。
『オゥ、出たなサムライ! お前の配信、クソつまんねえんだよ! 英語も喋れないくせに配信なんかしてんじゃねえよ! ほら、何か言ってみろよ!』
「あ、ア、アイム……ソーリー……プリーズ、ストップ……」
必死に拙い英語で拒絶しようとする悠人を、ジェイクは首を大げさに傾げて嘲笑した。
『ハー? 何言ってっか全然分かんねえ! ほら見ろよリスナー、これが日本の「リアル・サムライ」だ! 英語も喋れないくせに配信なんかしてんじゃねえよ。これはただのジョークだろ? 笑えよ!』
ジェイクは悠人を突き飛ばし、土足のまま部屋へと押し入った。
カメラが室内を舐めるように映し出す。
そして、棚の上に飾られていた、悠人の亡き母親の遺影にピントを合わせた。
『ウわっ、なんだこれ? 呪いのビデオか? マジで不気味な国だな、ジャパンは!』
「やめて、やめてくれ! 触るな……!」
悠人の悲痛な叫びなど、彼らにとっては極上の「エンタメ」でしかなかった。
ジェイクの配信のコメント欄は、世界中からの悪意で埋め尽くされていく。
【KILL KILL】
【LOSER!!】
【Get out of the internet, JAP!!】
【これだから日本の陰キャは笑えるwww】
世界中から浴びせられる、数百万もの爆笑と罵倒。
それは、一人の純朴な少年を精神的にハメ殺すには、十分すぎる質量だった。
翌日。
真が悠人のマンションへ駆けつけた時、部屋の扉は開け放たれていた。
室内からは、生活感が綺麗に消え失せていた。
ただ、棚の上で床に叩きつけられ、ガラスの割れた母親の遺影だけが残されている。
ガタガタと震える手でスマートフォンを開くと、一通の短いメールが届いていた。
『兄さん、ごめんなさい。もう、どこを歩いても、世界中から笑われている気がするんだ。僕のせいで、母さんまで汚されてしまった。僕、もう消えちゃうね。兄さんのAI、自慢できなくてごめん。』
それが、悠人の遺書だった。
警察に連絡を入れ、事情を説明する。
しかし、対応した年配の刑事は、面倒そうに鼻を鳴らすだけだった。
「ネットのトラブルねぇ……。しかも相手はアメリカ人でしょ? うちじゃあ、どうしようもないよ」
法は動かない。
国家も助けてくれない。
画面の向こうでは、今もジェイクが「日本遠征は大成功だったぜ!」と大笑いしながら、悠人を玩具にした動画で莫大な広告収入を得ている。
「……そうか」
真の口から、掠れた声が漏れた。
その瞳からは、すでに感情が完全に消え失せていた。
怒りすら通り越し、彼の脳は「天才エンジニア」としての冷徹な演算モードへとシフトする。
日本の法で裁けないなら、アメリカのシステムで殺せばいい。
暴力には、より強大で、抗えない国家の暴力をぶつければいい。
真は自室のPCに向かい、キーボードを叩いた。
ディープラーニングを開始する。
対象は――ジェイク・マーサーの過去の全配信データ、音声、行動パターン、そして自宅のセキュリティ環境。
「悠人。お前の仇は、僕のAIが『最高の方程式』で片付ける」
モニターの暗転した画面に、真の冷たい眼光が映り込んでいた。




