第4章:仕組まれたカウントダウン
ジェイク・マーサーの自宅から、全世界へ向けた生配信が開始された。
開始からわずか数分で、同時視聴者数は瞬く間に5万人を突破していく。
『ヘイヘイヘイ! 待たせたなルーザーども! 今日の配信はいつもと一味違うぜ!』
画面の中のジェイクは、すでにかなりのアルコールが入っているのか、顔を赤くして大声で笑っている。
その手には、案の定、黒光りするアサルトライフル『AR-15』が握られていた。
【マジで銃持ってるじゃん!】
【JAKE IS CRAZY!!】
【これBANされないか?】
コメント欄が爆発的な速度で流れ始める。
その興奮の波を、ジェイクは脳内麻薬のように貪っていた。
だが、彼がカメラに向かって銃を自慢しているその瞬間。
太平洋を隔てた日本の暗い自室で、真の指がキーボードを叩き、真の復讐劇が『本番』へと移行した。
「――作戦、コード『スワッティング・オートメーション』。実行」
真のPCから、アメリカのロサンゼルス市警察(LAPD)の緊急通報指令室へ向けて、不可視のデータ群が射出された。
真が構築したAIは、まず現地の通信網をハッキングし、ジェイクの自宅にほど近い一般家庭の固定回線を踏み台にしてIPアドレスを偽装。
そこから、警察の緊急通報用チャットシステムと、音声通報ラインを同時にジャックした。
『タ、スケテ! 夫が、夫が銃を乱射しようとしてるの!』
通報ラインに響き渡ったのは、恐怖に引き裂かれたアメリカ人女性の悲鳴。
ジェイクの過去の動画からサンプリングした「クリスの恋人の声」をベースに、AIが喉の震え、息遣い、バックに流れる「ジェイクの配信の怒号」までをリアルタイムで完全合成したフェイク音声だ。
さらに、警察の指令室のモニターに、一つのリンクが弾き出される。
『夫がネットに投稿した犯行声明動画』と題されたそのデータを開いた警察官は、息を呑んだ。
そこに映っていたのは、暗い部屋でAR-15を構え、
『今から街に出て、突撃してサムライどもをぶち殺してやる!』
と狂気的な笑みを浮かせて叫ぶジェイクの姿だった。
――もちろん、これもフェイク動画だ。
ジェイクが日本で悠人を脅した際の音声から「サムライ」という単語を抽出し、過去の別動画の銃の映像と、AIによって合成された唇の動き(リップシンク)を寸分の狂いもなく融合させたもの。
どれほど高度な鑑識であっても、数分や数十分の目視では、これが人工的に作られたものだとは決して見抜けない。
「直近で発生したロサンゼルス近郊の銃乱射事件のデータを学習させ、現在の警察の警戒レベルは『最高』」
真は淡々と画面を見つめる。
「さらに通報音声に意図的なノイズを混ぜることで、現場の焦燥感を煽る」
指令室のログが書き換わっていく。
【重大テロ案件と断定。容疑者は自動小銃を保持。精神的に錯乱状態。SWATの緊急出動を要請】
アメリカという国家が持つ最強の暴力装置(SWAT)が、真の書いたコード一つで、ジェイクという一人のクズを圧殺するために起動した瞬間だった。
◇
何も知らないジェイクのスタジオでは、コメント欄の様子が目に見えて変化し始めていた。
【おい、ジェイク、お前の住所がリークされてるぞ!】
【ガチで警察に通報した奴がいるっぽい】
【外からサイレンの音がする!】
【STOP JAKE!! IT'S REAL!!】
不穏な空気を感じ取ったクリスが、青ざめた顔でスマホをジェイクに見せる。
だが、泥酔し、AIボットに「無敵の男」と煽られ続けたジェイクの脳は、すでにまともな危機感を失っていた。
「あ? サイレン? ハハハ、お前ら最高だな!」
ジェイクは大笑いする。
「リスナーの誰かが配信用にサイレンの音でも流してんのか? それとも、またいつものドッキリ(スワッティング)かよ!」
ジェイクはカメラに向かってAR-15を突き出し、これ見よがしにチャージングハンドルを引いた。
ガチャン、と。
本物の金属音がスタジオに響く。
「おい見ろよ! コメント欄で『SWATが来るぞ』って騒いでる! 同接が9万を超えた! お前ら最高だな、もっと盛り上がれ!」
狂ったように笑うジェイク。
その直後。
スタジオの防音壁を透過して、本物の、現実の、地を親うような重低音のサイレンが微かに響き始めた。
それと同時に、遮光カーテンの隙間から、無数の「赤いドット(レーザーサイト)」の光が差し込む。
赤い光は、ジェイクの胸元を不気味に照射し始めた。
ジェイクはまだ、それをリスナーが仕掛けた配信用の演出だと思い込んで、下品に笑い続けていた。




