5話 ホワイト・ライト
——家族を奪ったビーストどもを根絶やしにしてやる。
ビーストの襲撃によって姉を喪い、父親も戦いのなかで命を落とした。仇を討つ為に、復讐の為に戦う。そのはずだったが、いつしかもう一つ、戦う意味を見出していた。
——少尉は死神なんかじゃない。戦い生きて帰り、それを証明する。
味方から死神なんて渾名をつけられている事実を知り、そんな馬鹿な話があるもんかと腹が立った。そんな悪評は覆してやる。俺にはそれができると、思い込んでいたのだ。
——ごめんなさい。
だけど、その決意は困らせてしまうだけだった。自分自身の不甲斐なさを知り、自分が戦うことを選んだ原点を思い出した。憧れていた、父親の背中を。
——俺は、あの人の為に戦いたい。
この世界がどういった姿をしているのか。自分に、一体何ができるのか。優しくしてくれた人たちを離れ、新たに出会った人々のなかでそれを探したが、結局答えは見つからなかった。
それどころか、再会後に浴びせかけられた強い拒絶。
実の兄のように思っていた恩人。新しい場所で出会った戦友も亡くして、理不尽ばかりの世界に自分自身がいかにちっぽけな存在であるか突きつけられた。
これまでやってきたことのすべてが、無駄なことに思えて仕方なかった。
それでも、思うままに走っていいと。
勝手に纏わりついてくる柵なんか気にせず、自分で決めていいのだと。
まだ何も分かっちゃいない。迷ってばかりの俺を押し出してくれる言葉があったんだ。
「クーナさん!」
クルセイダが導くままに空を駆け、遥か上空を流れるエーテルの奔流から抜け出した時、飛び込んできた光景は、アーキタイプ・ジェヌヴによって破壊されたファルコンⅡと、剥き出しのコクピットから立ち上がったクーナさんだった。
メインブースタを全開にして、一直線に駆けつける。
迎撃しようとしたのだろうジェヌヴが、ファルコンⅡを放り出して上昇してくるが、そんなものには目もくれない。
突進するかのように無理やり突破して、支えを失くし落下していくファルコンⅡを追いかける。機体は頭部と右腕が切断され、左腕も前腕部から斬り落とされていた。全体的に損傷が激しいが、胸部は内部フレームまで暴かれてしまっている。
風圧に堪えられず、クーナさんの身体が宙に舞う。
ぶわっと浮き上がる身体を追い抜いてしまうが、すぐに速度を調整して高さを合わせ、両腕のマニュピレーターで籠を作って抱え込んだ。
「クーナさん、大丈夫ですよね!」
両腕を引き寄せつつ、胸部のコクピットハッチを解放しながら叫ぶ。
両手をついてへたり込むように座るクーナさんが顔を上げる。シートから離れてハッチ近くまでいき、右腕を伸ばした。「さぁ、こっちに」
深い青色から、暗く濁ったような金色に変わった瞳を揺らしながらも、クーナさんは手を伸ばしてくれる。躊躇いが残るその右手を、力強く掴むとやや強引に引き寄せた。抱きしめるような形になり、そのままシートへと背を預ける。
彼女のパイロットスーツから伝わってくる感触は冷たい。
それでも、耳元で「どう、して」と呟く声に、ああ、生きているという喜びが広がる。
「さよならなんて、言わないでください。バケモノだからなんて、そんな悲しいこと、言わないでくださいよ」
クルセイダは姿勢を直立状態にして、海面近くを浮遊している。機体を取り巻く緑金のエーテルがさざ波を立て、結解のように取り囲んでいた。
乱れた銀色の髪を掌で抱き、そっと身体を離す。その憔悴した姿は、自分自身の無力さを痛感させる。
「俺は、君の為に戦う。俺みたいな奴の為に泣いて、謝って、自分を責める優しい君の為に。その為にどうしたらいいか。俺なりに考えて、やってみたつもりだったけど、結局分からずじまいだった。俺にできることなんて、これっぽちもないのかもしれない。そう思わされた。けど……」
ざわ、とエーテルの風が騒ぐ。上空から、ジェヌヴが迫った。
「お取込み中のようですが、そういうのは戦いを終えてからの方が良いのではなくて?」
結解を容易く打ち破り、細身の黒い刀剣が左側から頭部を薙ぐように振るわれる。
クルセイダは右肩部のハード・ポイント・システムに懸架された、無骨な造りをした大剣のようなヒート・ソードを握り、真っ向から打ち合った。
高密度の鋼と鋼がぶつかり、青い火花を散らす。
「ほう。このジェヌヴと打ち合いますか。器が本物とはいえ、仮染めの中身だというのに、大したものですね」
「……最初から、俺一人でどうにかできることなんて、ほんの少ししかないんだ。誰だって、一人じゃ何もできないから、寂しいから、自分じゃない誰かに触れて、あたたかさを感じていたいんだ。
それは、ダメなことでも、恥ずかしいことでもない。人が生きてきたなかで繋いできた、絆なんです。
だから俺は、クーナさんと一緒生きていきたい。隣にいて、俺に何ができるか、二人なら何ができるか、一緒に考えて探していきたい。
君が自分をバケモノだっていうのなら、それでも構わない。そう思えなくなるくらい、楽しいことをしよう。笑い合って過ごそう!
俺は、君のことが、大好きだから!」
自分自身の気持ちを偽ることなく、真正面から伝える告白。
まるで枯れた野花に雨が沁み込むようにして、ゆっくりとクーナさんの顔が赤く染まっていく。
彼女は、大粒の涙を浮かべながら、はにかむようにして笑った。
「私を無視するとはなかなか豪胆なものです。せっかくの戦場に、相応しくない行為だとは思いませんか」
斬り返して放たれる、逆方向からの袈裟斬りを左前腕部で受け止めた。漆黒の刃は装甲に喰い込んだが、その動きは中ほどでぴたりと止まる。クルセイダは纏う緑金のエーテルは更に勢いを増していた。
「……エレオラさん。貴女が何を考えてこんなことをしたのかは分かりません。知りたいとも、思いません。貴女はもう、クーナさんを傷つけた俺の敵ですから。みんなを護る為にも、ここで倒します」
操作していないにも関わらず、クルセイダの右半身がぐっと沈み込んだ。
いくばくか右肘を下げたから、勢いよく貫手が放たれる。ジェヌヴの腰部やや上、脇腹から差し込まれた貫手は、甲冑のようなぶ厚い装甲を砕き、収められていた動力炉を引きずり出す。
クルセイダは動力炉を握ったまま、その右手を同じように己へと差し込む。
(……無理やり、取り替えたんだ。もともと、コイツのものだったんだ)
砂浜に打ち上げられるようにして擱座した姿を発見した時、クルセイダの動力炉部分は空洞になっていた。
今でこそ軍用の正規品が納まっているが、これがあるべき姿ではなかったのだ。
クルセイダが纏う白亜の装甲が、より一層輝きを増す。モニター類はすべて表示が消え、コクピットは激しさを増す白い光で満たされていく。
何が起きているのか理解できない。説明もつかないような事象ではあったが、不思議と恐怖は感じない。むしろ、身体を包む光にはあたたかさすら感じる。だがそれは、ジェヌヴとエレオラにとっては異なるようだった。
「まさか、紛いもの分際でここまで」
凄まじい力を感じる。勢いよく湧き出していくエーテルが、根源たるクルセイダを中心にして空域に広がっていくことが分かった。ジェヌヴも、超大型ビーストも、縛られたようにその場で動きを止めている。
(ああ、そうか)
クルセイダに宿ったこの波動を放つことが、今、自身がやるべきことだと悟る。
膝の上で座るクーナさんの肩をぐっと抱き寄せると、少し震えながらも頷いてくれる。彼女も、同じ気持ちでいてくれているようだった。
クルセイダの放つ光が、機体の右腕に集中し、白く輝く一本の剣を形作る。
上体を捻じり、振りかぶるようにして横薙ぎに右腕を振り抜いた。
爆発するような衝撃が身体を包み、視界が真っ白に染め上がっていくなか。はるか先に見覚えのない背中を見た。
パイロットジャケットを羽織る、記憶にないはずの男性……しかし、胸のどこかでその背中に懐かしさと物悲しさが去来する。
(なんだよ。もしかして、ずっと見てたのかよ……)
少しだけ振り返った顔には、写真と同じく口端を上げた表情が浮かんでいる。
(親父……)
手を伸ばした時には、その背中は、光のなかに飲まれて消えてしまっていた。
——超大型ビーストの出現から約二十四時間後。
共和国、帝国の両国が共同した迎撃作戦は終了した。




