4話 ナイツ・アンド・ビースト
突然聞こえ始めた耳鳴りに、胸のなかで渦巻く感情が膨れ上がった。
神経を逆なでるような感覚に、首を振って原因を探る。
その方向ではレンファの操るベオファーンが、ウルヴスから放たれた弾頭を誘導する友軍機を死守する為奮戦していた。だがそこではない。もっと奥のほう。もっと低い位置。
何かがいる。それだけは感じ取れるのだが、いかんせん五月蠅く飛びまわるビーストが邪魔をして、それ以上は探ることができない。
チッと自分が舌打ちをする音がやけに響いて聞こえたが、すぐに邪魔者の排除へと意識が戻る。息苦しいパイロットヘルメットは脱ぎ捨てた。
(全部、壊れてしまえばいい)
まどろっこしい照準システムを介することもなく、ファルコンⅡが装備する火器を命中させる。アーム・ビーム・ライフルがビーストの肉を焼き貫き、両肩の軽カノン砲から放つ高速徹甲弾は骨ごと粉砕した。
「着弾、今!」
叫ぶ通信兵の報告に被せるようにして、震える大気が押し寄せる。
ウルヴスの砲弾によって砕かれた超大型ビーストの肉片と金鱗が舞う様を、衝撃波によって揺さぶられるコックピットのなかで見つめた。
いや、そうではない。
注意を払うべきはそこではないのだ。もっと、下……。
人間もビーストも等しく肉片となって沈む、水面の底……。
轟く轟音のなかで確かに聞こえた、女が嗤う声。
「第二弾、第三弾、着弾する!」
三つ首のうち、残ったあと二本を打ち砕かんとする砲弾は、しかしそれよりも前に空中で迎撃され消失する。
海面を突如として割って現れた、二機の所属不明ドールズによって撃ち落とされたのだ。そうして、まるでそれが合図であったかのように、二機と同型のドールズが一機と、赤黒い装甲をしたドールズがゆっくりと海面をせり上がってくる。
「……エレオラァ!」
レンファの怒鳴り声が聞こえたが、赤黒いドールズ——ジェヌヴは、これもまたひどく緩慢な動作で右腕を持ち上げた。まるで上空を指し示すかのようにして、マニュピレーターの人差し指部分を立てる。
全身が震え、産毛までが逆立つような嫌悪感が走る。
それと同時に、頭部を潰されてなお静寂を保っていた超大型ビーストが吠えた。
周囲の空間が丸ごと振動しているかのような音圧。
金色をした蛇眼が乳白色の眼膜に覆われると、双頭の牙から赫火が洩れ……下から上空を見上げるようにして熱線が放たれた。
凄まじい熱量が海面を蒸発させ、もうもうと水蒸気が発生する。熱線に巻き込まれたのだろう艦船が、後方で爆発し轟沈した。
◆ ◆ ◆
「帝国軍重戦闘艦マジャンタ、共和国軍軽空母アルゴー撃沈! さらに複数の友軍機が撃破された模様! 更にアーキタイプ・ジェヌヴを確認しました!」
信じられないと、驚愕の表情と共にカノゥが叫び、艦長席へと振り返った。
突然の事態に阿鼻叫喚となり錯綜する情報のなか、それでもどうにか観測データと照らし合わせ、軍人の職務を全うしようとする彼女には頭が下がる。
「ドールズ部隊は?」
「アックス、ギャロップ、イーグルが健在。ダガー、ジャベリンが通信途絶中。両機には呼びかけていますが、超大型種の接近による黒霧と、爆発の余波もあって通信障害が発生しています!」
「本隊の到着は?」
「到着予定まであと二時間」
(戦況は劣勢。ダメージは与えたがウルヴスによる砲撃を阻止され、危険因子でもある反乱分子まで姿を現しては、持ちこたえられまい。どうにか時間を稼がねば)
打てる手立ては少ない。だが、可能であるのならば、実行しなくてはならないのだ。
軍人として、避けることは許されまい。
「……これより、超大型種に対してマザーパーチ号による吶喊攻撃を敢行する。全軍に報せ。艦首衝角起動。砲撃設定をオートにしたのち、総員は退艦準備」
「艦長!」艦橋乗組員の視線が一挙に集まる。多くは抗議の視線だが、決定は揺るがない。
「艦砲では効果を望めない以上、突破されるのは時間の問題だ。大質量による体当たりしか足を止める手段はあるまい。首をもう一本落とし、敵戦力を削ぐ」
突破された場合、再度敵集団を発見することは難しいかもしれない。海中に潜伏でもされれば、次に発見できた時には本国上陸間近という状況も十分あり得る。
ウルヴスによる砲撃が失敗した今、瀕死とはいえたった一夜でテレイア連邦首都を壊滅させるほどの脅威を持つ超大型ビーストと、それを取り巻く大軍を相手に、本隊だけで太刀打ちできるとは思えない。
だからこそ、僅かであっても敵戦力を削ぐことが可能であるなら、それを実行しなくてならないのだ。
——希望を絶やさぬ為にも。
「他の艦ではいい的だろうが、高い機動力を有する本艦であれば、張り付かれても多少は凌げる」
よしんば艦体が損傷しようとも、あのデカブツに衝角からぶつけてやればそれでいい。
伊達に空中戦艦の艦長を続けてきてはいない。眼にものを見せてくれる。
「急げ、残された時間は多くないぞ」
◆ ◆ ◆
ベオファーンがジェヌヴめがけて襲いかかる。
展開された大型装備を右腕に装着し、猛獣が鋭い爪を振るうようにして薙ぎ払う。
触れただけでも機体をバラバラに焼き切るだろう巨大な荷電粒子の爪を、ジェヌヴはあしらう様にして難なく避ける。
まるでステップを踏むかのような仕草。その一歩先に、上空からアーム・ビーム・ライフルを撃ち込む。
ジェヌヴはこちらの動きなど見越していたかのように、ふわりと上昇して回避。
正面やや下に相対するベオファーンの左腕から、ガトリング砲が発射される前に鋭く加速して、ベオファーンの背後にまわり、湾曲する細い実体剣を振った。
剣先がベオファーンに届くより先に、ファルコンⅡから発射されたカノン砲が盛大な水飛沫を上げる。
二発とも直撃させるつもりだったが、ジェヌヴは海面を右に左に滑るかのように移動し、少し距離を取った。
(すばしっこい……!)
ロックオンしないまま、脚部のミサイルポッドを発射。まるで雨糸のように誘導もなく直進するいくつもの弾頭は、海面下で爆発を起こし、ベオファーンとジェヌヴとの間に水柱を何本も立てる。
その水柱を破り、肉薄したベオファーンが右腕の爪を突き出す。
仕留めた、とレンファは考えただろう一撃を、しかしジェヌヴは漆黒の剣一本で受け流し、さらに反撃の一撃を見舞った。
胴のコクピットを狙った一突きを、咄嗟に左腕のガトリング砲で庇う。
突き刺さった刀剣がそのまま斬り上げられ、砲身を両断すると、誘爆を嫌って残った砲身を捨てながらベオファーンが大きく後退する。
(もらった!)
その一瞬に、ジェヌヴの前後を挟み込むようにして両肩のカノン砲を撃ち込み、間髪入れずにアーム・ビーム・ライフルを二発放つ。
一射目も二射目も、回避行動を見込んだ射撃であり、予測できる回避地点に撃ち込んだものだった。
敵機もその予測通りに動いた。にも拘わらず、撃墜するには至らない。
あろうことか発射された荷電粒子を斬り払ったのだ。
散り散りとなって霧散する光のなかを、ジェヌヴが真っすぐ突っ込んでくる。
「いいわね。やっぱり、まずは貴女からいただこうかしら」
通信障害によって既に友軍からの連絡は途絶えていたが、ジェヌヴを駆るパイロットの声が耳元で囁かれる。ふふ、と嗤い、吐息を生々しく這わせてくる感覚が苛立たせ、蟀谷が激しく痛む。
「私をイラつかせる! いなくなれ!」
「あらあら。血の気が多いこと。まるで獣ね」
ブースタをめいっぱいに吹かして後退しようとするが、機体が重く、思うような反応をしてくれない。
左腕の重マシンガンを牽制に撃とうとして、射撃を開始する前に前腕部ごと斬り落とされた。
「あら、やっぱりこの距離は苦手なのね」
援護に駆けつけようとしたベオファーンを、取り巻きの三機が囲む。
分断するつもりなのだ。
「分断というより、私としては一人ずつ愉しみたいだけよ」
捻じるようにして上昇し、平行に機体を回転させて距離を取るとすぐさまアーム・ビーム・ライフルを放つ。
砲身が長い分、ほぼ接射に近い形となったが、それでもジェヌヴには当たらない。
ジェヌヴの左マニュピレーターがむんずとアーム・ビーム・ライフルの砲身を掴んだ。握り潰される。そう察知して咄嗟に放棄を決める。さらに後退したところに刀剣が振るわれ、胸部の追加装甲が弾け飛んだ。
「そんな鎧みたいにして守ったところで、あまり効果はないのではなくて? せっかくのスピードを活かせていませんよ」
距離を取りたいが、ジェヌヴは貼りついて離れない。ほんの少しでも、仕切りなおすきっかけが欲しかった。
その時、眼前のジェヌヴの動きが止まる。
それはほんの一瞬で、素早く後退する両機の間には距離が生まれた。そこへ飛び込んできたのは、一機の共和国軍ドールズ。
「ドラケーン……レドナ!?」
使い物にならない通信に、雑音混じりに短くレドナの声が聞こえた。何と言ったのかは、聞き取ることができない。
レドナのドラケーンは両腕に構えたライフルを乱射しながら、真っすぐにジェヌヴへと突撃した。更にその上空を、巨大な艦影がものすごい速度で過ぎ去った。
見覚えのある艦影はマザーパーチ号だった。何体もの飛行型ビーストに群がられながらも、長い艦首の下部に備えられた衝角が展開し、幅広い槍のように突き出されている。行動の目的は、明らかだった。
「艦長! 突っ込むつもりですか!?」
超大型種の反応は鈍い。レドナ機の攻撃の合間をついたジェヌヴが、何か合図をするような動作をした時にはほとんど懐に入り込んでいた。
残った二首の内、一つの首が鎌首をもたげ、鋭く頭を振った。
まるで巨大な鞭のように撓った一撃はマザーパーチ号の左主翼を打ち砕き、艦体が左へと傾いたが、その程度のズレなど支障がないといわんばかりに胴体へと衝角を突き立てる。
堅牢な鱗と肉が潰れ、鋼鉄がひしゃげる音が同時に響く。
艦体全体が振動に震え、宙に浮くようにして各所の装甲が剥がれ落ちる。
マザーパーチ号は破壊された左翼を下にほぼ垂直な姿勢をして停止した。
衝角は右側の首の付け根付近に突き刺さり、超大型ビーストは大きく仰け反ったが、それだけだった。
息の根を止めるまでには至らず、二本の首で己に突き立てられたものを睨み、双方から熱線を浴びせかける。
マザーパーチ号の艦体はナイフでバターでも切るようにあっさりと切断され、あっという間に爆発のなかに消えた。爆発の余波と轟音のなか、装甲の破片が舞う。
(……艦長。カノゥ。他のみんなは……?)
ハッとして割り込んできたレドナ機を見る。
両方のライフルを失ったレドナ機は高振動ナイフを握り、果敢に掴みかかろうとしたところを、肩部から腕部を斬り落とされた。剣筋は止まらず、左下腿部と頭部まで切断する。
「大勢で愉しむのも嫌いではありませんが、今はそういう気分ではないの。失せなさい」
無防備を晒すレドナ機を、厚い装甲板のようなものが装着されている右脚部で蹴り出したジェヌヴは、双眸を光らせた。レドナ機は、海面へと墜落していく。
「……っ!」
両肩のカノン砲を放つが、直進しているだけのはずのジェヌヴには当たらない。速度を落とすことなく瞬く間に肉迫し、下段から斬り上げられた刃は右腕を肩部から切断。カノン砲も両断される。
(怯むなっ)
ぐい、と頭突きをするかのように上体を前方に倒し、唯一の残存武装である左カノン砲をジェヌヴの胸部にぶつけるように向ける。これが、最後の一発。
「そのようなものを突き付けるなど、少し乱暴だとは思いませんか?」
引き金を引く直前、機体が大きく揺さぶられた。
ジェヌヴの左腕がファルコンⅡの頭部を掴み、下方へ放り投げたのである。既に身体全体が軋むような悲鳴を上げるなか、憎悪と闘争心だけでなんとか機体を持ちなおす。
モニターいっぱいに、ジェヌヴの頭部が映し出されていた。
横薙ぎに振るわれた刃によって残ったカノン砲と、頭部が切断される。右方向に流される機体を、ジェヌヴは左腕で抱き止めると、漆黒の刀剣を肩口へと深々と突き刺した。
ファルコンⅡはもう、自力での浮遊もままならない。
「……なにを? 遊んでるっていうの」
「いいえ、せっかくなのですから。その顔を見てから、殺して差し上げようと思って」
裂かれた装甲から無理やりこじ開けるようにして、ジェヌヴが手をかける。
胴体胸部に内蔵されるコクピットの、前面に設置されるモニターやらコンソールを装甲ごと引きはがされ、剥き出しの格好となった。
ぬぅ、とジェヌヴの双眸がこちらを向いた。
「ふふ。貴女、自分がいまどんな姿をしてるか分かる? 血を流しながらも牙を剥く、手負いの獣そのもの。所詮、汚染された因子だものね。これが限界なのでしょう」
コクピットシートから立ち上がる。強い風に髪が靡くまま、おどろおどろしく渦を巻く黒い感情に任せて胸元を掻きむしり、敵を睨みつける。
「あの子にも見せたかったけど、仕方ないわね。それじゃ、さようなら」
——風が巻きあがった。その中に、金色のきらめきを孕み宝石のように輝く緑色のエーテルの流れがあった。
エーテルの流れは早く、そして大河のように力強い。
逆巻くようにして天に上るその先に、また別の輝きがひとつ。
緑金の輝きを纏いながらも、なおも眩しいその白亜の輝きを、私はよく知っていた。
「クーナさん!」
その声は、不思議とまっすぐ耳に届いた。




