6話 スカイ・ファーアウェイ
抜けるような青空に、暗い色を孕んだ雲が遠くに浮かんでいる。
もう間もなくすれば雷鳴と共に大粒の雨が落ちてきて、滑走路を歪んで見えさせる熱も冷まされるだろう。今日は一段と熱く、うだるような日差しが朝から続いていた。
早いもので、超大型ビーストとの戦いからもう三ヶ月が過ぎた。
ソルボレ連合共和国とサングリア帝国が共同した殲滅作戦に始まり、突如出現した超大型ビースト、反旗を翻した帝国軍所属のアーキタイプ・ジェヌヴとの戦い。
一連の作戦はテレシア連邦の崩壊といった大きすぎる犠牲を出しながらも、二か国混成部隊の勝利に終わったが、当初の殲滅作戦に参加した艦船、ドールズ総数の八割以上を損失した勝利を、果たして勝利と呼んでいいのだろうか。
それに、ロック兄さんやルルさんといった恩人も亡くしてしまった。作戦中に行方不明となったダリル隊長も発見されることなく、戦没認定となったばかり。
本当に、大切な人を多く失くした戦いだったのだ。
「……スレイ。ここにいましたか」
共和国軍技術研究所に併設された基地の一角。
格納庫の脇にあるベンチに座り、ぼうっと空を見上げていたところを見つかる。
「いや、別にサボってたわけじゃないですよ。小休憩ってやつです」
「いいんじゃないですか。私たちソング・バード隊のパイロットは待機中ですし。機体もない以上、緊急出撃もありません。すこしくらいゆっくりしていても、バチは当たらないと思いますよ」
そう言って微笑み、クーナさんは隣に腰を降ろす。
短く整えられていた銀髪は少し伸びたが、瞳の色は出会った時と同じく、深い青色に戻っている。「なんだか降りそうですね」なんて話す表情はどこか涼しげだ。
あの時、クルセイダが放った光は超大型種を含めたビーストの一団を瞬く間に一掃し、アーキタイプ・ジェヌヴすら破壊した。
その反動に耐え切れず、クルセイダは胴体のコアパーツと頭部の半分を残して崩壊し、岩礁に打ち上げられていたところを、本隊から先行隊として駆けつけた共和国所属の戦闘艦ケリースに回収されたのだった。
身体を包んだ強烈な白光に、恐怖感は一切感じなかったが、途方もなく巨大な波動を放った時、自分たちは木端微塵になって吹き飛ばされるのではないか。そんな予感を抱いていた。
勿論、自分から命を投げ出すような真似はしない。
それでもああいった行動を取ったのは、ひとえにそんな結果にはならないだろうという予感の方が大きかったからだ。
その感覚は正しかった。俺とクーナさんは、生きて戻ることができたのだ。
クルセイダに眠っていた、グレッサ・イニゲスに護られることで。
(……親父)
「……大尉は、よくスレイの話を聞かせてくれていました。故郷に残してきてしまった家族のもとに、何が何でも帰って、背が伸びただろう息子を抱きしめてやるって」
クーナさんもあの光のなかで、親父の姿を垣間見たと言っていた。親父は、クーナさんにも笑いかけたらしい。
「ですから、大尉にとっても特別だったクルセイダに願いを残したんではないでしょうか。故郷に戻り、スレイを守ってあげられるように。……そんな風に思ってしまうのは、少しセンチメンタルかもしれませんが」
「いえ。もしそうだったら嬉しいな、なんて考えてたんですよ。
クルセイダには、何度も助けられましたし。それに、またクーナさんと話すことができるのも、やっぱりクルセイダの、親父の助けがあったからだと思うんです」
回収されたクルセイダは技研に運ばれたのち解析を受けたのだが、あの止めどなく溢れるような波動は欠片も消失していたという。
後日になって触れる機会をもらえた際、残骸のようになった機体から伝わった感想は『抜け殻』だった。器は、がらんどうとなってしまった。
「……私を救ってくれたのはスレイ、貴方です。私の想いは、分かってくれているでしょう?」
静かに肩を寄せてくる彼女の体温を感じながら「はい。もちろんですよ」と頷く。
「それで、身体の調子はどうなんです?」
ケリースによって回収された当時、精神的にも安定していた様子を見せていたのだが、身体的な消耗は著しかった。すぐに医務室へと運ばれて治療を受けたものの、意識を保つことができず眠り続ける日が続いた。
ビーストを消滅させたクルセイダの白光は、ビースト細胞を宿す彼女にとって害があったのだろうか。
流石に不安に感じ始めた時、ミドリ所長がやってきた。
ことの経緯を説明すると、以外にも心配そうな表情をつくる。医務室に入るわけでもなく、扉を前にして手を振るわせる姿が印象に残った。
不安を取り除いてくれたのは、ミドリ所長と一緒に現れたマラザ導師だった。
まだ顔色は優れないように見えたが、マラザ導師は足早にクーナさんの眠る寝台に近寄ると、脇に置かれた椅子にぴょいと腰かけ、右の掌をかざしながらぶつぶつと呪いを呟き始めた。
——驚いた。荒魂がすっかり鎮まっておるとは。これなら心配ない。身体に活力が戻れば直に目を覚ますでしょう。
マラザ導師の見立ては当たっており、それから三日経ってクーナさんは目を覚ますのだった。瞳の色も、その時には深い青色に戻っていた。
「おかげさまで、もう頭痛も耳鳴りもしないわ。時々、ふらっとやって来られたマラザ導師も診てくれるけど、ほとんどお話しするだけで帰ってしまわれるわね。きっと、もう前のようになることはないんだと思う」
クーナさんは、ふふ、と声を出して笑った。
「レドナなんか、顔を会わせるたびにどこか調子の悪いところはないか、なんて聞いてくるんだから。心配しすぎなのよ」
「まぁ、レドナさんからすれば可愛い妹みたいなもんなんでしょう。心配する気持ちは分かりますよ」
妹と言ってくれるなんて嬉しいですね、とクーナさんは呟く。
乗機を撃破されながらも、レドナさんは生還していた。他にも、吶喊を敢行したマザーパーチ号の搭乗員全員が無事に保護され、絶望視されていたレイルズ艦長は重傷を負いながら生還している。レンファさんも、不明機三機に囲まれながら一機を撃破する戦果を挙げたという。
ロック兄さんとダリル隊長のことがあったからこそ、その喜びはひとしおで、おやっさんとも肩を抱きながら、またこうやって顔を会わせる大切さを噛みしめることができた。
失ったものは大きすぎる。だけど、護ることができたことも、少なからずある。
目の前にいるクーナさんは、そのなかで最も大切で、一番護りたい人だ。
「……まだ終わりじゃないですもんね。これからが、もっと大変かもしれない」
「そうですね……」
超大型ビーストの脅威を退けることには成功したが、世界は依然として黒霧災害現象と絶えることなく出現するビーストによって危機に瀕している。壊滅してしまったテレシア連邦は黒霧に飲み込まれてしまい、またひとつ、人類は生存圏を手放すことになった。
絶対的な強国として君臨した帝国も、今回の一件によって戦力を大きく削ぎ、南部の属国が結託したかのように起こした反乱に手を焼いているという。
更には東の国にもきな臭い動きがあると、レイルズ艦長とレンファさんが話しているのを耳にした。
未だ、混沌とした状態は続いているのだ。一筋の希望が残ったとすれば、共和国と帝国が正式に同盟を結び、互いに対等に協力しあう国家として盟約を結んだことだろう。
噂では共和国と帝国の両国から精鋭を選び、特殊部隊を編成する案もあるらしい。
情報の出どころであるレンファさんが「またこき使ってやる」などと言っていたから、おそらく間違いないのだろう。
「でも……」
ベンチに置いていた左手に、クーナさんの右手がそっと重なる。
「きっと大丈夫だと、私は思ってる。どうしたらいいか分からなくて悩んでも、私たちならきっと。そうでしょう? スレイ」
「……ええ、もちろんですとも」
風が吹いた。生温かく、湿り気を帯びた風だったが、不思議と心のうちは晴れ晴れとしていた。
おおーい、と格納庫の奥からおやっさんの声が聞こえた。
「スレイと嬢ちゃん、いつまでもいちゃついてねぇで早く来い。そろそろ仕事だぞ。
複座型に改造したクルセイダの試運転だ。お前たちが言い出したことだろ」
いや、確かに了解はしたけれど、言い出したのはおやっさんじゃないか。
前々からあたためていたプランがあるといって、率先して艦長に許可を取ったくせに。
「どうやら、休憩は終わりみたいですね」
クーナさんは立ち上がると、振り返って右手を差し出した。
「行きましょうか、スレイ」
俺は、その手を取ってベンチから立ち上がった。
「はい。クーナさん」




