2話 フェーディング・ホープ
「ポーン23! 右に急旋回しろ。後ろを取られるぞ!」
「ダメだ! 速度が上がらない! 援護を……」
飛行型ビーストから放たれた、螺旋状の殻を持つ複数の小型ビーストが帝国軍ドールズに突き刺さり、自爆する。爆発によってポーン23の機体は破壊され、破片が海面へと落下していく。
「ポーン23、反応消失! ちくしょう、味方がバタバタやられてるぞ」
空域管制も担う帝国軍空中母艦ヴェネートからの通信は、戦況が不利であることを報せるものばかりだ。
だがそれは、作戦開始前から分かりきっていた。最初から、勝ちにいける状況などではない。
「イーグル。艦隊の後退に合わせ、ドールズ部隊の戦線も後退させます。エフツーは上昇し、狙撃による援護を願います」
カノゥの指示に従い、機体を上昇させる。もともと中衛にいたから周囲の敵影は薄い。
「イーグル了解」
今回の作戦に合わせ、ファルコンⅡには火力を補うための追加武装が詰まれている。
脚部ミサイルポッドをさらに増やし、肩部には小型軽量化されたカノン砲が二門。まるで鎧でも纏ったような格好で装甲も増設されている。
少しでも生き残る確率が上がるよう、アグルをはじめとした、整備士たちが施してくれた急造の改良だったが、いかんせん機体重量が増して操縦桿が重い。もちろん、文句を言うつもりはなかったが。
最後の一丁となったアーム・ビーム・ライフルの照準システムを呼び出し、撤退していく味方機の援護に集中する。
レーダー上の味方と敵影の反応位置、状況を素早く確認しながら、優先順位の高い順番に処理していかなくてはならない。
後退の指示が従おうにも、ビースト集団に囲まれて身動きが取れなくなっている味方部隊が目に留まる。彼らは完全に足を止めてしまっており、一つ箇所に集まり、やたらめったらにライフルを撃ちまくっていた。
(……新兵でもあるまいし)
それは、味方に対する明らかな失望であり、怒りでもあった。
ロックオンマーカーが照準を定めようとするが、有効距離ギリギリであることと、忙しなく動き回る敵影が多いことで、標的が定まらない。
ちっ、とひとつ舌打ちをして、照準システムをシャットダウンする。こんなもの邪魔なだけだ。狙いなど、私の感覚だけで充分だ。
何も難しいことはない。このざらつくような、不快な気持ちにさせるバケモノに向けて引き金を引けばいい。
一発、二発、三発と、少し発射角を変えながら狙撃する。
一射目は一直線に味方集団に突っ込もうとしていたビーストの腹を撃ち抜いた。
二射目は高い位置から鉤爪で襲いかかろうとしていた個体の頭を。
少し長めの発射時間を取った三射目は、旋回していた二体のビーストを薙ぐようにして焼き払う。
「……ソング・バード隊か? 救援、感謝する」
味方機から通信があるが、特に返答もしない。そんな暇があるなら、さっさと後退すればいいものを。
(ああ……頭が痛い。あまり私をイラつかせないで)
徐々に頭痛は強まり、耳鳴りが他の音を奪い去っていく。眼の周りと頬の皮がひきつっている感覚に、自分がどんな表情をしているのかと気になったが、そんな思いもすぐに掻き消える。
私を気持ち悪くする敵を、すべて消し去ってやるのだ。
◆ ◆ ◆
「イーグル。射線が味方機に近すぎます。味方を誤射する危険性が……聞こえていますか? イーグル、応答してください。……クーナ少尉!」
「こちらダガー。どうしたカノゥ少尉。イーグルに異常か?」
「ダリル隊長! いえ、エフツーは健在ですが、クーナ少尉の様子がおかしくて。後退に合わせて味方部隊の掩護射撃を行っているのですが、敵への命中を優先しすぎているというか……。とにかく、味方機への被害を軽視しているようなんです」
それを聞いて真っ先に思い浮かんだのは、ここ最近のクーナの変調だった。
彼女は明らかに、精神に異常をきたしている。先の作戦終了後に、それは顕著になって表れていた。
曳航し、収容された乗機のなかで、自身の身体を擦りながら泣き喚く姿。
ふとした際に牙を剥く攻撃性。
これまでの彼女を見てきた誰もが、その姿に驚愕していた。いつでも冷静で、理論的な思考を欠くことのない、理想の軍人像を体現していたあのクーナが……。
あの時はマラザ導師がなにやら呪いのようなものをかけてくれたおかげで落ち着きを取り戻したが、やはり一時凌ぎに過ぎなかったのだろうか。
……いや、いくら優秀な技術を持つキサラギの軍人であっても、彼女はまだ十七歳。肉体面でも精神面でも発展途上の、まだ未成熟なままなのだ。疲弊が蓄積し、ある瞬間からコップの水が溢れるようにして、限界を迎えたとしても不思議ではない。
スレイの入隊と、引き渡し。兄貴分だっただろう、ロックロックの喪失。
彼女の心が悲鳴を上げるのも、無理からぬ話だ。
そもそもが、軍技研で出会った時から彼女は既に余裕がなかった。理想と現実の不条理に苛まれ、死神という渾名は彼女の精神を切り刻んでいた。
ソング・バード隊が止まり木となり、安らぎを与えられたと考えていたが、それはやはり一時に過ぎなかったのだろう。
(どうする……。援護にいくか? ここは右翼の前衛。クーナは中央やや後方の位置。距離もあるし、我々が抜けると右翼が瓦解しかねん……)
「火弓による超大型ビーストへの砲撃誘導は?」
「誘導マーカーを照射中の帝国軍機は健在。現在も左翼で照射、誘導を継続していますが、護衛機群は苦戦中。ベオファーンが突出しすぎています」
たしかパイロットはレンファといったか。クーナと同じくキサラギの名を冠する実力者だが、いくら新鋭の第四世代ドールズとはいえ、一機だけでは思うように動けまい。
激戦のなかでクーナを後退させるわけにはいかない。むしろ多少味方に被害があったとしても目を瞑らなくては、戦線を維持することなどできないのだから。
「作戦はまだ前哨戦もいいところだ。まだ突出しているビースト集団とやりあってるだけなんだからな。イーグルには呼びかけ続けろ。マーカー機にも気を配れとな」
「了解」
通信を終えて、愛機の操縦桿を握りしめる。
(——俺は、何やってんだろうな。若い連中が死なないよう、戦っていたはずなのに。結局、戦火に巻き込み、追い込んでいる)
後悔なぞ今やることではない。頭では分かってるのだが、とつとつと湧き上がってくる感情を止めることはできなかった。
(ロックロック、俺は間違ったか?)
「隊長! 前!」
僚機であるジャベリンの怒鳴り声に、慌てて意識を引き戻す。が、時すでに遅く、激しい振動が襲い、視界を奪っていった。
◆ ◆ ◆
群がるビーストをただひたすらに撃ち落としていく。
ベオファーンの左腕には、四つの砲身を回転させながら荷電粒子を連続発射する武装、いわゆるビーム・ガトリング砲が装備されている。
唯一の第四世代ドールズであるベオファーンの強力な機関ジェネレータに直結された専用武装でもあり、その破壊力は絶大で、砲火の前にビーストどもの肉体はただただ引き裂かれていく。
HUDに警告表示が映った。間を置かない射撃時間が長すぎて、砲身が熱を逃がし切れていないのだ。このままでは砲身が歪むか、焼け切れてしまう。
「まだまだぁ!」
ガトリング砲を一度左肩のハードポイントシステムに戻し、代わりに懸架されていた大口径の実弾ライフルを握らせる。
右腕に装備するビーム・ライフルと同時に構え、ロックオンした順に片っぱしから撃ち落とす。
もう何度、このサイクルを繰り返しただろうか。冷却が終えるまでライフル射撃を続け、冷却が済めば武装を切り替え、再びガトリング砲での射撃を浴びせていく。
「ったく、撃っても撃っても数が減らない! この、蝙蝠やろうども!」
後方に控えている戦艦の火力があっても、先に接敵した敵集団を突破できないでいる。この囲みを抜け出すことさえできれば、奥でふんぞり返っている三つ首の超大型種に爪を突き立て、目に物を見せてやるというのに……!
カチン、と左腕のライフルが音を鳴らす。
(弾切れ!)
冷却にはまだ少しかかる。HUD表示から残り秒数を確認し、メインブースタを全開で踏み込む。
鉤爪を立て、巨大な嘴を開いて迫る一匹を狙い、ライフルを先端から口のなかへと捻じ込んでやる。反射的に弾かれた首を素早く左腕で握り潰し、右腕のビーム・ライフルを二発、胴体に接射する。
紫色をした体液を散らして落下していく死骸なんぞに目もくれず、胴体下部に内蔵された機関砲を自動発射に切り替えて牽制する。
「ヴェネート! ウルヴスはまだなのか!」
帝国軍が誇る大型砲台、火弓。
大地を割り砕き、意図的に黒霧災害現象を引き起こしてビーストを発生させ、殲滅する為に運用されてきた。
任意の地点を狙えるということは、超長距離の射程を有しているということだ。
帝国の作戦本部はこれを使って、戦艦の砲では傷すらつかぬ超大型種を砲撃する作戦を発案したのである。これは、戦闘が開始される直前の出来事だった。
現空域はウルヴスの射程外であり、しかも対象は微速ながらも移動している。しかし、マーカー・ガンによる直接誘導があれば砲弾を誘導し、直撃せしめることは可能だと、彼らは断言したのだった。
合同部隊の指揮官たちは協議し、唯一の打開策としてこの案を採用する。
そして、共和国軍を中心とする整備士たちによって、マーカー・ガンと関連するシステムは戦闘が開始されるまでの間に完成することとなった。
まさしく、奇跡と呼ぶ以外に例えようがない手腕であった。
「こちらヴェネート。ビショップ1、踏ん張ってくれ。もう少しで着弾する」
その時、うねる奔流のように束となったビーストが、後方へ突撃していく姿をモニターが捉えた。咄嗟にビーム・ライフルを構えるが、引き金を引いても発射されない。
(こっちも弾切れ。間の悪い)
ライフルを捨て、冷却を終えたガトリング砲を放つ。
後方の護衛機だけでは勢いを止められない。そうすれば無防備なマーカー誘導中のドールズはあっという間にバラバラにされてしまう。
射撃を継続しながら、ベオファーンを加速させて後を追う。火線は確かに命中しているのだが、黒い渦は足を止めない。
マズった——! 首筋が冷える感覚に、咄嗟に機体を捻らせる。
上空から下方に向けて、もの凄い勢いで突き抜けていく巨影。ガギン、と鋼の砕ける音がして、振動と共に機体制御が乱れる。ビーストの鋭い嘴と鉤爪が、胸部装甲を抉ったのだ。
左右の脚部を振り、補助ブースタを吹かして素早く姿勢制御を取り戻すが、左右から挟み込むように二体のビーストが踊りかかる……!
やられる。そう思った次の瞬間、二体のビーストは胴と翼を赤紫色の光柱に貫かれた。
「……クーナか! やってくれるね」
立て直したベオファーンを駆り、マーカー機へと急ぐ。
「着弾までカウントダウン、15……」
クーナ機の狙撃によって横槍を狙うビーストは屠られ、確実に渦の勢いを削いでいるのだが、護衛機ではやはり勢いを押し留めることはできず、次々に蹴散らされていく。
クーナ機によるミサイルやカノン砲、艦砲射撃も加わるが、尚も渦は直進する。
(マーカー機を狙ってる? やつらにそんな知能が!?)
「10……9……」
「もういい! マーカーを放棄しろ」
誘導を続けていた帝国軍機を視認する。だが、間に合わない。
「……ビショップ1。後を託します」
彼は機体が渦に呑み込まれる寸前、マーカー・ガンをこちら目がけて投げた。
悔しさと敬意の念を胸に、爆風に煽られるマーカー・ガンを追いかける。なんとかベオファーンの右腕に握らせると、超大型種の頭部へとその銃口を向けた。
「着弾、今!」
急速に圧縮された空気の振動が装甲を伝って身体を震わせる。次いで、分厚い空気の層を叩き割るような轟音が轟き、三つ首の内の一つを完膚なきまでに消し潰していた。
(……まだ、あと二発来る!)
現状のウルヴスで発射可能な弾数は三発。それ以上は砲身の交換作業が必要になるので、作業にかなりの時間が必要になる。
いける。有効打足り得る。それどころか、全弾命中させれば、それで勝負がつく。ビーストどもの渦は勢いを失くしている!
「第二弾、第三弾、着弾する!」
突如、海面から二つの影が飛び出した。
二機は海面と平行の姿勢のまま、腰だめに構えたライフル状の武器を発射する。強烈な光が瞬くと、遥か上空で二つの爆発が起こった。
「……何が起こった? ウルヴスからのV2弾頭が両方消滅したぞ。ビショップ1、状況を報告せよ」
「ああ……ちくしょうめ。どこにいるんだとは、探してたんだが」
更にもう二機の機影が、海中から浮上する。一機は、先ほどと同じ形状の流線形をしたドールズだが、残りのもう一機は、一見すれば騎士のような無骨な見た目をしている。
赤黒い装甲をしたドールズは、その双眸に怪しい光を宿していた。
「原型機ジェヌヴ……。裏切者め……」




