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天穹白騎譚ナイツ&ビースト-死神の少女-  作者: ムロ☆キング
終章 アズール・スカイ
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1話 オーバーツアー・ディフィート

 超大型ビーストの出現から約二十時間後。


 私たちソング・バード隊を含めた共和国軍の残存部隊は、同じく先の戦いを生き残った帝国軍残存部隊と合流した。


 合流した地点は先の作戦開始前に集結した帝国軍基地だった。


 出撃前は艦船やドールズが滑走路まではみ出して並ぶ程の大艦隊だったというのに、一日も経たないうちにその数は三分の一程度になってしまっている。


「レイルズ艦長、いや共和国が提供してくださった戦闘データのおかげで、陛下は御意向を固められることができた。アンタたちには礼を言わなきゃならないかもね、クーナ」


 レンファはこちらに背を向けて、基地司令部から外を向いて腕を組み、あの頃から変わらない強気な立ち姿を見せている。


 司令部内は他に通信兵などの最低限の要員がいるだけだが、みな黙々と自身の任務に集中している。帝国の軍人は壊滅的な被害を受けても尚、自らの感情を統制することができているのだ。


 継続して混合部隊の指揮官を任されているレンファが取り乱さずにいることが、周囲に良い影響を与えているのだろう。彼女は、そういう力のある人だから。


 だが意外にも、今回ばかりはこたえているらしい。


「合同作戦は超大型ビーストの足止めを目的に変更して継続。進攻する超大型ビーストに対し、両国の本隊が到着するまで遅延戦闘に努める……。正直、厳しい戦いになる。アタシとしても、ソング・バード隊と他の共和国軍を頼りにしてるよ」


「……珍しく弱気ね」


「彼我の戦力差くらい冷静に見れる。艦もドールズも、アレを止めるには圧倒的に足りてない。優秀な人員もね」


 レンファは息を吐き、そうして呟くように続けた。


「……まさか、ルルが死ぬなんてね。それも、味方の裏切りで」


 分厚い強化ガラスの向こう、朝焼けに白む水平線を眺めているのかそうでないのか。入室した最初にちらと横目を向けただけで、それ以降レンファは私には目もくれない。


(やっぱり、思うところもあるよね。ルルのことだから)


 一見すれば動揺もしていない、鋼の精神を持つ女軍人に見えるが、私は、目の前のその姿に違和感を抱いている。ルルの戦死が、燃え盛る炎のように雄々しく猛々しい彼女の気概を揺さぶり、気勢を削いでいるのだろう。


 キサラギ研では同期としてドールズパイロットの訓練を共にし、キサラギの名を冠して卒業した私たちだったが、特別親しかったわけではない。


 正確に言えば、私が輪に入ろうとしていなかっただけ。とにかく、他者と過ごす時間が煩わしくて仕方がなかったのだ。


 今にして思えば……私は必死すぎたのだろう。


 自分にできることは、キサラギの名に恥じない軍人になること。


 ただがむしゃらにそればかり考えて過ごし、訓練と座学に明け暮れた。

 自分で立って歩くのに、それだけしか縋るものがなかった。


(そんな私になにかにつけてちょっかいを出してきたのは、いつもレンファだった)


 接近戦ではアタシの方が上なんだ。調子に乗ってんじゃないよ! ……なんて、別に競い合った覚えもないのに、試験や模擬戦闘がある度にレンファは息巻いていたっけ。


 戸惑いがちな反応しか返せない私が、レンファの逆鱗に触れることも度々あった。


 その度にレンファを宥めていたのがルルなのだった。


 彼は無理に抑えつけるのでなく、実に巧みにレンファをいなしていた。場を取り持つ才能があったのだと思う。


 それだけではない。……二人の間には深い絆があったのだ。

 それが一体なんであるのか、今の私なら察することもできる。


「……レンファ、大丈夫?」


「はん。お前に心配されるほど弱っちゃいないさ。それに、アタシがやることは、はっきりしてるんだ」


 レンファは少し顎を上げて、鼻を鳴らす。


「ルルを墜としたやつを、生かしちゃおけない。クイーンは私の手で屠る。超大型ビーストもね。その為ならなんだってやってやる。お前もそうだろ? クーナ」


「……そうね。でも、少しは感情を抑えた方が良いと思う。あの人は、そういう隙につけこむことが得意そうだったし。ルルだって、そう思ってるはずよ」


「言われずとも、そんなこと百も承知さ。いちいちうるさいよ。……そんなことより、スレイを逃がしてやったってのは、本当かい」


 実際はその通りだが、何もそのまま情報共有したわけではない。レイルズ艦長を通して、本国からの指示に従ったと報告したはずだ。


「本国政府からの帰還命令なんだから、仕方がないでしょう。クルセイダは、共和国にとって特別なドールズ。万が一にでも失うようなことがあっては、目も当てられないわ」


「ふぅん。あのきかん坊がそんな命令に素直に応じるもんかね。ただでさえ一機でも欲しい状況なんだ。スレイの腕は正直頼りになったから、作戦には参加してもらいたかったんだが」


「いない人間に頼ってもどうしようもないわ。私たちはやれることをやるだけよ」


「……クーナ。なにをイラついてんだい?」


 レンファは振り返ると、じっとこちらの顔を見つめてくる。


「戦意充分なのは結構だけどね、アンタこそ感情を抑えた方が良いんじゃないの?」


「私は、冷静ですよ」


「へぇ? どうにもそんなふうには見えないけどね」


 レンファの指摘は当たっている。表面上は取り繕えていると思っていたが、胸の奥底から湧いて出てくるような、暗く恐ろしい感情を隠すことはできていないらしい。


 破壊衝動とでもいうのだろうか。これまで揺るぐことなくきっちり閉められていた蓋から漏れ出したそれは、段々と身体を、精神を支配していくのが分かる。


(こうやって、バケモノになっていくのね……いや、元からか)


 私は、キサラギ研前所長ヨシマサ・キサラギによって創り出された存在。


 直接説明をされたわけではない。閃いたように記憶の一片を思い出しただけだったが、自らを守るべく目を背けたあの過去の光景が、それが事実であることを教えてくれる。


(ミドリ所長からすれば、私なんかの声も聴きたくないだろうな)


 果たして、彼女はどう思っていたのだろうか。


 キサラギの名を得た卒業生が、軍の仲間たちから死神と恐れられ、蔑まれていたことを。恥と感じていたのかもしれない。


(バケモノ、か。……案外、死神という渾名も的外れではなかったわね)


 そう思うと、何もかもがどうでも良くなった。

 ただただ、目に入るものすべてを、壊してしまいたい。私を傷つけるかどうか関係なく、すべてを……。


 胸の奥に一つ大きな鼓動が鳴る。


 ——少尉は、優しい人ですから。


 空耳のように聞こえた声に、まるで霧が晴れるかのように思考が澄んでいく。私を飲み込もうと広がっていた黒い靄も、今では奥底の方に引っ込んでいた。


(……スレイ。私は、貴方を傷つけたでしょうね)


 俯き、胸に抱いた拳にぎゅっと力を込めた時だった。司令部に帝国軍通信兵の上擦った声が響く。


「本国情報部より入電! 旧テレイア連邦領海内を南下する超大型ビーストと、それに追随するビーストの一団を発見。目標は後方に黒霧を残しながら尚も進攻中。先行部隊はすぐに発進し、作戦を開始せよとのことです!」


 レンファは「来たな」と呟き、瞼を閉じる。

 ほんの数秒の後、帝国軍人として気炎を宿したレンファは、檄をとばすようにして指示を出しはじめる。


「全部隊に通達しろ。作戦開始だっ! 目標が帝国、共和国のどちらかに近づく前に攻勢に出る。弾薬の出し惜しみはするな。ビーストどもをすべて海の藻屑にしてやれ。帝国を、共和国を、国を愛する兵たちよ。残してきた家族を死なせるな。我々が今、国を守護《まも》るのだ!」


 通信兵たちは「おおっ」と拳を突き上げ、それから慌ただしく動き始めた。


 私も、マザーパーチ号に戻らなくては。


「クーナ!」


 ひと際大声で名前を呼ばれ、レンファを振り返る。その表情は誰に向けられたものなのか、少しだけ口端を歪めていた。


「もう遅いかもしれないけどね。言いたいことがあるなら、ちゃっちゃと言っちまったほうがスッキリするよ。聞かせる相手がいなくなってからの言葉なんて、自己満足にすぎないんだから」


 そうね。そうかもしれない。


 レンファがお節介にも何を伝えたいのか、私にだってそれくらい分かる。レドナとロックロックを間近で見てきた、私にも。


「……もう、伝えたわ」


 私はレンファに背を向けて、司令部を後にした。


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