5話 シング・ア・グッバイ
一際大きく色素の濃い中型飛行種が、緑色に輝くエーテル雲の軌跡と銃弾とが飛び交う空を裂く。
その一匹に付き従うようにして左右後方と、少し離れた後方に二匹のビーストが続いている。まるで一本の巨大な矢のような陣形を組むその姿は、一切の迷いを感じさせない。
「イエロー3、足を止めるな!」
その場に滞空し、連邦軍ドールズの火線を速度だけで躱して曲線を描く。突然直角に折り曲がり、突き立てられる鋭い嘴が機体を容易に切り裂いていく。数拍遅れて、機体は爆散した。
「イエロー3が撃墜された。くそっ。怪物どもめ!」
尚もライフル射撃を続ける複数の連邦軍機へ襲いかかる巨影。大きく発達した鉤爪で肩から腕部をもがれ、バランスを崩した一機に、大きく嘴を開いた一匹が迫った。
ぐっと腹の下あたりから力を込め、息を止める。
メインブースタを吹かしたまま急接近し、ビーストの横っ腹からヒートソードを薙いだ。
(……浅い!)
咄嗟に身を捩ったのだろう。巨大な剣先は片脚を切断したに留まる。すかさず、慣性に任せたまま機体を回転させると、機体側面に設けられた補助ブースタを短く吹かせて、更に一撃を見舞った。
ゴン、という鈍い手応えに、刃を赤熱させ胴体を両断する。
「……帝国軍機!」
「そんなことはいいから後退です。はやくっ!」
警報に首を捻じる。右上方から巻貝のような小型ビーストが数匹、尖った殻の先端部分を向け、ロケット弾のようにして飛び込んでくる!
回避行動もおぼつかず、もたもたとしている連邦軍機の脇を抱えると、出力任せに引き上げる。寸でのところで、脚部の先を通り抜けた小型ビーストが自爆した。
爆風に機体を小さく揺らされながら、破片を喰らわないように気をつけて、連邦軍機を離す。
「ここは俺が受け持ちます。はやく後退を」
「わ、わかった」釈然としない様子のまま、数機の連邦軍機が後退していく。
「上昇しろ! ポーン13!」
僚機が叫ぶ声と、接近警報が鳴ったのはほぼ同時。ほとんど直感に任せて機体を跳ね上げさせると、上体を捻じるような動きが加わる。すぐ後方から、喰らいつくビーストの一団を捉えることができた。
そのまま速度を上げて上昇を続け、白亜の重装甲がエーテル層を突き破り、金環をつくったのが分かった。一瞬ぴたりと制動し、今度は姿勢を変えて真っ逆さまに降下する。
加速しながら突き立てた剣先は、追尾してきた中型種の脳天を深々と割り、紫色をした背甲を裂いた。
落下するこちらとすれ違い、追従して登り続けていた複数の中型種が、四枚の翼を開いて動きを止める。転換するその隙をついて、銃弾やミサイルが撃ちこまれ、爆炎と血肉が舞う。
「ありがとうございます。ポーン10。ジーンさん」
倍も年齢の離れた熟練パイロットは、唸るように低い声で笑った。
「いいさ。俺たちがしっかりケツを持ってやるから、気にせずぶん回しな。その方がきかん坊のお前らしい」
他の隊員らもそうだそうだ、と口をそろえる。
「それに、どうにも連邦はアテにならん。まともに戦えてるのは、俺たち帝国とウタドリ(ソング・バード隊のこと)たち一部の共和国連中くらいだからな」
それは、機体の挙動をみれば一目瞭然だった。
戦争によって首都陥落を目前にまで追い詰められていたテレイア連邦にはもはや、実戦経験豊富なパイロットなど数えるほどしか残っていない。この作戦に投入されている者たちは、機体は良くとも腕前が伴っていないのだ。
レンファとルル、それにレイルズ艦長もその点はかなり懸念しており、連邦軍機の多くは艦砲やクーナ機の援護射撃が届く空域に配置されている。
引き起こされた黒霧災害現象の規模の大きさと、併せて出現したビーストの量が想定値を遥かに越えていなければ、もう少し戦況は安定していたはずだ。
ただそれは、帝国軍が圧倒的軍事力を以って侵攻し、連邦軍の戦力を大きく削いだ結果であり、原因となったのは帝国であることに違いない。そう思えばこそ、頼りないと嘆いてみても自業自得だと思わされる節もある。
とはいえ、戦争状態にあった国が手を携え、ビーストという脅威に対して共同作戦を展開しているこの現実を、ロウ大統領が働きかけ実現させた。その想いは、どこか誇らしい気持ちにさせてくれたし、人はこうやって分かり合えると、胸を熱くさせる。
所属を帝国軍と識別されていても、パイロットである自分は共和国の人間としてこの場にいる。
そういう複雑な経緯を辿った延長線上で、こうやって戦っているからこそ、つい崇高な行動を体現している気分にさせられるのだろう。
(……良くないな。こんなんじゃ、クーナさんに叱られる。英雄気分なのかって)
記憶に浮かんだその顔に、もうだいぶ過去の記憶を遡ったかのような感覚を覚えた。
「さぁ、次に行くぞ。ポーン13。もたついてるとビショップ1にどやされる。仕事はまだまだ残ってんだからな」
——作戦開始からしばらく経過し、多くの作戦空域が安定を見せ始めたころ。
変化は突然訪れた。
前線と艦隊のほぼ中間、Dラインにて情報統制を担うルルが慌てた声を上げる。
「収束しかけていた噴出現象が反転……そんな、信じられない。高熱原体の反応、観測値が振り切れる! 超巨大質量体が、海底から割って出てくるっ。ポイントB4付近の機体は緊急退避!」
クルセイダが急制動をかける。
それに合わせてフットパネルを力いっぱい踏み込み、加速圧に身体を軋ませながら離脱を図る。
作戦の成功がすぐ眼前まで近づき、浮足立ち始めた者たちは対応が遅れた。
凄まじい勢いで海面を突き抜け、津波のような飛沫を上げながら出現した何かに巻き込まれて圧壊し、ある者は機体をバラバラに破壊される。
そのなかに確かに見た、ジーンの機体。
これまで聞いたことのない、腹の底から縮み上がらせる、甲高い咆哮が響いた。
◆ ◆ ◆
一時はどうなるかと肝を冷やしたが、作戦は順調な推移を見せている。
レイルズ艦長の艦隊指揮は見事なもので、帝国軍、連邦軍をも統率し、前線で激しい戦闘を繰り広げるドールズ部隊をよく援護していた。そのおかげで、際限なく湧き続けるビーストどもの出鼻をくじき、飽和量の敵集団が雪崩れ込むことなく戦えているのだ。
艦砲射撃を掻いくぐった集団の狙撃や、連邦軍機の援護に集中できることは有難い。
頭のなかで煩いノイズをかき鳴らすビーストの処理に没頭することができた。
マザーパーチ号の右翼甲板上から、目標に照準を合わせ、トリガーを引く。
一匹、また一匹と、荷電粒子に胴を貫かれ、焼け溶けて海面に墜落していく。その度にノイズは減るが、少しするとまたその分増えていく。その繰り返しに、気がつけば顔の皮が強張り、ギリと歯を食いしばっていた。
(……まただ。また、あっち側に引き寄せられてしまってる)
寒気が背筋を走り、操縦桿を握る手が震える。
でも、私がやらないと……。
震える右手の手首を左手で掴み、言い聞かせるように何度も力を込めた。
——突然、激しい嫌悪感が襲った。
心臓がどくどくと脈打ち、胸を強く打たれたような痛みに呻く。身体のなかでざわざわとけたたましく蜷局を巻いた渦は、どうしようもなく神経を逆撫で、破壊衝動を駆り立てる。
「……なんだ、あれは」
無線から掠れて聞こえるレイルズ艦長の声に、モニターへと目線を上げる。
そこに映ったのは、黒錆を浮かせたような金鱗を纏う、角を生やした三つ首を持った大蛇。その胴体はもはや天から降ってきた巨大な柱にしか見えない。
「信じられません……。これまで観測されたどの大型種よりも遥かに大質量です。推定でも、正体不明種の全長は二百メートルを超えています!」
マザーパーチ号のオペレーター、カノゥが声を上擦らせながら叫ぶ。レイルズ艦長は、しかし冷静に指示を下した。
「落ち着けっ! 未確認種を超大型個体として識別。全艦隊と情報共有を行え。的が大きければ、艦砲の格好の獲物だ。黒霧に隠れられる前に、全火力を集中した飽和攻撃を敢行する。全艦隊に伝達。クーナ機にも火線を集中させろ!」
間髪入れず、爆発音が轟いた。衝撃波が大気を伝って広がり、ファルコンⅡをビリビリと震わせた。
「今度はなんだ!?」
「右舷後方、連邦軍艦ルターヴァ轟沈! 二番艦ヤグジが所属不明ドールズに攻撃を受けています」
「馬鹿なっ。所属不明機だと!?」
機体を捻じらせて望遠モニターに切り替えると、対空射撃中のヤグジを輪のように取り囲み、光学兵器らしい武装で攻撃する三機が見えた。
レーダー表示は『未確認』だが、赤黒い機体色をしたそのシルエットは、どこか見覚えがある。
接近警報が鳴った。同時に襲いくる、下腹部からせり上がったおぞましい気配。
あっ! と思う前に、上空から急降下してきた赤い影にバスターランチャーの銃身を切り裂かれる。艦体の装甲ごと切り裂かれ、爆発が起こる。
(見間違うはずがない。あの機影は……!)
「帝国軍データベースから該当機あり。急降下した機影は……帝国軍!? 帝国軍所属、原型機ジェヌヴです!」
あの時グレッサ大尉を強襲した、正体不明のドールズ。あの機体は、帝国軍のものだったのだ。
轟音が再び響いた。ヤグジを易々と撃沈してみせた三機のドールズは、ジェヌヴに追従し、混乱極める前線へと消えていく。
不思議と、左翼に展開している帝国軍艦隊からマザーパーチ号への攻撃はなく、沈黙を守っていた。
「……クーナ少尉、聞こえているな。この程度の距離なら辛うじて通信可能なようだが、連邦軍艦二隻の撃沈と黒霧の大量噴出により、広範囲に通信障害が生じている」
音声は聞き取れるが、時おりノイズが混じり音声が飛ぶ。
「先の帝国軍機の動きといい、どうもきな臭い。事前打ち合わせの通り、共和国艦隊は一時後退、様子を見る。クーナ少尉には、クルセイダとスレイ少年の回収を命ずる。……分かっているな? あの機体はもはや、我らにとっては只の兵器ではないし、パイロットは我々が保護すべき対象だ」
「……了解です、艦長」
個人的な感情をとやかく言っている状況ではない。この戦場は、あまりに危険すぎる。
「後部ハッチから、予備武装を射出する。受領後、クルセイダの回収へ迎え。想定される座標は……」
そこから先の情報は、ろくに聞こえていなかった。武装の受け取りをオート操作に任せ、その間にサイドパックからペン型注射器を取り出した。
この短時間にもう一度これを使えば、どうなってしまうのだろう。猛々しく怒り狂う感情に呑み込まれてしまうのだろうか……。いや、そうはさせまい。私は、誰かを傷つける為にこんなことをしているわけじゃないのだから。
意を決して、左手首に針を突き立てた。
その瞬間、耳鳴りのように響いていた雑音が消えた。
代わりに、とある光景が急激に心に浮かぶ。
よく知る建物の、知らないはずの一室。
耳に聞こえてきたのは「バケモノ」という言葉だった。




