↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天穹白騎譚ナイツ&ビースト-死神の少女-  作者: ムロ☆キング
4章 グッバイ・カム・サドンリィ
PR
24/33

4話 ウィッシュ・ザ・スカイ

 マザーパーチ号の格納庫から後方へと射出された、深い青色をしたドールズ。クーナの操縦するファルコンⅡは、慣性に従うようにして朝日の白む空を滑り落ちていく。


 パッと、機体が閃いた。かと思うと、展開された主翼でエーテルの壁を突き破り、金環《きんかん》を潜り抜けて上昇した。


 ファルコンⅡはそのままマザーパーチ号の鼻先に位置すると、わずかに後方右翼側に流れ、急遽主翼に取りつけらた銃座へと機体を滑り込ませる。ちょうど、腹を下にして銃を構える狙撃手のような格好をして、備え付けられた巨大な砲を握った。


 望遠映像でも高い技量が伺える、迷いのない操縦技術。


「こちらイーグル、バスターランチャーの狙撃位置についた。艦動力炉とのシステム接続確認中……」


 混合部隊全体で共有する無線チャンネルから聞こえるクーナの声色は、普段と変わらぬ、落ち着いたものだった。


(結局、昨日のアレから、全く喋ることができなかったな……)


 それどころか、一晩明けても直接顔を会わせる機会すらない。


 ダリルやレドナらは何があったか聞いてこそこなかったが、ロックロックだけは曲がった背中を叩いてくれた。


「だから言ったろ? おかしいんだってよ。まぁ、なんだ。副官殿だって、完全無欠の軍人じゃないってだけさ。それだけ、お前のことを心配してたんだぜ。勿論、俺様たちもな」


 あとは時間が解決してくれるさ。なんて無責任にも聞こえる励ましをされながらも、尋常ではなかったあの剣幕がずっと胸にひっかかっていた。


(本当に、あれはクーナさんだったんだろうか。まるで、別な人格が乗り移ったみたいだ)


 疑問に答えてくれたのは、白い着物を着た老婆、マラザだった。


「坊やがスレイだね」


 あそこまで激しく追い出されてしまった手前、どうしても再び部屋を訪ねる勇気がわかず、どうしたものかとマザーパーチ号の食堂で呆けていたところを、マラザに声をかけられたのだった。


 マラザが纏う空気はどことなくヴァーンを思い出し、少しだけ懐かしい気持ちにさせられる。……この人なら話を聞いてくれるのではないか。初対面にも関わらず、そんな思いを抱かせる、不思議な女性だった。


「そう……。やはり、もう香だけでは気休めにもならないところまで来てしまったのね。あの子のなかで膨れ上がっていく暗い闇は、もうじきあの子の心をすっぽりと飲み込んでしまうかもしれない」


「それは……どういうことなんです? クーナさんは、一体どうしちゃったんですか」


 ぎゅっと唇を結び、何事かを考えるように顔を伏せる。


「悪いけど……私から話すべきことじゃないわね。あの子自身、自身に絡みつく因果の正体を知りはしないのだし。……いえ、自分でもどこに封じてしまっているのか、分からなくなったままなのかしらね。忘れていないと、壊れてしまうから」


 ちょこんと椅子に座り、膝の上の手元に視線を落としながら、マラザはそう言った。向かい側のその姿に、自然と俯いてしまう。


「俺には、何もできないってことですか……」


「そうじゃないわ。あの子にいま必要なのは、深い闇に沈みこんでしまわぬよう繋ぎとめてくれる楔なの」


「俺が?」顔を上げると、マラザがこちらを見つめていた。


 じっと見上げてくる顔を、見つめ返すと、老婆は微笑みながら頷く。


「そうよ。気持ちを閉じ込めてしまいがちなあの子が、曲がりなりにも想いをぶつけた相手こそ、坊やなのだからね。……なあに、その顔は。自信がないのかしら。それとも、そんな役回りは嫌なのかしらね」


「違います! 嫌なわけありません。俺がやれるなら、やってあげたい。俺は、あの人が泣いて自分を責めなくてもいいように……心から笑えるように、戦いたい。そう決めたんです」


 早い口調で捲し立て、唇を湿らせる。


「……だけど、仲間として戦った人たちを放りだして離れるような、恩知らずな真似はできないんです。自分勝手かもしれないですけど、自分のこの気持ちに背を向けてしまえば、きっとあの人のところに心から帰ったと思えない。……そんな気がするんです」


 だからこそ、今はまだソング・バード隊には帰れない。伝えたかった言葉は、クーナへ届く前に拒絶されてしまっていた。


 握りこぶしをつくったままで震えている右手に、胸の前で左手を被せて包む。瞼を閉じたまま額に拳をあて、微かに開いた口から空気を吸い込み、そして吐き出す。


 身の程もわきまえない、虫の良さ。それでも。


 ——その役をやるのなら、俺が良い。彼女を護る人間がいるのなら、俺でありたい。


「ふふ。そうね。泣いている女の子を救うのは、いつだって男の子の役目だもの。大丈夫、坊やならきっとできるわ。私が応援してあげる」


 マラザはひょいと身軽に椅子から降りた。細い瞼がうっすらと開き、金色の瞳が覗く。ちょいちょいと、頭の上あたりで動かす手招きに従って、彼女の眼前で片膝を折ると、小さな人差し指と中指とが額を撫でた。


「巡り巡る、大いなる星の加護があらんことを」呪文のような呟きに、じんわりとしたものが頭部から全身に広がっていく。


「あの子を苛《さいな》んでいるものは、荒魂……ビーストであることは間違いない。でも、それだけでもない。……なにか得体の知れない、邪悪なものがあの子をじっと見つめているわ。それに、あの子もなにかを隠している……。気をつけなさいね」


「ありがとうございます、マラザ導師。俺、自分がやること、ちゃんと見つけられたと思います」


 ——「イーグル、システムチェック終了。砲撃に問題なし。ビショップ2の指示があるまで待機する」


「ビショップ2、了解。ポーン10から13までは発艦準備にかかれ。V2弾頭が着弾次第、ビショップ1に続き順次発艦せよ」


 ルルからの指示と誘導灯の明かりに従って、クルセイダが帝国軍空中母艦の甲板を進む。左前方に佇むレンファの機体、ベオファーンの脚部にカタパルトの射出装置が潜り込み、足先を少し浮かせて固定した。


(頼む、クルセイダ。お前の力を貸してくれ。その力が、お前にはあるんだろう?)


 操縦桿の上にそっと掌を被せる。何も反応など返って来やしないが、なんとなく言わないでおくわけにはいかなかった。


 あの人の為に、俺はこいつと一緒に空を駆ける。


 その思いを一心に、青い濃淡の色彩とさざ波のような白雲、そして煌めくエーテルの風が流れる朝空へ、じっと視線を向けていた。




 ◆   ◆   ◆




 帝国軍の空中母艦の甲板上に見える、朝日を反射して輝きを放つ白いドールズ。モニターからでも、クルセイダにはところどころ改修された様子が見てとれる。


 ダリルの話では、スレイは帝国軍に自ら協力する形で指揮下に入り、帝国が国内に抱える対ビースト戦線で戦い続けていたという。


 家族を奪ったビーストへの復讐がそうさせるのだろう。ダリル隊長はそう考えていたようだが、私には、それだけが理由ではないような気がした。


 ——俺は、自分ができることを探そうと思ったんです。


 医務室でのスレイの言葉だ。そして、自分のやりたいことの為に多くのことを知りたかったのだと、彼は言った。


 彼は、苦しい状況のなかでも進むべき道を選んだのだろう。それは、とても素晴らしいことに思える。


 それなのに、あんな言い方をして、突き放してしまった。


(どうして、私はあんなことを。私こそ、身勝手じゃない……)


 スレイがソング・バード隊に入隊して間もない頃はひやひやさせられることも多かったし、グレッサ大尉の息子を死なせるわけにはいかないと、とにかく持てる知識と技術を教え込んだ。


 共に過ごした時間は長くはなかったが、スレイは確実に成長していた。まだひやりとさせられることもあったが、それでも彼は、一人前のパイロットとなっていた。


 そしていつの間にか、彼との時間のなかで気を和らげている自分に気がついた。


 政府が混乱するなかでも、心を定めたようなまっすぐな目をして、自分を犠牲にすると決めたスレイを胸に抱き、必ず迎えに行くからと、私は告げたはずなのに。


 それなのに、せっかく再会できた気持ちを裏切られたような気がして、あんな酷いことを言ってしまった。


(最低だわ。私……)


 もうずいぶんと前から自分自身への異変は自覚していたが、その解決方法までは分からない。マラザも手助けはしてくれたが、根本的な解決には至らないでいる。


 しかしそれは、隠し事をしている私に問題があるのだろう。


 パイロットスーツの腰部分にある小さなサイドパックから、細身のペンタイプの注射器を取り出す。


 キサラギ研で昔からお世話になっている、ヌマタ医師が処方した薬剤だった。


 護る為に、迎える為に、迷う弱い自分を捨てたい。


 ヌマタ医師は、戦意高揚効果のある安定剤だと話していたが、効果は絶大だった。


 実際に感覚は冴えわたり、以前よりもビーストの動きが感じ取りやすくなっていたし、大気を流れていくエーテルの風をより鮮明に感じ取ることができた。


 空間を遥か上空から眺めているような、俯瞰して知覚できるような感覚は、激化する戦いには非常に有効なものだから、もはや手放すことはできない。


 たとえ、この注射を打つことが異変の原因のひとつであったとしても。


(もう誰も、傷ついてほしくないから……)


 キャップを口に銜えて外し、細く小さな針を注射痕の残る左手首に押し当てる。親指で先にあるボタンを押し込むと、カチッと音がして、冷たい液体が流れ込んでくる様が感じ取れた。


 ズキ、とこめかみあたりが鈍く痛む。


 キャップをはめてサイドパックに注射器を戻し、シートに背を預けて大きく息を吐き出した。


 今回の作戦には、ソング・バード隊以外の共和国軍ドールズ部隊が数多く参加している。きっと、私の『死神』という渾名を知るパイロットも多いだろう。


 嫌悪と侮蔑の入り混じった暗い表情が蘇る。

 あの、スピア隊の若者も参加しているのだろうか。


 彼らとふいに出会ってしまうのが怖くて、必要時以外は自室で過ごさせてもらっていた。今の私が、あの敵意に晒された時、どんな行動をしてしまうのか。考えるだけでも恐ろしかった。


 だがそれも、もうすぐ終わるはず。


 この作戦が無事に終了さえすれば、スレイは無事に帰ってくるのだ。誠心誠意、謝罪をするのはそれからでも遅くない。


「作戦待機中の各機へ。こちらビショップ2。V2弾頭の第一射が二分後に到達する。次いで到達する第二、三射をもって目標地点を破壊。そこからが作戦開始となる」


 太陽よりも遥か頭上高くにある、点滅するような光。あの光が海を割り、大地を裂いた時、命を懸けた戦いが始まるのだ。


 まずは、仲間たちとこの場を生き延びる。それだけに集中しよう。


 そう思いながらも、発艦体勢に移るクルセイダを横目で追ってしまっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。