1話 リユニオン・プロミス(イズ・ノット)
光が閃った。
懐深く広がるはずの青空をいくつもの兵器とビーストが埋めるなか、伸ばせばすぐ手が届く近さで、橙色の花が瞬く。
それは、人の命が終わった瞬間。
言葉を交わす最中に訪れた、かけがえのない仲間とのあっけない別れ。
声も出なかった。
崩れたクルセイダの姿勢を無意識に制御しながら、眩く照らす炎をただただ見つめていた。最後に聞こえた言葉だけが、耳の奥で静かに響いている。
やがて爆発が収まり、残った黒煙が気流に乗って薄れていくと、まっさらになった心に怒りが満ち溢れてきた。
理不尽で非情極まりない世界への憤り。
護る為に戦うと誓っておきながら、眼前で起きた悲劇に成す術のない自分自身の不甲斐なさ。
その両方が、胸の内でおどろおどろしく渦を巻く。
全身の筋肉が強張り、見開いた眼の皮が張る。浅く荒い呼吸が肩を震わせ、はっきりとした憎悪が、今すぐにでも機体を激しく弾かせようとしていた。
身を焦がさんばかりの熱は……しかしすぐに小さく萎んだ。
護る為に戦い、正しいと信じた道を突き抜ける。
目を背けるのではなく、覚悟をして、そう誓ったのではなかったか。あの人の言葉は、その背を押してくれたのだ。
何度も歌い聞かされたフレーズが、格納庫にじんと響くギターの音色が、脳裏に色鮮やかに蘇る。
(……誰も笑いはしません。俺が、その光を拾っていきます)
ひとつ大きく息を吐き、ぐいと手の甲でこぼれた涙をぬぐう。
傷つけるのではなく、護り戦うその為に。信じる道を往くために。
俺は、クルセイダを飛ばした。
◆ ◆ ◆
「いつまで寝てるんだ。さっさと起きな!」
どん、という衝撃に、眠りの底に落ちていた意識が急速に浮かび上がっていく。
座席に座ったままの姿勢で、視線を左上に向けた。そこには映るのは、鮮やかな赤髪を伸ばす女性士官。
深紅の瞳で睨みをきかせているのは、レンファだった。
どうやら足を蹴られたらしい。
起こすにしても、もう少しやり方があるだろう。左足の踝の少し上をさすりながら、その抗議をぐっと腹に呑み込む。
「ったく、たしかに移動中は休んでいいと言ったけどね。ここまでぐっすりとは、ずいぶん肝が据わったもんだ」
「……すいません。けっこう疲れがあったみたいで。もう到着ですか?」
両手で鼻から覆うようにして乱暴に顔をこすり、かすかに残る眠気を飛ばす。ジャケットの襟を直してから、そう尋ねた。
レンファは、皺ひとつなくきちっと伸ばされた黒の軍服を纏い、神経質そうに目元を細める。
「あと二十分もしないで、ノルンブルム基地だ。陛下の御前だ、みっともない格好なんかするんじゃないよ。陛下は、帝国の軍服を纏わなくとも良いとお赦しになられたそうだけど、身だしなみは、きちっとしな」
ドールズパイロットの待機室から去っていくレンファの背が、スライドする扉の向こうに消えてから、腰を浮かせて胸を張り、大きく背中を伸ばした。こわばりが解れていく気持ちよさに顔が緩む。
あまり大きくない部屋だが、他にパイロットの姿はない。
それもそのはずで、帝国北部の戦線からお召がかかったのは、レンファとルルを加えた三名だけであり、他の隊員たちは今も黒霧から現れるビーストたちと睨み合って対峙している。
何故呼ばれたのか。それは知らされていなかったが、手配された軽空中戦艦にドールズを積み込み、帝都ノルンブルムへ向かうことになったのだった。
黄金宮殿の王の間へと通され、レンファを真ん中にして右をルルが、左を自分が横並びになる。
黄金の玉座に肘をつき、ゆったりと背を預ける皇帝は、変わらぬ強い光を瞳に宿したまま、どこか満足げに語った。
「貴様らを呼び出したのは他でもない。ソルボレ共和国、ロウ大統領が表明した先の会見は流石に耳にしているだろう?」
ぴんと背を伸ばし、握った拳を腰の後ろ側で交差させた姿勢のレンファは頷いた。
「もちろんでございます」
それは、帝国の武力をかざす理念を批判しながらも、人類が一丸となってビーストに対抗する必要があることを訴えるものだった。飛び上がって拍手を送りたくもなる、素晴らしい演説に思えたが、どうやらレンファや他の帝国軍人には違って聞こえたらしい。
「よくもまぁぬけぬけと。今更、事の深刻さに気付いたのでしょう。我々を糾弾しながらも泣きつこうとは、共和国の程度もたかが知れるというもの。しかも、かの国が言う新兵器とは、火弓のことでありましょう? アレを知っているということは、我が帝国に間者を放っているに違いありません」
堂々と意見を述べるその横顔に迷いはなかったが、隠そうともしない明らかな嫌悪がありありと浮かんでいる。その様子を見ていたルルが、少し肩を竦めていた。
ウルヴスというのは、帝国大陸の西部に設置されている巨大な固定砲台のことである。V2弾頭と呼称される地殻破断弾頭を射出するためだけの装置であり、詳細は知る由もなかったが、超長距離の射程と地殻を喰い破って穿つ大質量の一撃は、意図的に黒霧を噴出させることを可能としていた。
帝国は、その力をもって意図的にビーストを出現させ、撃滅作戦を繰り返しているのだ。
ロウ大統領の言い分は、間違っていないと思う。それでも、なるほど効率が良い方法だと唸らせる面もあった。実際に、帝国はこの方法で黒霧災害現象をある程度コントロールしている節があった。
(ただ、良い話だけじゃないはずだ。きっと、なにか代償があるんだろうな)
おやっさんの言葉——物事には裏表があるもんさ。上手い話には、それだけの代償がある。世の中は、そうやってバランスをとっているんだからな―—が思い起こされる。
「貴様らしいな。あの国も強かということよ。それに、間者などはあえて好きにさせているのだ。せいぜい我らの威光を知らしめる一助となってもらう為にな」
皇帝は、すべて手の内だとでも言いたげに鼻を鳴らす。
「聞いたであろう? 共和国は、我らの意思を理解したのだ。人類が存続する為に、帝国旗の下に集うべきだとな。ロウ大統領とは、既に話もつけた。余が連邦との停戦に応じ共和国に花を持たせたその見返りに、帝国傘下に降るとな」
傘下に降る。共和国と対等な関係を、皇帝は求めていない。あくまでも、星の守護者たるは帝国だけで良い。そういう確固たる意志が、この王には在るのだ。
ルルが、おずおずと声を上げる。
「しかしながら陛下、連邦の反応はいかがだったのですか」
「ふん、なにも心配はいらぬ。こちらが余力充分であるうちに、既に首都陥落は目前だったのだ。連邦政府の者どもは、すぐに停戦に合意したそうだ。それも、我らに利の多い条件を飲んでな」
「……この手で引導を渡せなかったのは悔いが残りますが」
レンファは、少し目線を下げてそう言った。
「そう言うな、レンファ。貴様らが緒戦を華々しく飾ったからこそ、連邦の出鼻を挫き、余の思惑通りに事が運んだのだ。帝国に寄与した功績は大きいものだ。よくやった」
「……はっ。ありがとうございます」
胸元に左手をあて、深く頭を下げるその様子を見ながら、自身の胸中にはもやもやとしたものが広がっていた。
緒戦の戦場となった連邦の海上プラントは、帝国が宣戦布告する以前に、ビーストの襲撃を受けていた。その襲撃は、帝国がウルヴスとV2弾頭を用いて発現させた、人為的なものだったのである。
目的を達成する為には手段を択ばない。皇帝に真に忠誠を誓うレンファの姿が空恐ろしく、棘のように刺さって抜けない重苦しさと、鈍い痛みを感じさせていた。
「さて、ここからが本題だ。余が貴様たちを呼び寄せた理由を話そう」
皇帝は、玉座に立てかけていた剣を右手に持ち、背もたれから身体を離して立ち上がった。
「早速だが、我らの力を示す場を設けた。帝国の下、共和国、連邦の者どもと共に展開される、大規模なビースト殲滅戦である。各国からいくつかの部隊を派遣し、部隊を編成するが、その混合部隊の統括はレンファ、貴様に任せる」
「……陛下、恐れながら申し上げます。そういうことでしたら、エレオラ殿が見逃すはずもありません。役目を頂けなかったと、きっと陛下を詰るでしょう。それでも良いのですか?」
言われてみれば、あの鉄仮面の女将軍、エレオラの姿は見かけない。それも以前の玉座での一件以来ずっとだ。
(……会いたい相手じゃないから、会わなくて済むなら、それに越したことはないよな)
ただ、ふらりと姿を消した、ヴァーンのことだけは気がかりだった。
「良い。元よりあやつは、他者から求められ行動する者ではない。それに、どうやら他に玩具を見つけたらしい。であれば放っておくしかないのだ。……我が帝国で、エレオラに次ぐ実力者となれば、貴様しかおらぬ。ベオファーンを見事使ってみせよ」
「……はっ。見事、期待に応えてみせましょう」
「ルルも、とく補佐するのだぞ」
「もちろんでございます、陛下」
皇帝の鋭い視線とぶつかる。その視線は、なにかを推し量るようなものに感じた。
「スレイ、貴様にも加わってもらうが、その前に確認しておきたいことがある……」
「……はい、なんでしょうか。陛下」
口を開いた皇帝から聞かされた言葉は、予想だにしていないものだった。




