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天穹白騎譚ナイツ&ビースト-死神の少女-  作者: ムロ☆キング
3章 アメイジング・グレイス・アース
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7話 フゥーズ・パニッシュメント

 ———ソング・バード隊が到着する十日前。通称キサラギ研の所長室にて。


 木枯らしが吹き、すっかり葉を落として寂しくなった木々。高く澄んだ空と、首元をすり抜けてぶるりと身を震わせる寒風。……暦の上ではそういう季節なのだが、木目調のブラインドから漏れる日差しは力強い。


 かつてあった四季の移ろいは、盛夏一歩手前を思わせる陽気のまま、ぴたりとその歩を止めたまま。


 星の四割以上を覆った、黒霧と称される謎の気体によって、大地の呼吸とも呼べるエーテルは完全に乱れてしまった。私がまだ若かった時分は、かなり緩くとも変化らしいものを感じ取ることはできたが、ここ数年はそれもさっぱりない。


 所長に就任してから長い付き合いになる執務机のうえ、共和国の軍隊から送られたレポートに再び目を落とす。


 テレイア連邦が所持する海上プラントの防衛戦と、聖サングリア帝国による宣戦布告。キサラギの名を背負わせ、送り出した彼女たちが、まさか命を奪い合うようになるなんて……。


(……いつも、そうあってほしくないことだけ、現実になってしまう。なんて、残酷なのかしら)


「あらあら。しばらく見ない内に、随分と眉間に皺を寄せるようになっちゃったのね。そんな怖い顔じゃ、誰も近寄ってきませんよ」


 突然の声に慌てて目線を上げる。部屋の中央、執務机の前に横向きで置かれたソファに、白い着物を纏った老婆がちょこんと正座をしていた。


「マラザ導師! どうしたのです、急に。随分と姿をお見せくださらないので心配しておりました。もういつぶりでしょう」


 卓を挟んで向かいにあるソファへ移り、マラザの正面に腰を降ろす。


「そうねぇ、もう十五、六年くらいかしら? 私もだいぶ、おばあちゃんになっちゃったわね」


「いいえ、マラザ導師はあの頃のまま、お変わりない。私なんて、白髪と皺ばかりが増えてしまいました」


 実際に、この方に大きな変化は見られない。当時で齢八十と聞いていたから、もう百も近いはずだが、所作も言葉も、なにもかも衰えを感じさせない。それどころか、さらに生気を帯びている気さえする。


「それで、一体どうされました? なんの目的もなく、導師である貴女が聖域を離れることはないでしょう」


 マラザは、ぴんと背を伸ばしたまま、瞑っているように見える細い瞼を上げた。


「ロウちゃんに伝える前に、ミドリちゃんには話しておくわね。ことは古き盟約に関わる大事。星の裂け目に湧く泉から、大地の息吹が吹きあがり、聖者の葉を揺らした。……星を巡る風が、新たな報せを届けた。調和の器が目覚める時がやってきた、と」


「聖域に伝わる光輝きし創生譚。そこに記された、外なる世界から現れたという神と、それを追ってやってきた別の神の使い……。調和の器というのは、神の使いのほうだったでしょうか」


 マラザは、神妙な面持ちで小さく頷く。


「その通り。そしてその名を、クルセイダと。おそらく共和国が所有する、アーキタイプとかいうドールズでしょう。英雄グレッサ・イニゲスが駆る白き騎士、だったかしらね。一度は喪ったものの、幸運なことに発見できたと聞いていたけれど」


 ……眩暈を覚える。クルセイダは帝国の要求に従い、数日前に引き渡してしまった後だった。だが、それを聞いたマラザの反応は意外なものだった。


「……そう。帝国に。まぁ、大導師も行っているから、あの方なら上手いことやってくれるでしょう。もしかしたら、文だけを残しふらりと出て行かれたのも、これを見越してのことだったのかもしれないわね」


 マラザは、正座する姿勢を少しだけ直して続けた。


「この件は、ロウちゃんと大導師にお任せしましょう。私の役目は伝えることだもの。それに、用件は他にもあるのだから。……ミドリちゃん。あの子、クーナちゃんの様子はどう? 荒魂に吞み込まれず、健やかに居られているかしら」


 じくりと、古く乾いた傷をひっかかれるような痛み。向き合うことこそ私に課せられた責任で、自らその責任を受け入れたのにもかかわらず、直視できないでいる罰の象徴。


「今のところは、そういった報告は聞かれません。処方も、服薬も、滞りなく行っているようです。医師であるヌマタとは、直接やり取りをしているようですし、問題はないと見ています」


「報告、ねぇ。随分と他人行儀じゃない? 夫がしでかした責任は、妻の私が取ると言ったのは、ミドリちゃんだったのに」


「……あの子は、あの子が望んだとおり、キサラギの名を継ぐにふさわしいパイロットに育ちました。最後のキサラギに相応しい、軍人です」


 ドールズパイロットの研究と養成機関としての役割は、三年前を最後に終えている。軍との協議の末、今ではドールズ兵器の小規模な研究機関となり、広大な敷地と構造物に僅かな人員が残るのみとなった。


「本当にそうかしら? あの子の青い瞳は、そんなふうには見えなかったけど」


「最後にお会いになった時、あの子は二歳にもなっていなかった。人は変ります。あの子だって、そうです。自ら目標を定め努力し、達した。素晴らしいことではありませんか」


「そうね。とても素晴らしいことに違いない。でも、ミドリちゃん。貴女、クーナちゃんのこと、名前で呼んであげないのね?」


 どく、と心臓が跳ね上がる音が耳に響く。まったく考えてもいない、指摘されるまで気がつかない、無意識に言葉を選んでいたのだ。その事実に絶句する。


「……ごめんなさい。いじわるが過ぎちゃった。ずっと放っておいた私が言えた義理ではないもの。ただ、二人の間が離れている気がして、心配になってしまったの。ミドリちゃんからしたら、やっぱり直視するのは辛いわよね」


「……いえ。正直に言ってしまえば、どこかで引け目を感じているのは間違いない。それに導師が心配するのも当然です。前所長だった夫が、あの子に施した自己満足の行いは、あの子を壊しかねない」


(それどころか、もし仮に目覚めた時、なにがどうなるかも予想がつかない……)


「とにかく、落ち着いた状態を維持できています。ヌマタからの報告でも、変化の兆しはないとのことでしたから。それよりも、まずはクルセイダの件を大統領にお伝えしなければ。大統領府に回線を繋ぎますので、直接お話しいただけるとありがたいのですが」


「ええ、わかりました。お願いね」


 小さな頭が短く縦に揺れる。うっすらと覗く金色の瞳が、なにか言いたげに見つめることに気づかぬふりをして、執務机のコンソールを叩いた。


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