6話 シャープ・マインド(2)
大きな搬入口が開け放たれたままになっている、マザーパーチ号の格納庫。
整備士の姿はまばらで、それも必要な資材やらなにやらを取りに戻っただけで、大多数が艦外での作業に従事している。
モーターが唸る音も、怒鳴り合うような掛け声もない。ただコツ、コツとやけにゆったりとした自分の足音だけが耳に大きく聞こえてくる。
その足音が、はた、と止まった。
マザーパーチ号の格納庫には、最大七機のドールズが搭載される。
隊長であるダリルや私の機体はいわゆるフルカスタム機で、通常の規格からは異なった改良を施されている。他のメンバーは、一部だけのカスタムに留まっているとはいえ、異なる機種の多い搭載事情だ。整備士には苦労をかけていると思う。
機体によって専用の整備が必要だからこそ、各ドールズには、狭いながらも整備用ハンガーが設けられ、その奥には予備パーツや武装が保管されているのだ。
滅多にない十分な整備のチャンスに、多くの機体は艦外に運び出されているが、眼前にあるハンガーが割り振られた機体はこの場にない。……クルセイダは、パイロットと共に帝国に引き渡されてしまった。
まるで火が落ちたように静まり返る、がらんとした一角を前に、医務室で受け取ったケースを抱く腕に力がこもる。
「……どうしたんだ、キサラギの嬢ちゃん」
突然声をかけられて振り返ると、見上げるほどの背丈がある、施業着を着た男性が腰に手を当てて立っていた。みなからおやっさんと呼ばれ慕われているアグルだ。
「嬢ちゃんのエフツーならまだ外だぞ。こんな時でもなけりゃ、じっくり診てやることもできないからな。嬢ちゃんの飛び方は綺麗だが、遠慮なく性能を引き出すもんだから、フレームの底にかかる負荷もバカにならん」
クルセイダの引き渡し以降、スレイの叔父である彼とはまともに話せていない。
むしろ、スレイをむざむざ行かせてしまった事に後ろめたさを感じて、会話を避けていたのだった。
「い、いえ。なんでもありません」
「スレイのことなら、嬢ちゃんを責める気なんかないからな。それは、筋違いってもんだ。あの子は、どうせ言っても聞かなかったんだろ。そういうところまで、親父そっくりに似なくても良いもんだろうによ」
「……ありがとうございます」
責めるつもりはないという、その言葉が本心かどうか定かではなかったが、感じられる気遣いにそう返していた。
「そういや、嬢ちゃんは弟とも……グレッサとも面識があるんだったな。だったら、分かるだろ? こうと決めたら頑として曲げない、あの頑固さ。誰に何と言われても知ったことじゃない。真っすぐな眼がそう言ってるようでな。ああなると、手がつけられん」
「……そうですね。確かに、大尉とスレイはそういう部分でもよく似ていました。スレイの力強いあの眼差しを見ていると、大尉の面影を思い出す時があります」
「そうだろう? ……実を言うとな、グレッサが戦死したことを知らせなかったのは俺なんだよ。あの子の死んだ母親も、姉も、なんとなく生きて戻らないと感じていたと思うんだが、スレイにとっちゃ目標で、憧れだったからな。なかなか、言い出せなかった。
それに、流れ着いたドールズがクルセイダっていうのも、最初から分かってたんだ。なにしろ、俺も組み上げには参加してたからな。どんだけ損壊してても、一目見りゃ分かるもんさ。
だからよ、つい考えちまったんだな。弟は、自分の家族のもとに帰って来たかったんだ。生涯をドールズ研究に賭け、戦場に立ちながらも、一番護りたかった家族のもとにな。可笑しな話だとは自分でも思うが、大破して動力炉も失った機体が実際に辿り着いた様を見ちまったもんだから、簡単に笑い飛ばせなくてよ」
視線の先にはないクルセイダを見上げるアグルの顔つきは、穏やかなものであったが、どこか悔いているようにも見えた。
(そういえば……お二人はドールズの在り方で意見が分かれてしまって、アグルさんは軍を去ったと。大尉はそう話していたっけ)
その話を聞かせてくれた時も、大尉の表情は同じようなものだった覚えがある。
「スレイも言ってただろう? まるでイメージだけで機体が動く時があるって。確かに、解析してみると操作入力されていない動作が少ないながらもある。ドールズにはパイロットの操縦を学び、補佐するシステムが搭載されてるから、それだろうとは思っちゃいるが……それだけじゃない、きっとアイツの……」
そこまで話してから、はっと自分を取り戻したかのように目を見開くと「それこそ、馬鹿な笑い話だな」と首を振った。
◆ ◆ ◆
作業に戻っていったアグルの背中を見送ると、しん、とした空気が戻ってきた。
彼が話してくれた内容はほとんどが独白だったが、親代わりとしてスレイを育てた彼の胸の内が感じられるものだった。親になったこともないし、親と呼べる存在と接した記憶もない私には浅い上辺の部分しか伝わらないけれど。
それでも、常にスレイを心の中心に据えて物事を考えていた。珠を慈しむだけでなく、傷ついても強く逞しく羽ばたけるよう、彼の意思を尊重しながら厳しく育てたのだろう。
アグルからすれば、スレイ自身が選んだ結果とはいえ、見捨てたも同然の私たちを恨んで当然だ。だが、それをおくびにも出さず、今なお協力してくれている。
胸元の辺りから熱いものが上ってきて、じんと目頭を濡らす。思わず、去っていく背中にその場で頭を下げていた。
「あらあら。随分とまぁ、萎びちゃってるわね」
いつの間にか、すぐ右横に小さな人影が映った。頭を下げたままだから、隣に並ぶように立っている人物の足が横目に見える。随分と小さい、白い足袋と若草色の草履。
頭を上げると、その人物の身長は私の腰くらいまでしかない。
私だって背丈が大きい方ではないから、白い袷せ襟の着物に赤茶の羽織を着こむ女性は、かなりこじんまりとしている。
皺すら愛嬌に感じる顔立ちに、きっちりと纏められた髪がお団子のように乗る小さな頭。べっこう色をした二本の簪が、首を傾ける動作につられて揺れた。
「せっかく綺麗なお顔をしているのに、水のない花瓶に活けられた花みたいになってる。ダメよ、そんなんじゃ。身体と精神は不可分なのだから、どちらかを疎かにしていいものじゃないの」
初対面ではあったが、相手が何者であるかはすぐに勘づく。
「……マラザ導師でいらっしゃいますか。艦長と隊長がお迎えにあがる筈なのですが」
片膝を地に着けてかしづき、礼を払う。丸く角のない、やんわりとした声が戸惑うようにそれを制した。
「どうかやめてちょうだいな。若い方にそんな格好をさせるほど、偉い人じゃないんですから。それに、私は貴方に会いにきたのよ。迎えに来てくれた方たちには悪いけど、置いてきちゃったわ」
「私に?」と言い切る前に、マラザは小さな両手で私の右手を包み込むようにそっと抱いた。ふわり、と澄んだ花の香りが眼前を流れ、突然のことに狼狽えていた心が、水が落ちるようにすっと穏やかになっていく。
「———そう、そのまま気を静めて。……ミドリだって、本当は貴女が心配でたまらないのよ。でも、あの子の罪の意識が、遠ざけるような物の言い方をさせるのね。ほんとうに、不器用な子だこと」
(もしかしてミドリ所長のこと? マラザ導師は、所長と親しい間柄なの?)
「まぁ、古い縁で結ばれていることは確かね。だから、私は此処に来たのだし。だけれどその縁が巡って、貴女に業を背負わせてしまったのね。あの男の妄執が、なんとも愚かしい」
波ひとつない水面がさざめくような気配を感じて、握られた手を引っ込めようとしたところを、強い力で握りなおされた。
「いいかい、よく覚えておいでね。心のずっと、ずっと奥に眠る声に、耳を貸しちゃいけない。貴女はその奥底に漂う闇に抗わなくちゃいけない。一度荒れ狂ってしまえば、止めようがない。そうなったら、大切なものを失くしてしまうわ。自身も含めてね」
「導師、私は、どうしたら」
「……自分にも、他人にも、優しくなること。自分を許してあげることじゃないかしら」
まるで瞑ったままかのような細い眼が、うっすらと開かれる。その瞳は、淡く煌めく金色に揺れていた。
「……ふぅ。齢は取りたくないものよね。こんなほんの少し潜り覗く術でも、疲れてしまうなんて。大導師の次くらいには、力のある使い手だと思っていたんだけど。そろそろ引退かしらね」
マラザは離した両手を腰に当て、ぐいと背を反らせる。格納庫のハッチ付近から、足早に近寄ってくる二人組を見つけた。途中で置いてきたという、レイルズ艦長とダリル隊長だった。
「また何か聞きたいことがあったら、遠慮なく聞いてちょうだいね。これからしばらくの間は、旅仲間なんですもの」
マラザはまるで少女のような屈託のない笑顔を浮かべ、そう言った。
◆ ◆ ◆
「私は、ソルボレ連合共和国大統領、ロウ・アーメイアです。私は、我が国と同盟国であるテレイア連邦に対して宣戦布告し、現在も戦闘を継続している聖サングリア帝国、ツェペリ・サングレア八世皇帝陛下だけではない、黒霧の脅威に脅かされる全世界に向けてメッセージを送るべく、この場に立っております。
まず初めに、我々ソルボレ共和国は、連邦と帝国の戦闘行為に対し、武力による直接的な介入を行わないことを明言致します。人間同士が争い、命を奪い合うなど愚かの一言に尽きる。しかしこれは、ただ傍観しているということではありません。我々は、同盟国である連邦の友人たちを見捨てない。家を失くした同胞は温かく迎えましょう。飢えや寒さに震えぬよう星の恵みを分かちましょう。
帝国は強靭な思想のもと、強硬な手段をもって人為の統一を成そうとしています。それは、覚悟ある強者の道かもしれない。ですが、その果てに得られた世界で、我々は一丸となって星の脅威に、ビーストに立ち向かえるでしょうか?
また帝国は先の開戦のおり、新兵器によって人為的に黒霧災害現象を引き起こし、ビーストを発生させた疑いもある。もしこれが事実であるならば、人類に対する重大な背信であると言わざるを得ません。
しかし……帝国の力失くしてビーストの脅威を打ち払うことは困難であることもまた、客観的な視線から見て事実であることに違いありません。そして、帝国だけでは抗い切れぬこともまた事実。……皇帝陛下の掲げる、人類が一丸となって脅威に立ち向かう道は、我々が唯一生き残る選択なのです。
従って、私は連邦と帝国の両国に対し即刻休戦するよう求めます。和睦の締結に向け、ソルボレ共和国は協力を惜しみません。死滅へと向かう星の未曽有の危機を乗り切る為、我々は手を取り合わなくてはならないのです……」




