5話 シャープ・マインド
「イーグル。あまり深追いするな。突っ込みすぎだ!」
「ですが隊長、この群れは明らかに異常です。少数とはいえここで見逃しては、後から被害が広がってしまうかもしれません」
中型種の飛行型ビーストの群れ。そのうちの何体かの翼膜には、まるでミサイルか何かのように螺旋状の貝殻をつけた小型ビーストが貼りついている。それどころか、噴射されるロケット砲のように襲いかかり、ドールズの装甲に突き刺さって自爆までするのだ。
レドナ機が被弾し、それが原因で右肩部を損壊。無事にマザーパーチ号に着艦できたようだが、無線ではレドナは負傷したと聞く。
「ちくしょう、すばしっこいったらないぜ。こいつら、動きが良くなってやしないか。まるで戦闘機相手だ」
ロックロックが背後から追撃しても、鋭い切り返しで躱し、隙を窺って背後を取り返そうと試みている。追い込んだ個体の鼻先にA.B.Rを撃ちこみ、動きが止まったところをダリル機がライフルで仕留めた。
「ダガー、一体駆除。……確かに、明らかに軌道が洗練されてきている。これまでとは違った、思考性すら感じさせる動きだ。もしかすると、やつらも学習する生物なのかもしれん」
いや、学習というよりも、これは進化と呼べるのではないか。
(———もしそうだとして、何年もなかった変化が、ここにきて急に現れたのは何故? 捕食も生殖もせず、ただ黒霧から現れて、暴れ回るだけだったビーストが……。これは生物界を模した進化なの? それとも人間から学んだ結果?)
それに、さっきから胸をざわつかせる気配。
まるでいくつもの眼に囲まれているかのような、ねっとりと全身に絡みつく視線に感覚が狂わされ、無性に苛立つ。
遠くから、ふふっ、と女性が嗤う声が聞こえた。
「クーナ、バカ!」
ロックロックの喚き声にはっとして、反射的にフットパネルを踏み込む。機体を上昇させながら姿勢を捻じり、直感に任せて回避行動を取る。ファルコンⅡのすぐ真下と真横を、小型ビーストが通り抜け、機体背後で自爆した。
「うぅっ」爆発の余波で機体が激しく振動した。閉じそうになる瞼を必死に堪え、レーダー表示とモニターに映る被弾箇所を確認する。———ここで目を閉じたら、格好の的になるだけだ。
幸い、大きな損傷はない。すぐに機体を立て直し、旋回しながら上昇していく。他のドールズに比べて装甲が脆い分、肝が冷えた。
ダリル機がフォローするように近くを飛ぶ。
「イーグル、損傷報告をしろ」
「バランサーに軽微な異常があるようですが、戦闘機動には支障なし。まだやれます」
「よし。アックスとジャベリン、ロッキーとイーグルで組め。私が囮役をやるから、連携して確実に仕留めろ。ペアのフォローは絶対に欠かすな」
◆ ◆ ◆
キサラギ研に到着したのは、その二日後。突発的な遭遇戦や救難信号に応じ、弾薬も資材も底が見え始めた頃だった。
マザーパーチ号は滑走路に着陸すると、誘導に従って格納庫へ入った。艦が完全に停止して後部ハッチが開くと同時に、整備士たちがわっと散っていく。
「よぉーし! まずは右腕が吹っ飛んじまってるドラケーンからだ。ロックロック機は後回しにして、次はエフツー(ファルコンⅡのこと)を運び出せ!」
いつの間にか仕切り役となったスレイの叔父、アグルが大声を張り上げている。大統領が手配した資材の積み込みに、ドールズの修理と点検作業。船体のチェックと仕事は山のようにある。
ここが、彼らの戦場なのだ。
愛機であるファルコンⅡも、整備の為にトレーラーに乗せられて、艦を降ろされていく。ところどころ装甲が剝げ落ち、細かな傷と煤けたような汚れを無数に負うその姿を、ハンガーの二階デッキから見送った。
(……待ってますから。そう言ったのは、嘘じゃないですものね。スレイ)
ダリル隊長と共に呼び出された艦長室で知らされたのは、ソルボレ共和国がテレイア連邦と共に、サングリア帝国へ徹底抗戦を試みる可能性が高いということ。そして、クルセイダとスレイが帝国の指揮下に入ったらしいということだった。
帝国側に寝返ったわけではないだろうが、確実に否定できる要素もない。素直に呼びかけに応じてくれるかも分からず、また帝国軍がみすみすそれを見逃すとも思えない。
しかも帝国と戦火を交えた場合、政府は撃墜してでもクルセイダを回収しろと命じているという。……パイロットの生死は、二の次にして。
聞き間違いか? 耳を疑った艦長の言葉は、どうやら間違いないらしい。隣で両手を後ろ手に組み、直立不動で聞いているダリルの口の端が歪んだ。そう理解した途端、首の後ろ辺りがチリチリと熱くなって身体が震える。同時に、固い絨毯の床が崩れ落ちる感覚に襲われる。
———そんな馬鹿な命令っ!
喉から出かかった感情を、なんとか留めて押し返す。
命令に従い、任務を忠実にこなす。それが軍人。そこに私情を挟んではならない。私ができる、たったひとつの存在価値。
それでも飲み込んだはずの言葉は消化されず、心地悪さをずっと抱いている。十年以上を過ごしたキサラギ研《家》へと、軍属になって初めて帰ったというのに。
(……きっと、それだけじゃないのね)
とはいえ、避けて通れるものでもない。マザーパーチ号を降りて、格納庫から本棟へと入る。眩しいほどの日差しが差し込む、慣れ親しんだ廊下と階段。光と影が創りだすコントラストのなか、白い木製扉の前まで進む。
植物の蔓を模した見事な彫刻で飾られた扉には、所長室と彫られている。ノックをすると「どうぞ」と女性の声が返ってくる。「失礼します」と握手を回した。
部屋の主、ミドリ・キサラギ所長は報告書から顔を上げたが、執務机から立ち上がろうとはしなかった。
「お忙しいところ申し訳ありません。お邪魔かとは思ったのですが、ひとことご挨拶をと思い、お伺いいたしました。……お変わりはありませんか?」
白い顔に流れるように引かれた眉をぴくりとも動かさず、垂れた目尻でじっと見つめた後、再びその視線を羅列された文字へと戻す。
「ええ。活躍は聞き及んでいますが、そちらも大変だったようですね」
その声色は抑揚のない、実に平坦なものだった。
「先日遭遇したという、新たな生態をしたビーストの報告書は確認しました。共生のような形態ですが、あれは人間との争いから学び、反映させたように感じますね。脅威に違いはありませんが、実に興味深い」
活躍、という言葉に肩が震えた。決して、嬉しさなどではないが。
「あ、……はい。駆除はできたのですが、隊に被害が出てしまいました」
「そうですか……。貴女はキサラギの名を背負い飛んでいるのです。くれぐれもその名に恥じぬよう、持てる力をいかんなく発揮し、役目を果たすのですよ」
「はい……」指がページを捲り、文字列を追って眼が横へと動く。その眼が、こちらを向いた。
「件のアーキタイプについても、導師マラザから聞き及んでいます。既に帝国に引き渡されてしまったということも。その状況も含めて言っているのです。……迷いなく、貴女にそれができますか?」
口に溜まった唾を飲みこんでから、口を開く。
「……はい。任務であれば、従います」
はっきりと宣言したつもりだったが、向けられる視線に堪えられずに目を伏せる。短い沈黙の後、ミドリ所長は「結構」と頷き、報告書へと視線を戻した。
(これは、自分自身への宣誓でもあるんだ。私は、私がすべきことを考えればいい)
大丈夫、スレイとは約束をしている。彼ならば呼びかけに応じてくれるはずだ。私たちは護ってあげればいいだけだ。かつて共に学んだ、レンファやルルと戦うことになろうとも。
———だけど、そうでないその時は……。
きゅと、後ろ手に組む手を握る。脳裏にこびりつく、彼とクルセイダに向けて発砲し撃墜する様を振り払った。
「……まだ何か?」
「いえ、なんでもありません。お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」
敬礼をしてから背を向け、所長室を後にする。扉を閉めるその隙間からは、三度書類へと視線を落とした姿が見えた。




