4話 リーダーズ・ミーティング
「……報告書は読ませてもらいました、レイルズ艦長。上申のあった補給についても、手配しましょう」
マザーパーチ号の艦長室。さして大きくもなく、飾りっ気のない執務机から映し出されたモニターに映るグレイヘアの女性は、平坦な声でそう言った。
「ありがとうございます。ロウ大統領」
白いスーツを着こなし、額を見せるすっきりとしたヘアスタイルの彼女は、歯切れよい答弁を武器に溌溂とした政治家として、ソルボレ共和国の女性大統領に選ばれていた。しかしそのよく動く頬は凍りついてしまっている。
「お疲れのようですな。議会はまだ、帝国に対する方針を決め切れていないようで」
「同盟を結ぶ三国を合わせても足りないほどの国土面積、国力を持つ大帝国です。議会が紛糾するのも当然でしょう。ツェペリ皇帝陛下の演説に心を動かされ、帝国に迎合すべきといった意見を述べる官僚も多い。
反対に、同盟国を裏切ることなど言語道断。連邦と共に徹底抗戦すべきという者も……。これでは、いくら話し合いの場を設けたとしても意味がない。どちらも、国の、人の往く末を案じているとは、到底思えない」
苛立ちか、情けなさか。自他のどちらに向けられたものか。下唇を噛む姿からは読み取れない。
だが例えどちらであろうとも、その行く末という、見に見えない大層な何かの為に、残酷な決断を下した事実は変らない。
戦争を回避する為に、クルセイダとそのパイロットであるスレイを引き渡す。
英雄の遺産と遺児を引き渡してまで得られるのは、一時の時間稼ぎでしかないことを政治家連中だって分かりきっていたはずだ。それでも、防備を進める為のその僅かな時間を政府は選んだ。
(これでは、彼の誠意を無下にしていると同じだな。いや、命令に従って引き渡した我々に言えた義理ではないか……)
引き渡しからもう半月以上が経つが、少年の背中を見送ることしかできなかった己の不甲斐なさに、今でも腹が立つ。特にクーナが受けた影響は大きい。船医を務めるイーロンからは、そう聞いている。
(無理もない。優秀な軍人には違いないが、いかんせんまだ若い……)
背を預ける椅子が小さく軋む。大統領は、卓上の資料を捲った。
「観測局や帝国に忍ばせている諜報員の報告をまとめると、何らかの手段で帝国が意図的に黒霧災害現象を引き起こし、ビーストに海上プラントを襲わせた疑いがある。これが事実なら、人類に対する重大な背信だと言わざるを得ません。ですが、告発できる確たる証拠もない……」
「皇帝陛下の演説は私も拝見しましたが、実に見事でした。あれは、己に決して揺るがぬ正義を抱いてなければできない。偉業を成す為には犠牲も批判も覚悟している。間違いなく、英傑の器だ。大した人物ですよ」
じろりと、大統領の眼が怒気を孕む。肩を持ったように聞こえ、癪に障ったのだろう。
「……貴方のような武勲ある軍人からは、理想の指導者として映るのでしょうね。私にはない、妬みたくなるほどの素質です。こんなことだから、天にも見放されるのでしょうね……」
左手で額を押さえながら、ため息を吐く。「いったい何のお話です?」
「先程、キサラギ研のミドリ所長から連絡がありました。聖域から、マラザ導師が訪れていると。マラザ導師は原型機クルセイダこそ、我々が探し求めていた存在の一つであると告げました。……滑稽でしょう? 盟約を果たす為に発足させた貴方がたの手にあったそれを、みすみす手放させたのですから」
たしかに、その衝撃的な情報は大きな徒労感として圧し掛かる。思わず「はぁ」と間の抜けた声が漏れた。
共和国の西側、帝国からは東と、挟まれるようにしてある小大陸。近づくことすらタブーとされる、聖域。他国に干渉せず、隠れ住む特別な民。彼らを纏める導師たちとこの国の間には、古くからの盟約がある。それは、この国がソルボレ共和国という形に名前と姿を変えても、密かに守られてきたという。
星を巡る伝承。一部の者だけしか知ることを許されないその盟約を果たす為、政府直轄であるソング・バード隊は組織されたのだ。艦長を任された自分も、詳しい情報は知り得ていない。
「アーキタイプはドールズ兵器の基礎となった機体だと理解していますが、いったいなんなのです? 英雄グレッサ・イニゲスが遺したドールズ。それ以上の価値があるのですか」
「……詳しくは、マラザ導師に直接聞いた方が良いでしょう。私が知っていることは、アレはグレッサ博士らによって基礎設計され建造されたものではなく、発掘された骨格状の胴体パーツから復元されたものだということです。復元作業の指揮も、テストパイロットとしても、グレッサ博士が自ら買って出た。あとは、艦長も知っての通りです」
クルセイダはその後、ビーストへの対抗兵器として期待されず送り出されたが、既存兵器を凌駕する運動性と汎用性を見せつけ、ドールズ兵器の発展を支える礎となった。
そうしておよそ八か月前、新型動力炉の実証試験任務中に正体不明機とビーストの襲撃を受け消息を絶ち、息子のもとへと流れ着いた。偶然だけとは言えない、もはや運命めいた大きな力が働いた、その結果にさえ思える。
(そういえば、アーキタイプは二機と聞いたことがあったが……)
「……分かりました。では我々はキサラギ研に向かい、その導師と今後について話し合えば良いというのですね?」
「概ね、そうなります。補給はキサラギ研で受けれるように手配しておきましょう。その間に、帝国に対する方針も定められるとよいのですが……」
「お言葉ですが大統領。我らにとって非常に大事となったクルセイダを帝国に預けておくこともないでしょう。返還を求める交渉は、行わないお考えか? もちろんパイロットとセットですが」
大統領は少し背を前屈みにして机に肘を置き、なにかを考えるようにして目を伏せた。数秒の無言の間が続いた後、パネルを操作して何枚かの画像をモニターに表示させる。
「これはまだ非公開の画像ですが、諜報員が入手したものです」
それは、帝国軍機の隊列に加わっているクルセイダと、帝国軍人と思われる人物とクルセイダのコクピット近くで会話するスレイを捉えた写真データ。
その他に、ビーストと戦闘を行う姿もある。どれも遠方から撮影されたものではあったが、特徴的な機体色とシルエットは間違うはずはない。
「拘束された状態、ではないでしょう。機体と彼は、いまや帝国の指揮下にある。真偽はどうあれ、本人の意思で協力していると言われてしまえば、それまでのこと。皇帝陛下がクルセイダについてどのように考えているかは分かりませんが、返還の可能性は低いと判断するのが妥当です」
「……では、もしも共和国が帝国に対して強硬姿勢を貫き、連邦と共に徹底抗戦の構えを取ってクルセイダとスレイが敵対した場合、我々にどのような命令を下すおつもりか?」
「……艦長、そうなった方が好都合ではないですか? 機体の回収が可能となる、絶好の機会になるのですから。あくまでも、中核を成す胴体部分さえ残っていればいいのです。それに、パイロットが帝国側に心を奪われている可能性も大きい」
「優先されるのは、あくまでも機体の確保であると。……それで間違いないのですね?」
「レイルズ艦長、勿論私とてそんなことは望みません。ですがどうか、貴方がたの使命をお忘れなく。いいですか? 事は、人の存続にかかわるのですよ」
「……了解しました。では、これよりマザーパーチ号はキサラギ研へと進路を取ります。しかし、ひとこと言わせてもらえれば、大統領の下すその決断が、若者たちを照らす誇り高きものでありますよう」
「無論です。では」
ブツ、とモニターが消える。目を閉じて鼻から空気を目いっぱい吸い込み、そして膨れた胸から吐き出していく。背もたれに寄りかかってそっと目を開け、少し暗い壁を見つめる。
そこには、もう随分と昔の、戦友たちとの写真や勲章が飾られている。
「……そんな目で見るな」
呟いてから、執務机に備えられた受話器を取った。
「艦長より達する。本艦はこれより、共和国政府の命を受けキサラギ研へ向かう。ダリル少佐、キサラギ少尉の両名は艦長室に出頭。以上」
いつもより乱暴に音を立て、受話器を置いた。




