3話 ボーイ・ゴー・アヘッド
「ポーン13。おい、スレイ。まさか死んじゃいないだろ。聞こえてんなら返事しな」
インカムを通して聞こえてくる、レンファの声。
「聞こえてますよ……! ポーン13、ラインDまで全速後退中!」
草木一本見当たらない、土と岩ばかりの荒野を、地表すれすれの高度で飛びぬけていく。HUDの右下に表示されているカウントは残り八。この数字がゼロになった途端、上空から帝国軍の砲撃が降りそそいでくる。
後方には、陸上型の中型種ビーストの群れ。鰐のような巨大な口を開き、六つ脚をばたばたと騒がしく動かして迫っている。
囮役を任されたのはいい。機体運用としては合っていると思う。問題は、敵の量に対して前線で囮をする機体が圧倒的に少ないことだ。
「その機体、アーキタイプの速度なら安全圏まで離脱できる。ルルの計算だ、安心しな。それに万が一巻き込まれちまっても、直撃しなきゃなんとでもなる。ほら、なにも心配ないだろ」
(……無茶苦茶だ。なんだってんだこの人)
「ビショップ1、こちら2。私の計算は間違いないけど、それじゃポーン13も安心できないでしょ。励ますにも、もうちょっと言い方があるでしょうに」
「はん。うっさいね。アンタみたいな女男の中途半端な物言いが、アタシにはできないだけさ」
前方、空の高いところに無数の光が見えた。次の瞬間には、頭上をもの凄いスピードで過ぎ去った。後方で管制をするビショップ2が「……着弾、いま」と告げる。
これまで聞いこともない轟音に耳が壊れて音が消え、真っ黒な土煙と砕かれた岩が轟々と吹きあがった。
襲いくる衝撃波に機体と意識をもみくちゃにされ、視界が黒く塗りつぶされていく……。
———半ば引きずられるようにしてヴァーンに連れていかれたのは、豪奢な装飾と調度品が飾られた部屋。三人掛けだろう、柔らかなソファに座らせられると、果物や料理で埋め尽くされた卓を挟んだ反対側に、ヴァーンはどっかりと腰を降ろす。
「いや、危なかったな。あの女の使う術は心を見透かす。気をつけておかないと、すぐに魂を縛られるぞ」
「……あの、ありがとう、ございました」眩暈はだいぶ治まったが、まだ腹のなかを弄られてるような嫌な感じが口の動きの邪魔をする。
「なに、気にするな」
そう言って横になり、熟れた葡萄を口に放り込むヴァーンは、自己紹介もそこそこに帝国に連れて来られた経緯について尋ねてきた。
故郷に流れ着いたクルセイダというドールズと、故郷との別れ。自分から戦うことを決心したことを、かいつまんで話す。
「ふぅん」と、どこか上の空のようにも感じる素振りをみせながらも、皇帝の話をどう思うかと問われる。
「わかりません……。戦争を仕掛けるのは間違っていると、そう思います。でも……」
続く言葉が、適当な言葉が見つからず、飲み込んだ空気だけが喉を過ぎ去っていく。
「どこか理解できてしまう部分もあっただろう。それはそうだ。あやつはあやつなりの、信念と正義に沿って道を往っているからな。実際、皇帝の話にも一理あるのは間違いない。力を以って捻じ伏せる覇道ではあるが、それほどまでの劇薬が生まれるほど、この星は病んでしまっているんだな……」
(俺は、知らないことが多すぎる……。こんなんじゃ、ダメなんだ)
「ふ、そんな顔をするんじゃあない。世界規模の視野を持ち、大国の為政者と対等に話そうなど、齢を重ねたって簡単にできるわけないだろ。大事なのは、知ること。そして選びつづけることだ。何度間違ってもな。
スレイ。お前さんは共和国を戦争から守る為に帝国まで来たと言ったな。それまでは、恩人の悪評を否定する為に戦ったと。その前は? 何を願い、考えてアーキタイプに乗った?」
「それは……ビーストのせいで、姉さんが死んで。一匹でも多く駆逐してやろうと」「違う。それよりも前だ。戦いを知る前のお前さんを突き動かしたもの、それはなんだった」
細い糸を手繰り寄せるようにして、記憶を遡っていく。クルセイダのコクピット。おやっさんとの会話。胸の内で逸る鼓動に、俺はなんと言ったのか……。
「……誰かを護るために強くなった。そんな、親父に憧れて。親父のようになりたかったんです」絞り出した掠れ声。声に出した途端、自分自身の情けなさを突きつけられた気がした。
「でも、結局ダメだったんです。ロック兄さんは恨みで戦うのも分かるって。でもそれだけに縋るなって言ってくれてた。クーナさんだって、俺が死なないように、あんなに親切にしてくれて。自分だって必死に戦って、あんな言われ方をして傷ついてるはずなのに。
それでも恨みで戦って、飲み込めない現実に抗って、それで皆に迷惑をかけてしまってる。俺は、生きて待ってるって約束したのに、どうしたらいいのか分からないんです」
悲しいのか、怒っているのか。自分でもはっきりとしないまま、堰を切って溢れだした感情に任せ、震えた声で溜まっていた言葉を吐き出す。
ヴァーンは座り直して膝を組むと、右の手のひらを天井に向け、人差し指だけをこちらに向ける。口元は微かに緩み、穏やかな表情をしていた。
「恨みというのも、人が当然に持つ心の機微。それを否定することは、誰にもできやしない。大事なのは、迷い間違っても、選び続けること。力を向ける先を見据えることだ。お前さんは何のために戦うのか。選んだその答えを忘れなけりゃいい。そうすれば、自ずと求めた結果がついてくるもんさ」
ぼうっと、胸に明かりが灯る。そんな小さなぬくもりが、暗い靄を照らし散らす。
「俺は……あの人の為に戦いたい。誰よりも優しいくせに、自分に厳しすぎるあの人が、泣いて謝って、自分を責めなくてもいいように。その為に俺ができることなんて、多くはないけれど、まずはこの世界を知ろうと思います。俺たちが住んでいる世界が、どんなところなのか……」
———ザザ、という耳障りなノイズが、辛うじて手放さずに堪えた意識を震わせる。
「おい、ポーン13。……ほんとに死んじまったか?」
膝をつく姿勢になった機体の左上空から、赤紫色をした機体が近づいた。レンファの操る第四世代型ドールズ、ベオファーンだ。
「……ビショップ1、生きてます。少し、衝撃波に機体が揺さぶられただけです。作戦行動に支障なし」
「お。なんだ、やっぱり大丈夫じゃないか。ならさっさと応答しな。まだまだ仕事は多く残ってんだからね。そら、第四波のお出ましさ」
レーダー上では、作戦領域の北部Bラインに新たな敵反応がいくつも捉えている。同じく前衛の役割を担う帝国軍ドールズが、まだ黒煙が残る空に緑色のラインを残して駆けていく。
「皇帝陛下に気に入られたといっても、帝国に降った以上は身を粉にして貢献してもらうよ。陛下からも、存分に可愛がっていいと言われてるからね。そら、さっさと帝国に巣くうクソったれな害獣どもの駆除にいくよ。連邦攻略戦から戻されて、こちとら欲求不満なんだ」
レンファは、機体のメインブースターをめいっぱい吹かして飛び去っていく。「もう、下品だな」とルルの小言が聞こえてきた。
「ポーン13、ビショップ1に続き敵集団と交戦してください。後方の砲撃部隊の準備ができ次第、先ほどと同様に後退を指示します。それまで、前線の維持に努めてください」
「了解。ポーン13、ラインBに向かいます」
ヴァーンの言葉を思い出す。大気に流れるエーテルを掴めと。程度の差はあっても強者の多くはそれを感じ取っている。世界の流れを、俯瞰するのだと。その為の、呪いもかけてもらっている。
戦争には加担しない。だが、ビーストの掃討には協力する。それが、皇帝への返答だった。今は自分にできることをする。それが、自分にとって一番必要なことだと思ったのだ。
(クーナさん。俺、自分にできることを一生懸命やってみます。教えられたことは無駄にしません。だから、また生きて会えますよね)
共和国のある南東の方角。黒霧の影もない薄く青い空へと視線をやってから、操縦桿を押し込んだ。




