2話 ソード・オブ・グレイトブラッド(2)
「———だから進み続けろ。振り返らなくて、いい。喜びも苦しみも、きっとお前を導いて、背中を押すだろう。道の先は、きっと繋がっている……」
格納庫の一角。シートのかかった資材の上で、よく歌ってたっけ……。
陽気な雰囲気を醸し出しながらも、ギターを静かに弾くロックロックの姿が浮かぶ。アーティストのような洗練されたものではないけれど、力強く、自然と耳を引っ張ていくあの声。
(ロック兄さん……)
帝国軍の飛行戦艦の一室。冷たい感触を伝える手錠に力なく腕を放り、固い背もたれに身体を預ける。小さな窓の向こうは、真っ白な雲海が広がっている。
ふいに、鼻の奥がツンとした。
決して長くない、むしろ激動とも呼べる日々だったが、仲間たちと共にマザーパーチ号で過ごした時間は、いつのまにかこんなにも深く根付いていたと気付く。
ごめんなさいと呟く、いまにも泣き崩れてしまいそうだった、クーナの声。
(謝ってもらいたいわけじゃないんだ。そんなこと、言わなくたっていいのに)
自分で蒔いた種だ。自分の不始末は、自分の手で片づける。他の誰かに背負わせる、責任なんかじゃない。
肚を据えてそう決意した。だというのに「迎えにいく」といった彼女の一言に、こんなにも勇気をもらっている自分が情けなく思えた。あの言葉がなかったら、こんなふうに皆のことを思い出す余裕もなかったに違いない。
ソング・バード隊のワッペンを貼りつけたパイロットジャケット。縁を探るようにして首を傾け、瞼を閉じた。
戦艦は高度を下げていき、やがて微かな振動が艦全体を揺らした。電子ロックされていた扉がスライドして開き、黒い軍服を纏う二人の帝国兵に連れ出される。
もっと乱暴に扱われるかと思ったが、意外にも彼らの対応は真摯なもので、軍人としての誇りというようなものを垣間見ることができた。
艦を降りると軍用車輛の後部座席に乗せられる。手錠はそのままだったが、そこまで不便はない。固い座席に腰かけると、隣に兵士が乗りこみ、車は発進した。振り返ると、戦艦の後部ハッチが開き、クルセイダの積み下ろし作業が始められていた。
軍港を出て、しばらく走っていると、前方に巨大な城壁が現れる。その向こう側には、山のような斜面に生える建造物群が見えた。
こんなに大きな街があるのか。故郷以外の街並みを知らないから、随分と面食らった。なんという街なのか、帝都なのか気になったが、尋ねても教えてもらえないだろうと思い、口を噤んだ。
城壁に沿って外苑を行く。突然目隠しをされた。「ここから先、貴官は知ることを許されていない。指示があるまで、勝手な行動をしないように」
目を開けていても視界は真っ暗なのだから、大人しく目を閉じる。四人を乗せた車は停車すると、巨大な昇降機かなにかで下りていく。車から降ろされ指示されたままに歩き、またエレベーターで昇っていく。
そうして辿り着いた先で目隠しを外され、突然の光に顔を顰める。
どうやら広い建物のなからしい。天井は高く、光を反射するほど研磨された石造りの壁には、豪華な彫刻が掘られていた。
「ほう、随分と若いのだな」
低いが活力に満ち、また聞く者を圧倒させる力を秘めた声。深紅の絨毯が続く先、数段高いところにある豪勢な座から、初老の男性が見下ろしていた。濃い赤毛の長髪を、後方に撫でつけている。
「大導師のいう、調和の器が選んだ乗り手が、まさかこのような者とは。所詮、伝承など語り話にしかすぎんという証左よな。……しかし、良い眼はしているようだ」
何の話をしているのか。一向についくことができず佇んでいると、隣の兵士に肩を抑え込まれる。「無礼な。皇帝陛下の御前であるぞ」ものすごい力で膝をつかされ、声が漏れた。
「良い。許してやれ」圧力が緩み、苦しかった胸に空気が入り込む。自然と、顔を上げる形になった。
「して、名を何という?」一言一句が高い天井に響き、圧し掛かる。
「……スレイ・イニゲスです」皇帝という肩書を持つ相手に、どのような態度で臨めばいいか全くわからず、思ったまま正直に口を動かす。隣の兵士が鋭く睨んだ。
「イニゲス……。なるほど。ドールズ開発の父とも呼ばれた、グレッサ・イニゲス博士の息子か。白き騎士を駆る共和国の英雄……。くく、これこそ因果と呼ばずなんとしようか。エレオラが欲するのも、得心がいく」
玉座でひとり肩を揺らすと、皇帝は少し姿勢を前に倒し、手を組んだ。
「どうだ、スレイとやら。余のもとで力を尽くさぬか。貴様の瞳は余を目の当たりにしてなお死んでおらぬ。なかなかの輝きを放つ魂を持ったものよ。余は星を導く偉業を成す為、力ある者を欲しておる。人類を脅かす害獣どもを一掃し、人の為の星を取り戻す。我が覇道の一翼を担うと誓うのであれば、それなりの地位は保障しよう」
口角の上がった表情。どこまで本気なのか、その真意を掴むことは、とてもできやしない。この人が成そうとしている道が、正しくさえ聞こえてくる。
だけど。それでも頷くことができないのは、どこか視ているものが違っていると、そう感じるからなのだろう。
「……お断りします。俺は、共和国の国際救助機甲隊に所属している身です。それに、だからといって戦争を仕掛ける貴方に従うことはできない」
「貴様っ!」兵士が怒鳴り、床に頬が擦れるほど抑え込まれる。
「皇帝陛下の御心に背くとはなんたる無礼。我らが徒に争いを仕掛けているというのかっ!」
「止せ。……余は、許すといっただろう」それでも納得がいかないのか、一呼吸を置いてから力が弱まる。
上体を起こしたが、跪くような格好となった。
「スレイよ。お主はまだ世界を知らぬ。しがらみも、愚かさも、まだ何もな。故にしばし考えるが良い。お前自身が望む世界を勝ち取るために、己が成すべきことをな」
それだけ言うと、再び玉座に背を戻す。「エレオラ、待たせたな。あまり手荒な真似はするなよ」
玉座の裏に架かる天幕から、すらりとした人影が現れた。細く長い手足に深紅の軍服を纏い、鉄仮面を被る女性の帝国軍人。カツ、カツと軍靴の音を響かせ、眼前まで歩み寄ってくる。
エレオラと呼ばれたその人物は、最後の一足をカツンと一際高く鳴らす。傍らにいた兵士たちが、すっと壁際に退いていった。
ぐい、と腰から上を曲げて顔が近づく。
「ふぅん。君、そうなのね。あの時の男の息子なの」
「……どういうことです。親父を知ってるとでも言うんですか」
「ええ、知っているわ。あの時ほど満たされた一時はなかった。息をそろえて昂りあい、互いに貪り合った間柄ですもの。事切れる直前の叫び、溢れ出る血潮……すべて私に刻み込まれていますとも」
クーナの話では、父は最期に正体不明のドールズと戦ったと聞いた。だとすれば、この人物が……。
「そう、私が殺めました」
白熱しそうになる思考と、震える喉を必死に堪える。鉄仮面の下、嗤い見下す貌を睨み返す。「ふふ。いいわね、貴方。陛下が気になさるのも、頷けるわ」
漆黒の革手袋が、鉄仮面に添えられる。
「貴方には、どのように見えるのかしら」
そっと、仮面が左へとズレていく。その顔には、見覚えがあった。
(クーナさん……! いや、そんなはずはない。あの人なんかじゃない)
「……そう。この娘ね、貴方を支えているのは」クーナの青い瞳ではない、妖しく光る金色の輝きは、無遠慮に胸のなかを弄り侵す。
「さぁ、もっとみせてちょうだい」
視界がぐにゃりと歪み、腹のなかがうねるような感覚に強烈な吐き気が湧く。「う、あ」と訳の分からない声が出て、だらしなく空いた口の端から、涎が流れ落ちる。
パンッ、とすぐ真横で乾いた音がした。呪縛から解放されたように、身体が跳ねて後ろに仰け反る。右横に、赤茶色の衣装をまとう、僧侶のような男が立っていた。鉄仮面は既に戻されている。
「そこまでにしてもらおうか。幼気な少年をかどわかすなぞ、淑女のすることとは思えませんな」
「あら。邪魔をなさるなんて、マナーがなっていませんよ」
「ふん、なにを上品振りおって。貴様の本質はもっとおどろおどろしかろう。卵を丸のみにする、大蛇そのものだ」
「これはまた、手厳しいですわね」
僧侶の男は鼻を鳴らすと、玉座で肩肘をついて成り行きを眺める皇帝と向かい合った。
「大導師ヴァーンの名のもとに、この少年は一時、私が預かろう。皇帝陛下も、異論はあるまい?」
「良かろう。好きにするが良い。エレオラも、ここまでにしておけ」
大導師と名乗った男に、脱力した腕を引き上げられる。
「ほれ、しっかりしろ。こんなことで腰を抜かしていたら、立派な男になれんぞ」
まるで勝手知ったる己の城かのように、ヴァーンは歩き出した。




