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もう一人と言うか一匹は緑色の軍服を着たベルンの肩にぐてっと乗っかっている。青みがかった灰色の体毛に覆われた猫はロシアンブルーを彷彿とさせた。瞳は一見黒く見えるが、瞳孔は金色の不思議な瞳をしていた。
「この子はミカっス」
「にゃ~ん」
「猫ね」
「猫だな」
自分の名前を呼ばれたのが分かったのか嬉しそうに尻尾を揺らしながら鳴くミカ。ナンシーとガンツは遠巻きにそんなミカを見ている。
「喋れるっス」
「何故、バラしたし!?」
「喋ったぞ!」
「喋ったわね!」
猫なのにぎょっとした表情でベルンを振り返るミカ。微かに毛が逆立っている。そして、ユーリはベルンとミカのやり取りに驚いている。普通の猫だと思っていたら普通ではなかったからだ。ガンツとナンシーも驚いている。
「ミカは精霊ですよ。人の姿にもなれますが猫の姿でいる事の方が多いですね」
「我が君、儂が自分で言いたかったのじゃがのぅ」
目を眇てアンリを恨めしそうにミカが見ている。ミカの言葉遣いに年配の人なのかな?と心の中で思い、首を捻っている。それを敏感に察知したミカがユーリの方へと顔を向ける。
「儂はそんなに年は取っておらんぞ。この話し方は癖じゃ。気になされるな、ユーリ様」
「はい。ごめんなさい」
思っていた事を言い当てられて焦るユーリだったが、ミカは特に気にする事もなくニコニコと笑い、尻尾がゆらゆらと揺れる。
「一応、雄ですから気を許さないで下さい。人間で言えば、年の頃は十代半ば頃ですからユーリや私と同じ位ですね」
「嫉妬かしら?」
「独占欲だな」
微笑ましそうに彼等のやり取りを見守っているガンツとナンシー。
「我が君…」
「全部言っちゃってるっス」
また恨めしそうにアンリを見詰めるミカと何故か楽しそうなベルン。
「で?この…二人?が紹介したい人なの?」
「はい。彼等二人はユーリの護衛です。精霊の伴侶に手を出す浅慮な人間などいないと思いますが、馬鹿は何処にでもいるものです」
いつになく口の悪いアンリ。ユーリの近辺を警戒してもしたりなかった彼は結局護衛として精霊を呼び寄せた。ユーリの事を精霊の伴侶だと公言したもののユーリの存在を利用しよとする者は後を絶たないだろう。
例えば、彼女の容姿は平均よりも美人の部類に入るだろう。そして、魅力的なのが異世界の人間だと言うことだ。ティエラの世界にはない技術を知る彼女を商人達や事業を広げたい貴族が放っておかない。事実、ユーリのパンや味噌などは飛ぶように売れている。実は一財産築いている彼女に擦り寄る事を目的に擦り寄る輩もいるだろう。
それから存在するだけで精霊が集まるという事実、ユーリの心地好い魔力にたくさんの精霊が寄ってくる。それだけ精霊が集まるとその場所は繁栄し、土地が潤い、豊かになるのだが、これは人間達が精霊の寵児だと勘違いする原因になった事だ。厳密には精霊の寵児とユーリの存在は違う。精霊の寵児は精霊達に愛された存在で基本的に見守り、請われれば、それに応じる。対してユーリは精霊の伴侶である事で全てにおいて優先される。自分達で考え、ユーリの危険が迫れば各々の判断で危険を排除する。それだけユーリの存在が稀有で彼女の存在は人間ではなく精霊に近い。
これだけ恵まれたユーリの存在は女性にとってあまり価値がないように思えるが、絶世の美貌を持つ精霊の王子を伴侶に持つ。それはつまり、ユーリと繋がりを持てばアンリと知り合う事ができる。ユーリと知り合えば、アンリの美貌を鑑賞する間近で見る事ができる。それだけでユーリとの繋がりを是が非でも持とうとする令嬢もいるだろう。
結論として男性からも女性からもユーリは大変魅力的な存在だということになる。それに巻き込まれるユーリやアンリはとても傍迷惑な話だ。
それらを引っ括めての護衛だ。男性が苦手なユーリだが、なかなか脇が甘い。警戒心が薄いとも言うが、そんなユーリのアンバランスさがアンリにはたまらなく心配な面だった。騙されないかといつも冷や冷やしている。護衛がいれば、多少の荒事は解決できるだろうと考えたわけだ。
「えっとユーリです。これからよろしくお願いします」
「ガンツだ。ユーリの父だ」
「ナンシーよ。ユーリの母です」
根っからの日本人気質のユーリは挨拶する時や頼みたい時などは頭を下げるのが自然に出てしまう。それをアンリやベルンやミカは謹み深く、礼儀正しいと受け取り心がほっこりと暖かくなり、小動物っぽいと癒される。
「こちらこそよろしくっス」
アンリに頼まれてユーリの護衛を言い渡されたベルンは、ユーリがどんな人物か少し怖かった。勿論、精霊である彼女に対処できないことはなかったが、精霊の王子であるアンリの伴侶が傲慢であった場合、耐えねばならない。それは嫌だなと考えていたが、会ってみれば何処にでもいる普通の女性だった。
精霊界にいた頃のアンリは無表情で何にも興味が薄く、行動は冷徹だった。それが一転穏やかな顔と態度にユーリにベタ惚れなのだと直ぐに分かった。今までの反動で激甘な雰囲気を隠そうとしないアンリに相当甘やかされているだろうと判断した。だから、ユーリの普通の反応に虚をつかれた。もっと我が儘になっても良いはずなのにそれがない。その事に内心、良い伴侶に出会ったものだと思いベルンはアンリに親指を立てた握り拳を突き出した。
「儂もよろしく頼む」
ニコニコと笑うミカ。当初、護衛は同じ同性だからと考えていたのはベルンだけだった。だが、ベルンがミカが一緒が良いと言った為に巻き添えを食う羽目になった。
さほど人間に興味のないミカだったが、ユーリに会ってみると心地好い魔力にすっかりと絆され、リラックスしていた。
「遅くなりましたが、営業開始ですね」
そう言って、花茶を楽しんでいたガンツとナンシーへと向き直るアンリ。
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