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謁見の間の跪いた王侯貴族を一瞥するとアンリはひょいっとユーリを片腕で抱き上げるとガンツとナンシーへと向き直った。抱き上げられたユーリは不安定な格好をどうにかしようとアンリの首にしがみつく。
「ガンツ、ナンシー、白鹿亭へ帰りましょう」
そう声を掛けると次の瞬間には白鹿亭のいつもの居住スペースのリビングへと帰って来ていた。腕に抱いていたユーリを下ろすアンリの背後にはグラナトとティアンが着いて来ていた。
呆然とするガンツだったが、ナンシーはニコニコと笑うと一つ手を叩いた。
「お茶を淹れるわね」
真っ暗だったリビングに明かりをつけるとお茶を淹れようもキッチンへと行ってしまった。
気不味そうにガンツがソファに座ったので、その対面にアンリが座り、その膝の上にユーリを乗せる。逃げようともがくユーリだったが、がっちりと腰に回された腕はユーリの力でも外れなかった。脱出を諦めたユーリは脱力すると隣に座ったティアンと視線が合った。
「ユーリ様は愛されていますわね」
ほんわりと笑うティアン。更に脱力したユーリはバランスを崩し、アンリの体に奇しくも体を預けるような形になった。
アンリはビクッと体を揺すり、目を見開いて驚き、突然背中にアンリの体温と匂いを感じたユーリは元の姿勢に戻ろうとするが、素早くアンリは固定し動けなくさせた。
恥ずかしさのあまり半泣きになったユーリは対面のガンツに助けを求めるが、ガンツは、ちらりとアンリの様子を窺うと頬を染めて愛しくてたまらないと顔に書いているのを読み取り、ユーリへと視線を戻すと苦笑するだけで助けてはくれなかった。
「はいはい、どうぞ」
暖かな湯気を纏ったお茶をトレーに乗せてやって来たナンシーは座る彼等にお茶を渡して行く。
ガンツ、ガンツの対面のユーリとアンリ、その隣の一人がけソファのティアン、反対側に配置された一人がけソファに座るグラナト、最後に自分の分はガンツの横と渡し終え、ソファに座る。
「では最初に私は精霊です。長い間言えずすみませんでした」
「不思議な子だと思っていたが、精霊だったんだな」
「まあ、精霊は本当に綺麗な人ばかりね」
騙されていたのだとか黙っていた事について罵られたり、問い詰められたりするものだと思っていたが、好意的な意見しか出ない事に首を傾げると長い銀の髪がさらさらと流れる。
「怒ってないんですか?」
「え?なんで怒るんだ?」
「え?なんで怒るの?」
両者、心底不思議そうにしている。ティアンとグラナトはアンリが話すからとお茶を飲み、ユーリも違う事で首を捻っていた。
男性が苦手であるのにアンリにこうして触れられいるのに全く拒否する様子のない気持ちもそうだが、体に不思議に思った。
アンリが少年だった時は幼い彼だったからだと思っていたが、青年になったアンリにも不思議と拒否反応は出ない。拒否反応は出ないが恥ずかしいと言う羞恥心しか感じない自分にも驚いている。
もしかして治ったのか?とも思うが、アンリに触れられただけでは、なんとも判断できない。今度、誰か近付いてみようかと考えているとその考えを読み取ったのかアンリが顔を寄せて来た。
「惚けているとキスしますよ」
ボンッと音がしそうな勢いで顔を赤らめて、アンリの腕から逃げようと暴れだしたユーリに優しくアンリは声を掛ける。
「嘘ですよ。だから暴れないでください」
外れない腕に飽きらめたユーリはお茶へと手を伸ばした。
「で?なんでこんな事態になってるの?」
「ガンツとナンシーが許可したから婚約しました」
「さっき聞いたよ」
「んん、何処から話せば良いんでしょう?」
「長いの?」
「長いですね」
アンリもお茶へと手を伸ばすが、片手はユーリの腰に巻き付いている。アンリが動く度に香る花の匂いに彼が精霊だったからだとこの時やっと気付いた。
「では最初からユーリと私の結婚は予め決まっていた事でした」
「なんで?」
「ユーリ、最後まで聞いてからにしようか」
アンリの言葉に直ぐ様反応したユーリにガンツが嗜める。話が進まないからだと気付き、素直を頷くと静かにアンリの話の続きを促した。
「もともとユーリは精霊として生まれる筈でした。ただ、ユーリが生まれるその時に魔力嵐が起こり、ユーリの魂は此処とは違う次元
、異世界ですね。異世界へと飛んでいってしまいました。異世界に流れ着いたユーリの魂は死んで生まれる筈だった体へと流れ着き、その体へと取り込まれました」
自分が精霊として生まれる筈だったと言われ驚き、更に死産する筈だった胎児に魂が宿ったと言うのもショックだった。
「健やかに育ってくれれば良かったのですが、あの家族は聡かった。どこか自分達と違う存在にユーリの事を恐れていた」
人間は自分とは違う存在に本能的に忌避する傾向がある。それをあの家族は無意識ながら感じとり、ユーリの事を虐げたのだと言う。
ユーリ自身もあちらでは生きにくかった。もともと此方に生まれる筈だった存在なのだから当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。
「そんなユーリを私は呼び寄せました。最初は此方に馴染んでもらう為に見守るだけにしていましたが、白鹿亭にくる男達がユーリを口説き始めるまでは…このままではユーリな誰かに取られてしまうのではないかと思い、男が苦手だと知っていたので、なるべく警戒心を持って欲しくなくて子供の姿で会いに来たんです」
ユーリはポカンとしてアンリを振り返って見詰めた。
「えっと…取られる?誰に?」
「アーサーとかフィーとかウィルとかです。私は最初からずっとユーリが恋しかった。なのに横から私ではない男に拐われていくなんて許せなかったんです」
アンリはユーリの指に自分の指を絡めると親指で手の甲を擽る。その仕草がこそばゆくてユーリの頬が色付く。
「私も黙っていた事があるの」
その発言に面食らったのはその場の全員だ。緊張した様子でユーリがガンツとナンシーを見詰める。
「私はユーリじゃない。私の本当の名前は式部紫」
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