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シャランラ♪
「アンリ、大人になりたいって言ったって直ぐになれるものじゃないんだよ?」
腕の中のアンリに言い聞かせるように言葉を落とすユーリにアンリはそれでもニコニコしている。
「なれますよ」
アンリの言葉に困惑するユーリ。今まではこんな事は無かった。一度注意したり、助言をすると素直を頷き、次からは絶対に失敗し、注意された事は二度としなかった。だが、今回ユーリがなれないと言ってもアンリは自分の主張を曲げず、頷かない。
「どうして…」
いつもと違うアンリの雰囲気にアンリを抱き締めていた腕の力が抜けていく。それとは反対にアンリはユーリた抱き付いている腕の力が増す。離れていかないで、と言わんばかりに。
「ユーリ、ユーリには黙っていましたが、僕は大人ですよ」
どうみても親の庇護が必要な年齢にしか見えない。だが、言葉の端々やたまに垣間見せる物憂げな表情は確かに子供とは思えない。思ったが、気のせいだといつも自分に言い聞かせる事でユーリは自分の中での違和感を無理矢理見ないようにしていた。
アンリがユーリに抱き付いたまま、全身をから光の粒子を飛ばし始めた。光の粒子は徐々に数を増し、遂にはアンリの全身が輝き出した。
謁見の間にいた人々はあまりの輝きに目を開けている事が出来ず、目を閉じざるを得なかった。ただ目蓋を閉じても強烈な光は目蓋を物ともせずにその奥に隠れる目を容赦なく焼いた。
その出来事は刹那であったのか、それとも長い間だったのか、いつの間にか光はおさまり、目を何度も瞬いてようやく焦点の合うようになった人々は目を閉じる前には無かった光景に瞠目し、顎が外れるのではないかと言う程に口を大きく開ける羽目になった。
先程までユーリに抱き付かれていた銀色の髪の少年は居なくなり、ユーリを自身の腕の中に納めた見慣れぬ青年がいた。
銀色の髪は長く腰まであり、長目の前髪から覗く瞳は嬉しそうに細められ青色に煌めいている。鼻筋はすっと伸び、形の良い薄く色づいた唇も絶えず微笑んでユーリを優しげに見詰めている。
「な、な、なん…」
「僕は大人だと言いましたよ」
甘く囁く落ち着いたテノールをうっかり聞いてしまった貴族は真っ赤な顔で腰砕けになり、へたり込んだ。
そんな様子も目に入らない青年アンリは両手を持ち上げるとユーリの頬を包んだ。うっそりと微笑むアンリの様子に真っ赤になるユーリ。
「これで結婚してくれますよね?」
形の良い唇から紡がれた言葉は有無を言わせぬ響きを持っていた。逃げようにも頬を捕まれているので逃げられないと悟ったユーリは早く手を離して欲しくて頷くざるを得なかった。
「うん。だから…」
早く離して、と言う前に花が綻ぶような満面の笑みでユーリを抱き締めた。
「嬉しいです!」
抱き締められているのか、拘束されているのか、と混乱した頭で考えるが、身動ぎした瞬間にアンリの花のような匂いが鼻孔を擽り、その瞬間「ああ、この人はアンリなんだ」と何故かストンと落ちてきた。
アンリは少し体を離し、ユーリの頭に手を翳すと下へと何処からか飛んできた花弁が舞い、アンリの手の動きに合わせて花弁がたおやかに舞う。ユーリを包んでいた花弁が一斉に天高く舞ったかと思うとそのままヒラヒラと落ちてきた。花弁がいなくなった事で現れたユーリの全身は見事に飾られていた。頭には花冠が乗り、黒髪は複雑に編まれ、一緒に小花が編み込まれている。
白黒だった服装も何処かに行ってしまい、薄い桃色の胸の下で切り返しのついたドレスを見に纏っている。胸の下切り返しは小花と蔓が巻き付き、ふんわりしたスカート部分は裾に行くに従って濃い桃色へと色が変わっている。普段、白黒の服しか身に着けないユーリは自分の姿に真っ赤になり、隠すようにアンリに抱き付く。それをアンリは嬉しそうに抱き止めている。
いつもの服装を知らない貴族達だったが、可愛らしい色合いのドレスを身に纏い、恥ずかしそうにしているユーリにほんのりと頬染めて、伴侶のいない貴族が食い入るように見詰める。
「そろそろ、良いかしら?」
扇を広げ口許を隠したティアンがイチャつく二人に尋ねる。自分達の世界に浸ってしまっていたと自覚したユーリは顔を真っ赤にしてティアンに頷き、ユーリとの時間を邪魔されたアンリは不服そうだ。
ティアンはそんなアンリの様子を無視するように優雅に微笑み、ドレスを持ち上げ、その場に膝を折ると
「我が君にお慶びを申し上げます」
続くようにグラナトも片手を胸に当て、膝を折る。
「我が君にお慶びを申し上げます」
ティアンと同じ言葉を繰り返し、頭を垂れる。それを鷹揚に頷いて受け入れたアンリは、ユーリの左手を持ち上げると自分の唇へと持って行き、薬指の根本にキスをした。驚いたユーリだったが、不意にちくりとした軽い痛みが走る。思わず手を引っこ抜こうとするもアンリの手から逃れる事が出来ずに焦った。するとアンリは意外に直ぐに手を離してくれ、痛みのあった部分を見てみると薬指を一周するように蔦のような紋様が浮かんでいた。
不思議に思っているとアンリは一旦ユーリから体を離した。そこでユーリは安堵の溜め息をつくとアンリは少し寂しそうにユーリの頬を撫で、注視する貴族達に最後通告を告げる。
「僕、いや私はアンリ。精霊の王の継児である。今、此の時よりユーリは我が伴侶となった。これから我が伴侶に手を出す者は死を覚悟せよ」
精霊である自分にもその伴侶であるユーリにも一切干渉するなと言う、そしてそれを無視するのであれば死をもって償う羽目になると言う脅しをかける。
突然の告白に驚いて言葉もでないユーリに貴族達に向けていた厳しい顔を引っ込め、いつもの柔らかな微笑みを浮かべて見下ろす。
「この高さから見下ろす私のユーリはとても可愛いですね」
青年アンリの胸元にユーリの頭が来る程の身長だ。自分の胸元にユーリの顔がある事がなんとも可愛らしくて嬉しそうに笑う。
「アンリは最初から?」
「そうですね…この話は白鹿亭に帰ってからでも良いですか?」
ユーリの腕を引き、自分の腕の中に納めたアンリ。いつもとは逆なのがなんともムズムズし高揚感を覚えたアンリはずっとこうしていたいと思う。
「精霊アンリ様、お慶びを申し上げます」
その場に跪く王侯貴族達を一瞥し、アーサーに目を止めると勝ち誇ったような笑みを浮かべ、ユーリの腰に手を回すアンリ。それを見たアーサーは悔しそうに下唇を噛んだ。
アンリがただの子供であったらば、ユーリをいつでも拐う事も出来た。だが、実際はアンリは精霊であった。そんなアンリはユーリを伴侶として指名し、離れない。精霊の伴侶となったからには手の出しようがなくなってしまったアーサーは諦めざるを得なくなってしまった。
もっと早くに動き、自分の物としていれば、結果は変わっていたかもしれないと自責したが、遅い。男性が苦手と知り、手を拱いている間に横から、かっ拐われてしまったのは、自分の行動の結果だ。
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