32
「!」
大人達が話し合いをする中、大人しくお茶を飲みながらクッキーを頬張っていたアンリが突然勢いよく立ち上がった。その拍子に椅子が倒れ、けたたましい音を発てたので周囲にいたガンツ達が何事かとアンリを注視した。
「どうした?」
何処か焦点の合わないアンリを心配したガンツが努めて平静な声で問う。すると虚空を見ていたアンリの視線がガンツへと移動する。アンリとガンツの視線が合うとアンリの瞳は不規則に明滅するように青、紫と色を変える。
「ユーリが帰ってきました」
「「「「「「は?」」」」」」
一同が同時に溢した言葉は重なる。言葉と同じ様に表情もポカンとした間抜けな顔になったのは仕方無い事かもしれない。それほどまでに驚くような内容だったからだ。今まさに王太子の権力を遺憾なく発揮し、強権を発動させようと話し合っていた所にユーリ帰還の報告は驚愕しか齎さなかった。
「えっと…」
「どういうことかしら?」
「精霊がユーリを保護したようですよ」
その場の全員が言葉を失った。遂に精霊がユーリが誘拐された事を知り、力を貸した。その事実は、王国に対する宣戦布告か、と警戒する面々にアンリが安心したように呟く。
「こちらに帰って来ています」
◇◇◇◇◇
アンリの言葉に半信半疑ながら宿屋前に集合し、暫く待っていると建物の影からユーリがひょっこりと現れた。その姿を見た瞬間、ガンツとナンシーは安堵の溜め息を漏らした。
「ユーリ!」
アンリがユーリの姿を視界にとらえた瞬間に走りだし、彼女の体に抱き着いた。勢いよく抱き着いた拍子にユーリはバランスを崩し、後ろに倒れる瞬間に背後にいたグラナトが支えてくれた。
アンリが走り去った背後でアーサーも走り出しそうな姿勢で固まっている。
「出遅れましたね」
ウィルが固まったままのアーサーの肩に手を置き、残念な人を見るような表情と声色で声を掛けた。ただ、ユーリがアンリを抱き締めているのを見詰めたままのアーサーは反応しなかった。
「ユーリ、良かったです」
「うんうん、アンリ心配してくれるのは有り難いんだけど、このままだと倒れちゃうよ」
チラリと支えてくれているグラナトに目を向けるユーリ。アンリはユーリの背後にいるグラナトに言葉を掛ける。
「助かったよ」
「滅相もございません」
ユーリに抱き着き頬擦りしながら満面の笑顔でグラナトに労いの言葉を掛けるアンリの姿にユーリはあれ?っと首を傾げる。
アンリから言葉を貰ったグラナトは片手を胸にあて、優雅にお辞儀をする。
「ユーリ、無事で良かった」
「心配かけて、ごめんなさい」
アンリに遅れてガンツとナンシーがユーリの元へとやって来た。未だに抱き着いて離れないアンリをそのままにしてユーリはガンツとナンシーにティアンとグラナトを紹介する。
「私を助けてくれたティアンとグラナトよ」
「我が娘ユーリを助けてくれて、ありがとう」
「いや」
ぞんざいな言葉と態度のグラナトだったが、ガンツとナンシーは気にする事なく、グラナトの両手を握り締めている。無表情でそれを見ているグラナトだったが、ほんの少し口角が上がっているのを目敏くティアンは発見した。
「二人とも精霊なのよ」
凄く綺麗な人達でしょう?というユーリの純粋な言葉だったが、その一言は衝撃を与えた。
ユーリの精霊という言葉に場の空気が張り詰めたが、本人はただただ不思議そうな顔をしている。精霊がユーリの誘拐を知らない筈は無かった。ユーリに手を出すなと警告していた彼等に自分達はどんな罰を下されるのかと気が気ではない。
「あれほどユーリに手を出してはならないと言ってあった筈なのだけれど?」
ニッコリと頬笑むティアンだが、明らかにその場の温度が下がる程の怒気を纏っている。
いつもは止めるグラナトだが、今回はティアンを止めようとはしない。それほどに今回のユーリの誘拐が腹に据えかねているのだ。
「今から王や貴族を集めてくださる?」
お伺いの体をとっているようで実際は強制しているティアンの言葉にアーサーは顔を真っ青にしながら素直に頭を上下させて頷く。ティアンの怒気にあてられながらウィルに王宮への伝言を頼んでいる。
「さて、どうしてくれよう?」
ティアンの紺の瞳に散らばる銀が獰猛な光を湛える色に一層の恐怖心を煽られ、すっかり怯えきり足が竦んでしまった一同。
唯一人、蚊帳外気味のゴンザレスは心の中だけで、独り言ちていた。
(すっかり真夜中で町の人達も寝静まったこんな時刻に国王陛下を叩き起こすとか。精霊様にとっては些事なのかしら~)
ちらっとユーリ達と一緒に現れたグラナトへと視線を向けると呆れ顔のグラナトがいた。不意に赤い瞳と視線が搗ち合い、彼も同じ様な事を考えていたようで、グラナトとゴンザレスは真面目な顔で頷き合った。どちらも苦労性の質であると感じ合い、同族だと認識したのかもしれない。
遂に合流したよ。
読んでいただきありがとうございます。




