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食堂を開ける準備が終わった頃にガンツが復活した。上の空で準備していたガンツは流石だと思いながら、ユーリも先程のやり取りを思い出して、顔を真っ赤に染める。
異世界ティエラの感覚はユーリがいた地球の海外の人達と似ている。愛情表現の苦手な日本人に対して、海外の人は愛情表現を惜しみなく相手に示す。
日本人であるユーリの感覚では、海外の人やティエラの世界の人の日常の挨拶というキスやハグは大胆で過剰だ。そして、色んな意味でおおらかだ。
精々ユーリが許容できるのは頭を撫でるといった行為までだ。それ以上になると恥ずかしくて相手の顔を見られない。
しかし、ガンツとナンシーの子供になったのだから『郷に入っては郷に従え』と言う言葉がある程なのだから自分が慣れていかなくては、と奮起する
今日も食堂は大忙しでナンシーとヴィオレットがテーブルの周りを離れられない。ユーリは隙間を見付けては、空いたテーブルを片付け、丁寧にテーブルを拭く。
「おい!そこの女!!」
ユーリの後ろの方では男の荒げた声が聞こえてきた。なんだろう?と思い振り返ると男は真っ直ぐにユーリを見ていた。
「お前だよ!!さっさと来い!!」
男は拳をテーブルに叩き付けて威嚇する。ビクッと体を揺らしたユーリだったが、男の言う通りに男が座るテーブルに近付く。
「なんでしょうか?」
「ここの食堂は髪の毛が入った料理を客に提供するのか!!」
見れば確かに男が頼んだ料理には髪の毛が入っている。ユーリは視線を男と料理とを何往復かしてから口を開いた。
「お客様の髪ですよね?」
「は?」
「料理に入っているのは短髪です。と言うことは、ナンシーさんやヴィオレットさんのものでは無いです」
ナンシーとヴィオレットは二人とも邪魔だからと結っている程長い髪だ。
「は?じゃあ、飯作ってる料理人のじゃないのか!」
「有り得ないです」
「何でだよ!?」
「厨房にいるガンツさんは茶色、ベンさんは赤髪です。お客様の料理に入っている髪の毛の色は緑色です。この食堂には緑色の髪の色の従業員はいません」
ユーリは黒髪、アンリは銀髪、ガンツは茶髪、ナンシーは金髪、ベンは赤髪、ヴィオレットは群青色の髪だ。みんなの髪の色が被っていないねと以前会話の話題で登った事がある。
「…………」
突き付けられた言葉に後が続かない男は握り締めた拳をテーブルの上でプルプルさせ、怒りの為か顔を赤くさせて俯いている。
そんな男の周りを青い蝶が小馬鹿にしたように舞っている。実際、蝶は『バーカ』と届く筈のない声で男を馬鹿にしている。
食堂のお客さんは、精霊を見て驚いているし、男を嘲笑ったりとガヤガヤと五月蝿い。
男はそんな食堂での雰囲気に堪らず、代金を乱暴にテーブルに叩き付けて出ていった。
乱暴に閉められた扉の音にお客さん達は一瞬にして黙ったが、直ぐにまたガヤガヤとした喧騒が食堂を包む。
「何だったの?」
やや呆気に取られたヴィオレットが立ち尽くすユーリへと近付く。
「さあ?」
これが始まりだった。次の日から腐った食材が白鹿亭の前にばら蒔かれたり、注文した覚えのない高級食材が届いたり、下世話な噂話が囁かれたり、宿泊の架空予約があったりと日々品を変え、手を変えと様々な嫌がらせを受けるようになった。
ガンツやナンシーは何故こんな嫌がらせを受けるのか心当たりがないので首を捻り、ユーリは皆に危害が加えられていない事を安堵し、ベンとヴィオレットは言い知れぬ不安を感じた。
◇◇◇◇◇
「すまぬが少し聞きたいのだが…」
食材を買い出ししていたユーリに金色の髪に青い瞳の整った顔に身なりのいい青年が話し掛けて来た。身なりや言葉遣いで貴族だと言うのが丸わかりだ。
「…なんでしょうか?」
流石に平民である貴族を無視するのは、不味いと感じ対応する。
平民だと思っているユーリだったが実際は、国王よりも身分は上になる。これは、精霊に愛された存在を蔑ろにすれば国、悪ければ世界が滅ぶ。そんな存在を平民と同等の扱いには出来ないと国王よりも重要人物と位置付け、世界に存在する国々が協定を結んだ。
何処に現れてもその国が保護し、大切に扱うようにと。ただ、ここ数百年精霊に愛された存在が現れなかった為、その風習も緩くなっていた。
今の世界では精霊に愛された存在はとても珍しいから王侯貴族の観賞用だという誤った認識に掏り替わっていた。
だからこそ、この貴族の青年も精霊の怒りをも恐れぬ愚行を犯そうとしていた。
青年は、珍しい黒髪に精霊の寵児という最高の珍品を手に入れようと目論んでいたからだ。
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