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ユーリは気が付くと花畑の中に立っていた。花畑は延々と続き、遠くの方には澄んだ水を湛える湖が、更にその先には頂上が雲に隠れて見えない程に高く聳える山脈が見てとれた。
下に目を向けるとピンクや白、黄色などの様々な色合いの名前もわからない花が咲き、風に揺れている。花の周りを蜜蜂や蝶が飛んでいる。それを何とはなしに見詰めていると何処からか鳥の鳴き声も聞こえる。
そんな警戒するものがいない景色は穏やかでユーリはいつしかリラックスして花畑の中で座り込んでいた。
鳥の声に風で花や草が揺れる音を聞きながら、暖かな日の光を受けて眠くなってきた。うつらうつらと船を漕いでいると不意に風に乗って声が聞こえた。
眠い目を擦っていると今度はハッキリと聞こえた。
「みぃ」
仔猫の鳴き声だった。辺りを見回してみると色取り取りの花の一ヶ所が不自然に動いている。警戒させないように近付いていくと花に埋もれるように銀色の毛の仔猫がいた。
「迷子なの?」
そうユーリが声をかけると仔猫はまた「みぃ」と鳴いた。覚束無い足取りで仔猫はユーリに近付いてきたので抱き上げてやると可愛らしく鳴く。
「可愛い」
手の中にすっぽりと覆える位の仔猫はユーリの腕の中が安心したのか頻りに甘える。
「甘えん坊ね」
可愛らしい仔猫の仕草に頬が緩むユーリ。仔猫を撫でてやるとうっとりとしてされるがままに身を任せている。
柔らかく温かい仔猫をとても愛しく思い、ユーリは温かな気持ちでいっぱいになった。
ユーリの優しい手に仔猫が、また鳴いた。ユーリを見上げる仔猫の瞳は不思議な色をしていた。最初は綺麗な青い瞳だと思っていたが、今度は金色にも見える黄色。その瞳に既視感を覚えたが、何処で見たのか思い出せない。不思議に思って小首を傾げる。
「みぃ」
仔猫が一声鳴いたのを最後にユーリの意識は途絶えた。
◇◇◇◇◇
眩しさに眉を顰め、ゆっくりと目蓋を開いていくと見覚えのある部屋だった。
眠りから覚めたユーリは意識がまだはっきりしていないのか、ぼんやりと目を動かして部屋を眺める。すると目の前に銀色のふわふわしたものが目に入った。
無意識に腕を持ち上げ、その銀色のものを撫でてみるとふんわりと柔らかく、ほんのりと温かくて気持ちが良かった。まだ夢から醒めないユーリは先程もこの感触に似た何かを撫でていた気がする、と思いながら撫で続ける。
何だっけな?と考えながら今度はそれを抱き込んでみた。頬にかかる柔らかな感触と温かい温度と花の香り、あともう少しで思い出せそうだと言う時に声が聞こえた。
「ユーリ…苦し…いです」
その声にゆっくりと視線を動かしていくと自分の腕の中で顔を真っ赤にさせているアンリと目が合った。
「おはようございます」
「おはよう」
もぞもぞと動くアンリを見詰め、瞬きを数回してから一気にユーリの意識は覚醒した。
「わぁぁぁぁ!」
飛び起き、仰け反ったらベッドから落ちた。
「ぐっ」
「ユーリ!」
落ちて頭を強かに打ち付けたユーリが呻くと打ち付けた派手な音とユーリの心配とで二重に狼狽えたアンリがベッドから降りて、ユーリに駆け寄る。膝立ちの状態でユーリが何処か怪我をしていないかと身体を見ていく。
「ユーリ、大丈夫ですか?」
「うぅ、大…丈夫」
涙目でアンリに笑いかけるとアンリは打ち付けた頭に大きなコブが出来ているのを察し、頭に手をやる。丁度ユーリをアンリが抱き込んだような状態になった。
「癒しを」
アンリの手がじんわりと温かくなったと思ったら、頭の痛みが引いた。驚いてアンリの腕の中で彼を見上げるとまだ心配そうにしながら頬を染めたアンリがはにかむ。
「僕、癒しは得意なんです」
魔力は等しく誰の中にも存在するが、それを行使できる程の量となると貴族や王族に限られる。平民は魔力量が低いので、魔力を使うといっても日常的に使う魔道具を起動する時位しかない。たまに平民の中でも魔力が高い者が生まれるが、殆どの者が冒険者になったり、貴族の中に取り込まれたりする。
更に魔力にも種類がある。その中でも癒しの力は大変貴重で珍しい。そんな癒しの力がアンリにあると知られれば、今以上に狙われる事になる。
幸い、癒しの力を行使したのは密室だった為、ユーリ以外は誰も知らない。
「アンリ、外では使っちゃ駄目だよ」
「使いませんよ。ユーリだから教えたんです」
柔和な笑顔をユーリに向けるアンリ。アンリの言葉でホッと胸を撫で下ろすユーリ。
アンリが秘密を教えてくれる程に信頼されていると思うと嬉しくなった。ほんのりと温かくなる感情をこの時には、そう思った。
読んでいただきありがとうございました。




