山の幸の話。
山の幸の話。
祖父は常々秋になると必ず言いました。
「何があっても茸は採るな」
と。祖父ですら見分けがつかない山菜は危険だからと言うのです。なので我が家では茸狩りはしません。
しかしまだ山に少しだけ雪が残る頃、祖父は友と共に山に入り山菜を取りに行きます。それらを見る度、もうそんな時期なのだなぁとしみじみするのです。
ある年の早春。車を買った私は嬉しさのあまり、
「行きたい所に連れて行くね」
と家族に笑顔で言いました。そう、ドライブとか最高ではないですか。
しかし私の運転技術はまだまだなのです。怪しい運転手の車に乗る勇気は普通はないでしょうから、きっと誰も一年位は乗らないだろうと私は思っていたのです。
ところが、祖父は何を考えたのか、休みの度にドライブという名の特訓を私に課したのてす。
特訓の場所は山道です。
初めの休みの日には、なだらかなカーブが続く比較的小さな山の道に向かいました。それが休みが来る度繰り返されました。三回程。
次は近くにそびえ立つ山行きを指示されました。やはり三回程行ってなれると、今度は砂利道や細くて対向車が来ると困るような所も行かされました。
流石にここまで来ると祖父の考えも読めてきます。
そう、祖父は私を山へ山菜取りに行くための足として活用するつもりなのです。聞けばその通りだと言うではありませんか。
以来山菜が採れる頃、私は祖父と共に山に入ります。
収穫するのは祖父で、私はもっぱら森林浴がメインです。私は一人だと確実に迷子になる女です。そんな奴が山に分け入るなど自殺行為だという自覚があります。事実、この収穫場所でさえ祖父がいなければたどり着くことさえ出来ません。
そんなことが五年程続いたでしょうか。足腰が弱くなった祖父が杖を使い始めた頃。流石に父は心配になったのか、自分も行くと言いました。
気持ちはわかります。何かあってからでは遅いのです。
祖父は山に行くのを楽しみにしていました。だから祖父に、もう行かないでとは言えなかったのです。
冬の間常に家にいて暇そうにしていた祖父が、俄然やる気になっているのです。寧ろ山菜にかこつけて散歩した方が健康には良いはずです。
せいぜい『みず』や『ふき』などの山道の脇に生えている山菜を採るなら何も問題はなかろうと父と私は思ったのでした。
そして休みの日、まだ日が昇らぬ午前三時。私たちは、山へと車で移動したのです。
目的地に辿り着いた頃。大分辺りは明るくなり始めました。
その場所は道の片側が急勾配になっていて、笹が生い茂っています。そして小川が見えました。
ここには『みず』と『曲がり竹』が自生しているのです。
私たちは車を降りました。清々しい空気を吸い込みました。
早速、祖父たちは腰に篭をぶら下げ小型の鎌を装備しました。
……あれ?何でじいちゃんまでフル装備なの?私は疑問に思いました。
祖父は杖を器用に使い、勢いよく急勾配になっている坂を下り降りました。
父と私は、唖然としたまま祖父を見ていました。
「ちょっ……!じいちゃんなにしてんのさ!?危ないし!」
はっとして私は叫びましたが、父は何も言いません。二人とも動揺していたのでしょう。
祖父は坂を下りきり、何でもなさげに手を振っています。遠目にもわかる程、それはそれは良い笑顔でした。
父は深くため息をつくと、ゆっくりと坂を下って行きました。
私は乾いた笑顔を張り付け、森林浴を楽しむことにしたのです。
曲がり竹は天ぷらにしてもよし、お味噌汁にしても美味しいのです。孟宗竹とは比べられない程小さいながらも、しゃきしゃきとした歯応えがあります。食べてみる価値はありますよ。
おまけ。
春から秋にかけて、登山者や山菜取りに出掛ける人たちが多くいます。
たまに山で道を見失い下山を強行した結果、遭難してしまったという話を聞きます。その度、父は言います。
「山で迷ったら、無理して下山しようとしては駄目だ。ましてや川には近付いてはいけない。夜に気温が下がったら最悪凍死してしまう。
そういう時は頂上を目指す。とにかく登ればいい。必ず道にでるから。安全な道に出てから下山すればいいんだ。冷静に行動することが大事だよ」
実際そうして助かったことがあるそうです。
体験者の言葉は貴重ですね。




