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第三話 聖女の嘘

 第三話 聖女の嘘


 王都では嵐が吹き荒れていた。


 きっかけは小さな告発だった。


 聖女ミレーユ付きの侍女が一人、勇気を振り絞って証言したのである。


「レティシア様への嫌がらせは全て嘘でした」


 その一言から全てが崩れ始めた。


 証言は次々と集まった。


 偽造された手紙。


 自作自演の転倒事件。


 わざと破いたドレス。


 捏造された目撃証言。


 そして何より。


 王太子エドワードの前でだけ涙を流し、自らを被害者に見せていた事実。


「そんな……」


 執務室で報告書を読んだエドワードは顔を青くした。


 一枚ではない。


 十枚でもない。


 机の上には山のような証拠が積まれている。


 その全てがミレーユに不利な内容だった。


「何かの間違いだ」


 そう呟いても誰も同意しない。


 なぜなら証拠が多すぎた。


「あの方は私に優しく……」


「殿下」


 側近が静かに頭を下げる。


「優しかったのは殿下にだけです」


 返す言葉がなかった。


 さらに追い打ちをかけるように別の報告が届く。


「過去の会計記録です」


「会計?」


「レティシア様が婚約者時代に処理されていたものです」


 新たな書類が机に置かれる。


 エドワードは読み始めた。


 そして固まった。


 王宮予算の管理。


 貴族との外交調整。


 社交界での根回し。


 地方貴族との融和政策。


 学園運営への寄付。


 王太子派閥の維持。


 全てレティシアが裏で行っていた。


 しかも完璧に。


「これは……」


「レティシア様です」


「この量を?」


「一人で」


 エドワードの顔色が変わる。


 彼は初めて知った。


 自分が思っていた以上に、彼女へ依存していたことを。


 ◇


 一方その頃。


 辺境では穏やかな日々が続いていた。


「大きくなりましたね」


 レティシアは畑を眺めながら微笑んだ。


 立派に育った野菜達。


 追放された日に植えた種が少しずつ形になっている。


 そんな彼女の隣には当然のようにアレクシスがいた。


「明日は収穫か」


「楽しみです」


「そうか」


 アレクシスも僅かに笑う。


 最近では彼も畑仕事に付き合うようになっていた。


 北方大公がである。


 騎士達は最初こそ目を疑ったが、今はもう慣れた。


「公爵様」


「なんだ」


「今日も執務は?」


「終わらせた」


「早いですね」


「君と過ごす時間を確保したいからな」


 レティシアが固まる。


 最近のアレクシスはこうだった。


 平然と恥ずかしいことを言う。


 本人は無自覚らしい。


 言われる側だけが困る。


「そ、その」


 珍しくレティシアが視線を逸らす。


 アレクシスは少し嬉しかった。


 ようやく慣れてきたらしい。


 出会った頃は求婚しても畑の話しかしてくれなかったのだ。


 大きな進歩である。


 その様子を遠くから見ていた使用人達は密かに盛り上がっていた。


「奥様も意識し始めたわ」


「ついに!」


「公爵様頑張って!」


 本人達に聞こえたら大変なことになる会話である。


 ◇


 その日の夕方。


 一通の手紙が届いた。


 王都からだった。


 差出人は王太子エドワード。


 内容は短い。


『話がしたい』


 それだけ。


 レティシアはしばらく手紙を見つめた。


 そして。


 テーブルの上に置いた。


「返事は?」


 執事が尋ねる。


「必要ないでしょう」


 即答だった。


 既に終わった話。


 そう思っている。


 しかし翌日。


 さらに二通目が届いた。


『謝罪したい』


 その翌日。


 三通目。


『会ってほしい』


 その翌日。


 四通目。


『全て誤解だった』


「しつこいですね」


 レティシアは呟く。


 アレクシスが無言で圧力を放った。


 わずかに周囲の気温が下がる。


「燃やすか」


「駄目です」


 真顔だった。


 さすがに王太子の手紙を燃やすわけにはいかない。


 気持ちは分かるが。


「しかし会う必要もない」


 アレクシスは不機嫌そうに言う。


 レティシアは少しだけ考えた。


 そして頷く。


「そうですね」


 過去には感謝している。


 婚約者だった時間も無意味ではなかった。


 けれど。


 戻りたいとは思わない。


 王都にいた頃より今の方が幸せだから。


「後悔していますか?」


 アレクシスが不意に尋ねた。


「何をです?」


「婚約破棄されたことを」


 レティシアは空を見上げる。


 青空。


 風に揺れる畑。


 穏やかな時間。


 そして隣には。


 自分を大切にしてくれる人がいる。


 だから彼女は微笑んだ。


「全く」


 迷いのない答えだった。


 アレクシスは安堵する。


 そして。


 ずっと言いたかった言葉を口にした。


「ならば改めて伝えたい」


 レティシアが振り返る。


 真剣な眼差しだった。


 戦場でも見せないような表情。


「私は君を愛している」


 レティシアの心臓が大きく跳ねた。


「結婚してほしい」


 今度は最初の時のような冗談ではない。


 真っ直ぐな告白だった。


 レティシアは返事をしようとして。


 その瞬間。


 屋敷の外から馬の音が響いた。


 騎士達が慌ただしく動き始める。


「大公閣下!」


 伝令が飛び込んでくる。


「王太子殿下がお見えです!」


 その場の空気が凍った。


 どうやら。


 王都の騒動は辺境まで追いかけてきたらしい。


 そしてエドワードは、自らレティシアを取り戻そうとしていた。


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