表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/36

第35話:神級経済圏の黎明、富のオープンソース化

眩い次元転送の光の奔流が収まり、ゆっくりと視界が戻ってきたとき、レオン・ヴァルハイトたちの足の裏に触れたのは、原始惑星ギガントの乾いた土でも、神殿の冷徹な純金でもなかった。それは、彼らにとって最も馴染み深い、ルード王国の王都を彩る白磁の石畳だった。


しかし、彼らがよく知るルード王国は、ほんの数日間の留守の間に、文字通り天変地異のごとき経済的進化を遂げていた。

王都の上空には、かつて見たこともないほど濃厚で純粋なマナの粒子が、まるで黄金の砂のようにきらきらと降り注いでいる。最高経済議会の中央銀行システム――プライマリーから奪い取った『黄金の鍵』がルード王国の『ハチミツ金庫』と法的に統合されたことにより、この国は多元宇宙のすべての富と因果が循環する、宇宙唯一の『神級経済圏ゴッド・セクター』へと強制的に格上げされたのだ。


「な、何よこれ……っ!? 王都の全域から、信じられないほど活気のある市場の熱気が伝わってくるわ! ルード王国の通貨(ハチミツ手形)の購買力が、私たちが旅立つ前の数万倍にまで跳ね上がっている!」


リーゼロッテが王都の中央広場を見渡しながら、そのあまりの激変に美しい声を裏返らせた。

広場では、つい先ほどまでバロンの空売りパニックによって絶望していたはずの商人や国民たちが、一転して、見たこともないほどの好景気ハチミツ・バブルの到来に狂喜乱舞していた。裏切り者の貴族たちから没収された全財産と、神の中央銀行から流出した天文学的なマナ資本が、レオンの手によって一挙に市場へ開放(流動性供給)された結果、王国は歴史上どの国家も到達し得なかった「絶対的な繁栄」の領域へと一瞬で叩き上げられたのだ。


「ルチア、システムの状況はどうだ?」

レオンが歩きながら、手元の端末に目を落とした。その画面には、次元転送の直前に受信していた、議会の残党からの『最後の一行のデータ』がまだ点滅を続けていた。


「驚かないでよ、レオン。このデータ、残党の嫌がらせなんかじゃない。……レディ・オセアニアが、議会の全権限を私的に使って、カトリーヌとバロンの派閥の『全破産手続きの完了報告』と、アタシたちの事務所への『直通回線の確立通知』を送りつけてきたんだよ!」


ルチアがジャンクバイクの通信ログを指差しながら、呆れたように、しかし興奮を隠せない様子で叫んだ。

レオンが不敵に口元を吊り上げたその瞬間、彼らの目の前の空間が歪み、極上のワイングラスを手にしたレディ・オセアニアの姿が、ホログラムではなく、完全なる「実体リアル」として白磁の石畳の上に舞い降りた。


星屑のドレスを優雅に揺らしながら現れたオセアニアは、王都の賑わいを満足げに見渡した後、その妖艶な視線を真っ直ぐにレオンへと向けた。

彼女はこの全宇宙の権力構造がルード王国を中心に完全に書き換えられたという、決定的な「戦後処理の現実」を語り始めた。


カトリーヌ・ド・マルスの完全破産と、バロン・メディチのヘッジファンドのデフォルト。そして何より、第一席であるプライマリーがルード王国の「最高技術顧問」として再雇用されたことにより、多元宇宙最高経済議会は、その機能の大部分を失い事実上の停戦・解散状態に追い込まれていた。議会に残された唯一の現役幹部となったオセアニアは、他の神々がレオンの圧倒的なハメ技に恐怖し、自らの資産を守るために殻に閉じこもる中で、ただ一人、勝者であるレオンとの「最後の持ち合い株のディール(最終清算)」を成立させるために、わざわざこの辺境の地まで実体を持って足を運んだのだ。


『フフ、改めて見事な手際だったわ、レオン。神を自己破産させて部下にするなんて、私の数万年の投資家人生のなかでも、最高にエキサイティングなショーだったわ。今やこの多元宇宙のすべての富の支配権(黄金の鍵)は、名実ともにあなたのものよ。……さあ、偉大なる特級交渉人。あなたはこの全宇宙の富を独占して、新たなる「絶対的な神」として君臨するつもりかしら?』


オセアニアはワイングラスを傾け、試すような、しかし期待に満ちた瞳でレオンの答えを待った。

その問いに対し、レオンの隣に立つリーゼロッテが、商工総裁としての誇りを胸に、一歩前に出て凛とした声を響かせた。


「いいえ、レディ・オセアニア。私たちは、あの傲慢なカトリーヌやバロンと同じ過ちを犯すつもりはありません。富を一部の神々や特権階級だけで独占し、管理するシステムこそが、市場を停滞させ、世界を滅ぼしかけた元凶です。ルード王国が手に入れた『黄金の鍵』の手続きは、すでに次の段階へと移行していますわ!」


『あら? 次の段階とは、具体的にどのようなガバナンスなのかしら、リーゼロッテお嬢様?』


「――【富のオープンソース化(民主化)】ですよ、オセアニア議長」


レオンが、オセアニアの新しい肩書(議長)を先回りして呼びながら、端末の画面を彼女へと提示した。

画面の中で稼働していたのは、プライマリー(最高技術顧問)がその圧倒的な演算能力を使って構築した、全宇宙の誰もが自由にアクセスし、ルールを創り、不確実性に投資できる『完全自由分散型市場(分散型ネットワーク)』の基本プロトコルだった。


「神が上から管理し、予測を押し付ける市場は終わりだ。これからは、全宇宙のあらゆる商人、あらゆる種族、あらゆる労働者が、自らの価値(のれん代)を証明すれば、神の許しを得ることなく自由に資本マナを調達できる。俺は、この『黄金の鍵』の権限を全宇宙へと分散し、ハチミツ本位制のシステムを誰もが利用できる共通の『インフラ』として完全無料オープンで開放してやるのさ」


『な……、全宇宙の支配権(神の座)を、ただで全員に配り分けるというの……っ!? そんなことをすれば、あなたたちの手元には、何の特権も残らないじゃない!』


オセアニアが数万年ぶりにその美しい顔を驚愕に引きつらせ、ワイングラスを持つ手を震わせた。

富を独占するのではなく、富のシステムそのものを民主化して全宇宙にばら撒く。これによって、誰もレオンたちの富を奪うことができなくなる。なぜなら、ルード王国のシステムが崩壊することは、全宇宙の経済インフラが崩壊することを意味するからだ。これこそが、特権階級の存在意義そのものを消滅させる、レオンの究極のガバナンス・ハメ技だった。


「特権などという面倒なものは、カトリーヌのような成金にでもくれてやればいい。俺たちに必要なのは、誰もが対等に取引を行える『健全な市場』と、そこから生み出される無限の商機ビジネスだけだ」


レオンは、オセアニアの驚愕の表情を正面から見据え、最後のディールの条件を突きつけた。


「オセアニア。お前には、解散した議会の残骸をまとめ上げ、この新市場の『初代最高運営責任者(議長)』の座に就いてもらう。これが、俺の持ち株をお前に譲渡する条件だ。神々のチェス盤を片付けるための、最後の掃除役パトロンとして、これからも俺たちのビジネスを裏で支えてもらうぞ」


レオンの提示した条件は、オセアニアを敵として排除するのではなく、新市場の「運営のトップ」という巨大な実利を与えることで、彼女を完璧にルード王国の経済圏へと組み込むものだった。


『……本当に、最後の最後まで私を上手に買い叩いてくれるわね、レオン・ヴァルハイト。いいわ、その壮大な『全宇宙の富の民主化』というイカれた大博打、このレディ・オセアニアが特等席で最後まで買い支えてあげる!」


オセアニアは最高に満足げな笑みを浮かべ、レオンと固い握手を交わすと、残された議会の戦後処理を行うために、再び次元の彼方へと優雅に消え去っていった。


直後、プライマリーの手によって、全宇宙の経済システムの書き換えが完全執行された。

ルード王国の「ハチミツ」は、全宇宙のすべてのマナ、生命、因果を潤す絶対的な血流となり、王国は永遠の繁栄を約束された。リーゼロッテは全宇宙の貿易ギルドを統率する最高経営責任者(CEO)としての第一歩を踏み出し、ルチア、ミュリン、クロエたちも、それぞれの技術と魔法を全宇宙の新インフラへと組み込むための、新しい大仕事へと向かって笑顔で走り出していった。


すべてを成し遂げ、誰も追いつけない宇宙最高のネゴシエーターとなったレオン・ヴァルハイトは、夕日に染まる王都のテラスから、かつてない平和と活気に満ちあふれた街並みを、静かに見下ろしていた。


だが、彼が平穏な日々の始まりを感じたその瞬間、彼のポケットの中の『黄金の鍵』が、突如として、これまでに見たこともない不気味な『漆黒のエラーコード』を明滅させ始めた。

システムが完全に民主化され、全宇宙の富が解放されたはずのその瞬間に、神のシステムの最深部で、経済活動(お金の取引)とは全く異なる、人類の歴史そのものを根底から揺るがす「未知の超概念」が目を覚ましたことを、端末のインジケーターは静かに告げていた――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ