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第34話:民事再生手続き(チャプターイレブン)、あるいは神の再雇用

【――警告。多元宇宙議会中央銀行の累積債務が、法的許容量を完全に超過。最高経済議会基本法第十一章に基づき、『議会中央銀行の破産手続き(チャプターイレブン)』を自動受理します】


その無機質なシステムメッセージが神殿の虚空に投影された瞬間、創世の巫女プライマリーの背後で轟音を立てていた巨大な黄金の歯車群が、まるで目に見えない鉄格子の檻に嵌められたかのように、完全にその回転をロックされた。

少女の姿をした絶対神が、世界を完全な無へとリセット(心中)するために掲げていた黄金のゴールド・キーの先端から、眩い魔力の輝きが急速に失われていく。神の最高権限であるはずの「全消去」の機能が、システムによって法的に『差し押さえ(凍結)』されたのだ。


「な……、私のリセット権限が……、受け付けられない……? この世界の、すべてのルールの根源である私の命令が、なぜシステムに拒絶されるのですか……っ!?」


数億年の歴史の中で初めて、プライマリーのガラスのような瞳に、人間の少女のような「困惑」の感情がはっきりと浮かんだ。彼女の持つ黄金の鍵はカチカチと虚しい音を立てるだけで、もはや空間の因果を書き換えることはできない。


「信じられないわ……。神様が、自分自身で創り上げたはずの『法律システム』に縛られて、指一本動かせなくなっている……!」


リーゼロッテが市場端末を胸に抱き締めながら、その驚異的な光景に震える声を上げた。

ルチアもジャンクバイクの上で計器を叩き、信じられないといった様子で叫ぶ。

「レオン、これ、どういうハッキングだよ!? 神様が心中しようとした瞬間に、国の自己破産チャプターイレブンの申請を割り込ませて、すべての操作権をフリーズさせたっていうのか!?」


彼女たちの視線の先で、レオン・ヴァルハイトは外套のポケットに手を突っ込んだまま、不敵極まる笑みを浮かべてプライマリーへと歩み寄っていた。彼の足元からは、先ほどまで彼を消滅させようとしていた黄金の光の柱が、破産手続きの開始によって完全に霧散していた。


『……完璧な罠です。プライマリー様は、レオンたちの存在を消滅から救うために、無限の信用(マナ資本)を市場に乱発しすぎました』


ホログラムの向こうで、元監査官のステラ・ヴァレンタインが、その冷徹な法的ロジックの全貌を、戦慄と共に語り始めた。


『中央銀行とは、通貨と信用を発行する機関ですが、それには議会基本法によって「発行した信用と同等の価値を保証しなければならない」という絶対的な義務ガバナンスが課せられています。レオンは、神が自分の存在を最高値で買い支えるように仕向け、その瞬間に天文学的な空売りを浴びせ続けた。つまり、プライマリー様が発行した無限の信用は、すべてレオンの口座に対する「巨大な債務(借金)」へと反転していたのです。神すらも、自らが創った最高経済議会法の『破産規定』のルールからは、絶対に逃れられない……っ!』


すべてを統べる絶対神が、自らの発した過剰流動性(通貨の刷りすぎ)によって自己破産に追い込まれるという、前代未聞の経済的失策。

レオンは懐からプラチナ・パスポートを取り出し、神の座を合法的に解体するための「管財人就任宣告」を、純金の神殿全域へと響かせた。


最高経済議会基本法における『チャプターイレブン(民事再生手続き)』とは、組織を完全に消滅させる破産ではない。経営陣の権限を一時的に凍結し、外部の人間がその資産を管理・処分しながら、組織の再生を目指す手続きだ。そして、その手続きにおいて最も強大な権限を持つのが、最大の債権者から選出される『破産管財人レシーバー』である。レオンは神の買い支えを限界まで毟り取ったことで、今やこの多元宇宙中央銀行の「九九%の債権」を握る、絶対的な筆頭債権者となっていた。


「プライマリー。お前は完璧なシステムを創り、完璧な管理を行った。……だが、完璧すぎるシステムは、一度『債務超過』というバグが埋め込まれれば、それを自己修復するための例外処理リセットすらも、法的な手続きの順序によってロックしてしまう。お前は、自分が創った法の檻に、自分自身で鍵をかけて閉じこもったんだよ」


レオンはプライマリーの目の前で立ち止まり、その小さな手から、全宇宙の支配権の象徴である黄金の鍵を、指先ひとつで静かに、しかし絶対的な拒絶を許さぬ力で奪い取った。


「議会基本法第七条に基づき、これより俺――レオン・ヴァルハイトが、この多元宇宙議会中央銀行の【破産管財人レシーバー】に就任する。お前の持っていたリセット権限を含むすべての資産、および全宇宙のガバナンス権は、これより我がルード王国経済圏の管理下に置かれる」


「……っ。私は、最大の債権者であるあなたの命令を、拒絶できないようにプログラムされている……。私の、負け、ですか……」


プライマリーは、黄金の鍵を奪い取られた自分の小さな手のひらを見つめながら、静かに、しかし確かな敗北の事実を口にした。

だが、その感情のないはずの少女の顔には、数億年の絶対的な孤独(退屈)を完全に粉砕されたことへの、奇妙な、しかし最高に満足げな笑みが浮かんでいた。彼女の瞳の中で渦巻いていた銀河のチャートは、レオンという巨大なアノマリーの数式を完全に受け入れたことで、穏やかな黄金色の輝きへと落ち着き始めていた。


「レオン、本当に神様を書類一枚でハメ殺しちゃったのね……。これで私たちは、全宇宙のすべての富と、ルールの支配権を手に入れたということかしら?」


リーゼロッテが、レオンの手にある黄金の鍵を見つめながら、未だに信じられないといった様子で首を傾げた。

ミュリンとクロエも、神の破産という壮大すぎる結末に、ただただ呆然と立ち尽くしている。


「いや、お嬢様。俺の仕事は、中央銀行を潰して終わりじゃない。破産管財人の真の役割は、債務超過に陥った組織を、より高利回りで健全な組織へと『作り変える(再生させる)』ことだ」


レオンは奪い取った黄金の鍵を虚空へと掲げ、バロンやカトリーヌ、そして神の中央銀行の全データを一つに統合する、前代未聞の『救済型M&A(吸収合併)』の数式を端末に打ち込み始めた。


普通なら、神の座を奪った者は、自分が新たな絶対神となって世界を支配しようとするだろう。しかし、レオンはそのような面倒で非効率な支配には全く興味がなかった。彼は中央銀行を完全に解体するのではなく、我がルード王国経済圏の「完全子会社」として傘下に収め、その高度な市場管理システムだけを合法的に利用するという、極めて現実的で冷徹な企業再生プラン(ビジネス)を選択したのだ。


「プライマリー。お前をこの中央銀行の第一席から『解任』する。――だが、お前には明日から、我がルード王国経済圏の【最高技術顧問(システム監査役)】として、引き続きその優秀な頭脳を働かせてもらう」


「……私を、クビにせず、雇う(再雇用する)というのですか? 破産した私には、もうあなたに支払える対価(資本)など残っていませんが」

プライマリーが、不思議そうに首を傾げてレオンを見上げた。


「勘違いするな。お前には、これから俺たちが全宇宙の富を民主化し、ハチミツ本位制を多元宇宙の共通基盤へと拡大するための、膨大な『システム構築の労働』でその負債を返済してもらう。神様だからって、タダで破産して逃げられると思うなよ。これからは俺たちの『従業員』として、精々その優秀な頭脳で、市場の拡大に貢献してもらうぞ」


レオンの冷酷極まる「神の再雇用プラン」を聞いた瞬間、隣で見ていたレディ・オセアニアは、ついに堪えきれずに、その妖艶な身体を激しく震わせて大爆笑した。


「ウフフ、アハハハハ! 最高だわ、レオン・ヴァルハイト! 神を殺すのでもなく、神に代わるのでもなく、神を自分の会社の『部下』として雇い入れるなんて! これ以上のハメ技、これ以上の愉快なディールを、私は数万年の歴史の中で一度も見ただことがないわ!」


オセアニアの狂気的な歓喜の笑い声が神殿に響き渡る中、プライマリーはレオンの提示した労働契約書のデータをしばらく見つめていたが、やがて、小さく、しかし明確に「承諾」のサインを電子ペンで書き込んだ。


『……面白いですね。誰かの「部下」として労働を行うというインプットは、私のデータベースには存在しませんでした。市場の不確実性スリルを学ぶためのサンプルとして、その契約、喜んで引き受けましょう、レオン社長』


神が人間の会社に就職した瞬間、多元宇宙経済圏のすべてのルールが、ルード王国のハチミツを中心に完全に書き換えられていく地鳴りが鳴り響いた。

名実ともに、全宇宙の全資産、全権利の支配権が、レオンとリーゼロッテたちの手へと移ったのだ。


「さあ、お嬢様、ルチア。破産管財人の最初の仕事は、何よりも厳しいぞ。まずはこの巨大な黄金の鍵の所有権を、俺たちのルード王国の中央銀行へと正式に譲渡デリバリーする手続きから始めようか」


レオンが不敵に笑い、黄金の鍵をリーゼロッテの手へと手渡したその瞬間、神殿の純金の床が激しく発光し、彼らを故郷へと送り戻すための、最後の次元転送の光が彼らを包み込んだ。

しかし、その光の渦の中心で、レオンの端末に、議会の残党が放ったと思われる、不気味な『最後の一行のデータ』が、ひっそりと受信されていた――。

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