第30話:スクイーズ・アウト、あるいは裏切り者たちの清算
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――【警告。対象セクター『ルード王国』のデリスティング(上場廃止)を検知。市場の板情報を完全に閉鎖します】
多元宇宙最高経済議会のシステムが放った無機質な音声が、全宇宙の取引所のメインフレームを激しく揺るがした。
次の瞬間、バロン・メディチの前に展開されていた無数のモニターから、ルード王国の通貨、国債、土地の権利を示すあらゆるチャートが一瞬で消失し、代わりに琥珀色の不気味な文字列――『不可逆的非公開化(MBO成立)』の文字が画面を埋め尽くした。
「ば、馬鹿な……っ!? 消えた……? ルード王国の市場そのものが、この次元間取引所から根こそぎ消え去っただと……っ!?」
ヘッジファンド『漆黒の軍勢』の最高投資責任者(CIO)として、常に冷徹な数理経済学者のようだったバロン・メディチの顔が、恐怖と驚愕に激しく歪んだ。彼の自慢の三つ揃えのスーツは、過負荷による脂汗で一瞬にして濡れそぼっていく。
空売り(ショート)という金融戦術は、その本質において「後で市場から買い戻して持ち主に返す」という絶対的な契約の元に成り立っている。価格が下がれば下がるほど、安く買い戻せるため利益は無限に膨らむ。しかし、それはあくまで「買い戻すための市場」が存在していることが前提だ。
レオン・ヴァルハイトが議会特権である【プラチナ・パスポート】を使い、ルード王国の全資産を底値で一括で買い占め、市場から『非上場化(MBO)』してしまった瞬間、バロンたちが膨らませ続けた天文学的な売りポジションは、買い戻すための対象(板)を永遠に失った。
「市場が存在しない以上、お前たちの空売りは『未決済の永久債務』としてお前たちの口座に固定される。つまりバロン、お前は返すあてのない膨大な『他人の国の国債』を抱えたまま、このゲームの盤面に置き去りにされたんだよ」
レオンは原始惑星ギガントの乾いた風に外套をなびかせながら、狂ったようにエラーコードを吐き出し続ける端末を冷酷に見下ろした。
「あ、アアア……ッ! アタシのハッキング画面の向こうで、バロンのファンドの資産グラフが、底の抜けたエレベーターみたいに真っ逆さまに落ちていく! 決済不能による『違約金』が秒速で数億ゴールドずつ加算されてるわよ!」
ルチアがジャンクバイクのメーターを叩きながら、狂喜乱舞の声を上げた。
隣に立つリーゼロッテも、あまりの景気の良い大逆転劇に、胸元を押さえながら大きな安堵の溜息を漏らす。
「信じられないわ……。国を市場から隠すなんて、そんな規格外のルール違反、普通の資本家なら思いついても絶対に実行できない。レオン、あんた本当に……本物の悪魔ね!」
『お、恐るべき男です……』
元監査官のステラ・ヴァレンタインが、ホログラムの向こうで完全に腰を抜かしたようにガタガタと震えていた。
『バロンのソブリン・ショートは、国家の信用を内側から崩壊させる無敗のロジックでした。それを……国家そのものをプライベート企業(私有物)に買い換えることで、経済のルールそのものを無効化してハメ殺すなんて……っ!』
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『ふ、ふざけるな……っ! このような不条理なガバナンスが認められるわけがない! オセアニア様、これは明白な市場操作です! 今すぐ現地の独立特区の承認を取り消し、この無礼なネゴシエーターを失格にしてください!』
バロン・メディチはホログラムの画面に掴みかかるような勢いで、空の特等席にいるレディ・オセアニアへと血を吐くような悲鳴をあげた。しかし、オセアニアは星屑のドレスの裾を優雅に揺らし、扇子で口元を隠しながら、ただ冷酷に彼を見下ろすだけだった。
「見苦しいわよ、バロン。市場から商品を買い占めて非公開にするのは、プラチナ・パスポートを持つ者に与えられた正当な権利(MBO)よ。買い戻す市場を潰されたのは、あなたのリスク管理が甘かった――ただそれだけのことじゃない?」
「その通りだ。それに、バロン。俺の『超巨大債務整理』は、お前たち外側のヘッジファンドをハメ殺すだけで終わりじゃないんだよ」
レオンが不敵な笑みを浮かべ、市場端末の画面をルード王国の「内部データ」へと切り替え、非上場化されたルード王国の内部で同時に進行していた、もう一つの冷徹な「大掃除」の全貌を語り始めた。
バロンの圧倒的な資本力に恐怖し、自国の未来を完全に見限って「ルード王国売り」のパニックに加担していた、王国内の悪徳貴族や日和見の商人たち。彼らは、レオンが市場の全権利を底値で買い占めた瞬間、法的な罠(ハメ技)に完全に捕らえられていたのだ。
MBOが成立し、レオンがルード王国の99%の株式(支配権)を握った瞬間、彼は筆頭株主の絶対権限である【強制株買い上げ(スクイーズ・アウト)】を自動執行した。これにより、国を裏切って売り叩いていた貴族たちの全資産、土地の権利、そして特権は、レオンが設定した「暴落時の最低価格(タダ同然の値)」で合法的に国庫へと強制没収されたのだ。
「自分の国が滅びる方に全額ベットして儲けようとした亡国奴どもだ。市場が閉鎖され、非公開企業となったルード王国の内部において、彼らの居場所(議席)はどこにもない。国を売り払った対価として、彼らの手元に残ったのは、バロンのファンドと共に価値がゼロになった『ただの電子のゴミの山』だけさ」
「――ルード王国商工総裁の権限において、裏切り者たちの全口座の凍結、および全財産の国庫への完全統合(吸収合併)を、ただいま完了いたしましたわ!」
リーゼロッテが凛とした声を響かせ、市場端末の確定ボタンを強く押し込んだ。
画面の奥では、王都の広場で資産を公社金庫へ逃がそうとしていた悪徳貴族たちが、自分たちの個人端末が一瞬で「残高:ゼロ」のエラー表示に変わったのを見て、次々と泡を吹いて石畳の床へと崩れ落ちていく光景が映し出されていた。
身内の裏切りを逆手に取り、彼らの全財産をタダ同然で巻き上げることで、ルード王国の国庫は、ゲーム開始前よりも遥かに強大で純度の高い「絶対的な財政基盤」を手に入れたのだ。
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【――審判。プレイヤー:バロン・メディチの決済不履行が確定。……ヘッジファンド『漆黒の軍勢』の全資産を差し押さえ、対戦相手であるレオン・ヴァルハイトの口座へと強制移転します】
議会システムの冷徹な宣告が天から降り注ぐと同時に、バロン・メディチの背後に広がっていた、あれほど強大だった『鋼鉄工業都市セクター』の残党とヘッジファンドのホログラムが、ガラガラとガラスの割れるような音を立てて粉々に砕け散っていった。
「あ……、ああ……。私の数式が、私の完璧なファンドが……、田舎者の、たった一人の交渉人に……全てを奪われる……など……っ!」
バロンは自分の両手を見つめながら、その存在の確率ごと、カトリーヌと同じように空間からポリゴンとなって完全に消滅(退場)していった。
ゲーム終了のファンファーレが鳴り響く。
原始惑星ギガントの空からは有害な紫色の煙が完全に消え去り、まばゆい本来の太陽の光が、緑の大地と立ち上がった巨獣たちを温かく照らし出していた。
「やった……! 第2回戦も、アタシたちの完全大勝利だよ!」
ルチアがジャンクバイクから飛び降りて、ミュリンやクロエと固い抱擁を交わす。
これでレオンたちは、故郷のルード王国を神々の市場から守り抜き、さらに敵の莫大なファンド資産を丸ごと飲み込むという、これ以上ない最高の結果を弾き出したのだ。
しかし、レオンが懐のプラチナ・パスポートを取り出したその瞬間、カードの表面に刻まれていた純金の紋章が、これまでにない不気味な『深紅の輝き』を放ち始め、周囲の空間に巨大な次元の裂け目を発生させた。
パチン、と空間を切り裂くような音が響く。
レオンたちの前に現れたのは、これまでのレディ・オセアニアのような美しいホログラムではない。それは、宇宙の始まりから存在する「原初の資本」そのものが形を成したかのような、悍ましくも巨大な『黒い黄金の門』だった。
「あらあら……。まさか、たったの2戦で『あの御方』の個人的な関心を引いてしまうなんてね」
レディ・オセアニアが扇子を完全に閉じ、その妖艶な顔から初めて余裕の色を消して、その門を見つめた。
「レオン・ヴァルハイト。その門の向こうは、私たち経済議会の幹部ですら立ち入りを禁じられた、この多元宇宙経済圏の創始者――『第一席』が統治する、資本の原初の地よ」
門の奥から響いてくるのは、数万の宇宙の全通貨の脈動の音。
第1ステージを圧倒的なハメ技でクリアしたレオンたちの前に、ついにこの世界の神々の頂点、すべての富の創造主そのものが、最悪の『最終ディール』を携えて姿を現そうとしていた――。
その門の向こうから漏れ出る、世界のすべてを買い尽くすほどの圧倒的な資本の覇気を感じながら、レオンはただ一人、これまでで最も獰猛な笑みを浮かべた。




