第27話:補証金強制調達(マージン・コール)、あるいは星の敵対的買収
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カトリーヌ・ド・マルスが膨らませ続けた天文学的な空売りポジションが、現地の巨獣たちによる「全面ストライキ」という未曾有のバグによって完全に逆流した。市場端末に表示されたチャートは、底値から垂直に跳ね上がる一本の黄金の槍と化し、カトリーヌの『鋼鉄工業都市セクター』の資産を文字通り塵へと変えながら、猛烈な踏み上げ(ショートスクイーズ)を敢行していた。
「あ、アアア……ッ!? 私の、私の千倍の資本が……、口座の残高が、秒速で数千億ゴールド単位で消し飛んでいく……っ! 自動損切り(ロスカット)すら間に合わないなんて、そんな不条理な計算式があるわけがないわ!」
地平線の彼方に立つ『鋼鉄要塞』の拡声魔導器から、先ほどまでのサディスティックな余裕を完全に失った、カトリーヌの血を吐くような絶叫が響き渡る。彼女の片目のスカウターは、損失額の桁数が限界を超えたことで、パチパチと青い火花を散らして爆発四散した。
「やったわレオン! カトリーヌの売り注文の板が完全に崩壊した! 私たちの『精霊手形』の価値は、開拓前の元の水準どころか、当初の数百倍にまで跳ね上がっているわ!」
リーゼロッテが市場端末を両手で掲げながら、飛び上がって喜んだ。その美しい瞳には、資本の津波を逆手に取って大勝した興奮の涙が浮かんでいる。ルチアもジャンクバイクのアクセルを何度も吹かし、ミュリンとクロエは巨獣のリーダーの足元で勝利のハイタッチを交わしていた。
だが、完璧なチェックメイトを確信したその瞬間、空の特等席からゲームを観戦していたレディ・オセアニアが、絹の扇子を口元から外し、くすくすと冷酷な、だが最高に愉悦に満ちた笑い声を惑星全域へと響かせた。
「あらあら、本当に素晴らしい逆転劇ね、レオン。公社のエリートをハメた技術は伊達ではないわ。カトリーヌのポートフォリオは今、完全に債務超過の危機にある。……でもね、神々のチェス盤は、プレイヤーの破産による途中のゲームオーバーを『市場の混乱』として嫌うのよ」
オセアニアが指先をパチンと鳴らした瞬間、原始惑星ギガントの全域に、それまでの魔導工場の地鳴りとは比較にならない、宇宙そのものが悲鳴を上げるような不気味な脈動が走った。
【――警告。プレイヤー:カトリーヌの口座にマージン・コール(追加保証金請求)が発生。……支払不能を検知。議会システムによる『補証金強制調達』を自動執行します】
無機質なシステムの音声が天から降り注ぐと同時に、カトリーヌの『鋼鉄要塞』の地下から、眩い黄金の魔力で編まれた巨大な「鎖」が何本も地表を突き破って出現した。
その鎖が地下の深淵から引きずり出してきたのは、原始惑星ギガントの生命の源であり、この世界のすべてのマナを司る、文字通りの心臓――脈動する超巨大な結晶体『惑星核』だった。
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引きずり出されたマナ・コアは、黄金の鎖にギリギリと締め上げられ、その表面にびっしりと公社の冷酷なバーコードと数式の羅列を刻み込まれていく。
レオンたちの隣で青白いホログラムとして控えていた元監査官のステラ・ヴァレンタインが、その光景の意味する「議会の絶対的な理不尽」を語り始めた。
これが、多元宇宙最高経済議会が敷く、最強にして最悪の救済措置だった。議会は身内の大投資家が破産して市場が機能停止することを防ぐため、一時的に彼女の負債を補填する。しかし、その「担保」として、投資対象である惑星の心臓を強制的に差し押さえ、売買可能な金融商品――『惑星債』として市場に上場させてしまうのだ。
『レオン・ヴァルハイト……、これが神々のやり方です。彼らはチェス盤の上が思い通りにいかなくなると、盤面そのものを人質(担保)に取る。今、画面上に『原始惑星ギガントの生存債権』が上場されました。……タイムリミットは一時間。この一時間以内にカトリーヌの負債が相殺されなければ、コアの価値はゼロになり、この惑星は文字通り宇宙の藻屑となって消滅します。もちろん、ストライキを起こした巨獣たちも全員巻き添えです』
「そんな……っ! 自分たちの負債を隠すために、この星の命を人質にするなんて、そんなの金融(経済)でも何でもないわよ!」
リーゼロッテが激しい憤りに小さな身体を震わせ、上場された『惑星債』のデータを睨みつけた。
コアを奪われたことで、原始惑星ギガントの大地は急速にひび割れ、先ほどまで歓喜の咆哮を上げていた巨獣たちが、一斉に胸を押さえてその場に倒れ込み、苦しげに喘ぎ始めた。彼らの生命線である大地のマナが、議会のシステムによって強制的にストップされたのだ。
『アハハハハ! 見たことですか、現地人のゴミども! 議会は私を見捨てない!』
要塞の奥から、救済されて狂気に陥ったカトリーヌの声が再び響く。
『この星の命が担保にされたのなら、私はこの『惑星債』を市場でさらに狂ったように売り浴びせて(ショートして)、世界ごとあなたたちを心中へと道連れにして差し上げます! 私が負けるなら、この星の生命ごとすべてをゼロにして破滅させるだけです!』
「レオン、どうするの……っ!? 巨獣たちのマナがどんどん消えていっちゃう! 私の魔法でも、星の心臓の枯渇までは止められないよ……っ!」
クロエが倒れた巨獣の頭を抱き締めながら、涙ながらにレオンに助けを求めた。ミュリンもまた、割れ行く大地を必死にハンマーで叩き、マナを繋ぎ止めようとしていたが、その効果は砂漠に水を撒くようなものだった。
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カトリーヌは完全に正気を失い、議会から与えられた『惑星債』の売りボタンを狂ったように連打し始めた。千倍の資本が吐き出した莫大な負債の塊が、市場の売り板を真っ黒に埋め尽くしていく。
一時間後に星が死ねば、カトリーヌの空売りは「対象の価値がゼロになった」ということで、法的に莫大な利益となって完結する。現地そのものを物理的に破壊してでも勝とうとする、最悪の心中特攻。
だが、その崩壊を始める大地の中心で、レオン・ヴァルハイトだけは、カトリーヌが投げ売りを続ける『惑星債』の買い注文ボタンに、そっと静かに指先をかけた。
「レオン!? 正気なの!? カトリーヌが吐き出しているのは、数万宇宙年分の大赤字の塊よ!? そんな負債の塊(惑星債)をまともに買い取ったら、ルード王国の資産なんて一瞬で何百回も連鎖倒産して、私たち自身が消滅しちゃうわ!」
リーゼロッテがレオンの手首を掴み、狂気を止めるように叫んだ。
「お嬢様。神様が星を売りに出したんだ。……なら、これほど割安で、これほど買い叩きがいのある『お宝』は他にないと思わないか?」
レオンは掴まれた手首を優しく解くと、リーゼロッテの額にそっと指先を当て、不敵に微笑んでみせた。彼の頭脳の中では、議会が敷いた「補証金強制調達」のルールそのものを、宇宙規模のM&A(敵対的企業買収)へと変貌させる、禁忌のハッキングロジックが完璧に完成していた。
「カトリーヌは、この星の価値をゼロだと思って売りに出している。だが、この星には、俺たちと手を取り合った『誇り高き労働者(巨獣たち)』と、彼らを武装させる『職人の技術』、そしてこれから再生する『無限の資源』という、帳簿に記載されていない莫大な【のれん代(潜在価値)】が眠っているんだよ」
レオンは端末の画面を見据え、指先を決済ボタンの上で静かに固定した。
「神々がこの星を『不良債権』として切り売りするなら、俺たちがそのすべての負債ごと、この『星の値段』を買い叩いて決めてやろうじゃないか。カトリーヌ・ド・マルス……、お前の保有する『惑星の全権利』、我がルード王国経済圏が、これより――敵対的買収(M&A)させてさせてもらうぞ」
レオンの指先が、最悪の負債の塊である『惑星債』の全額買い付けボタンへと、容赦なく叩きつけられた。
それは、一介の交渉人が、宇宙の神々に対して「星そのものの所有権」を巡るガバナンス闘争を仕掛ける、前代未聞の宣戦布告だった。
次の瞬間、ルード王国の精霊手形が眩い光の奔流となってマナ・コアの鎖へと絡みつき、市場の板情報が、敵味方の全資産を巻き込んだ巨大な光の渦となって爆発を始めた――。




