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第25話:概念的空売り(ショート)、あるいは千倍の資本格差

レディ・オセアニアが絹の扇子を優雅に一振りすると、星屑のシャンデリアから放たれた光が深紅のレッドカーペットの上に集束し、一人の新たな女性の姿を立体ホログラムとして映し出した。


現れたのは、軍服を思わせるタイトな漆黒のドレスに身を包み、片目に不気味な青い光を放つ魔導のスカウターを装着した、冷酷かつサディスティックな美貌の女性だった。その背後には、天を突き刺す無数の巨大な煙突から黒煙を吐き出す、冷徹な『鋼鉄工業都市』の幻影が広がっている。


「あら、オセアニア様。これが私の次のお相手ですか? 公社の末端フランチャイズを規約のバグで揺るがしただけの、随分と泥臭い現地人ローカルを連れてこられたのですね」


女性――カトリーヌ・ド・マルスは、片目のスカウターの数値をカチカチと狂ったように更新させながら、不快そうに鼻を鳴らした。彼女の手元には、すでに今回の投資対象である『原始惑星ギガント』の生態系データが、冷酷な破滅のシュミレーションとして表示されている。


「ご紹介するわ、カトリーヌ。そちらの生意気な青年が、今回のあなたの対戦相手、レオン・ヴァルハイトよ。……ふふ、退屈な私のポートフォリオに、最高のスパイスを加えてくれた面白い男だから、油断しないことね」


オセアニアが扇子で口元を隠しながら楽しげに笑う。その神々の悪戯のような視線の先で、カトリーヌはレオンたちを完全に「使い潰すための資産」として見下していた。


「油断など一秒も必要ありません。私は前回のゲームの覇者。今回も私の選択は『概念的空売り(ショート)』です。原始惑星の文明の黎明など待つのは非効率の極み。あのトカゲどもの世界に、我が都市の超巨大魔導工場プラントを乱立させ、現地の生態系(資源)を完全に使い潰して市場を強制崩壊ショートさせて差し上げます。その過程で生まれる産業廃棄物利益だけで、私の勝利は確定しているのですから」


「世界を……、発展させるんじゃなくて、最初から潰して利益を出すのが目的だっていうの……!?」

リーゼロッテがその冷酷な投資戦略に恐怖し、レオンの袖を強く引っ張った。カトリーヌの放つ覇気は、大陸同盟の比ではない。それは、一つの惑星を丸ごとスクラップにして利益を引き出す、文字通りの「星の収穫者」のそれだった。


カトリーヌのホログラムが消えたあと、法廷の空間に二つの経済圏の財務状況が比較データとして提示され、レオンたちの隣で案内役となった元監査官のステラ・ヴァレンタインが、今回のゲームにおける絶対的な絶望を語り始めた。


画面に表示された初期資本力の格差は、あまりにも残酷だった。カトリーヌが率いる『鋼鉄工業都市セクター』の保有マナ資本に対し、レオンたちがルード王国や同盟の買収で築き上げてきた『精霊手形経済圏』の総資産は、実に「千倍」もの開きがあったのだ。神々のマネー・ゲームにおいて、資本の量はそのまま物理的な暴力へと直結する。


『レオン・ヴァルハイト……、これは和解したから教えるのですが、カトリーヌの常勝ロジックは徹底的な「スクラップ・アンド・ビルド」です。彼女は未開の世界に、莫大な資本の力で一瞬にして公社規格の重工業プラントを建設し、現地の先住生物を奴隷化して資源を枯渇させます。世界が死に絶える瞬間ショートの直前に、すべての利益を自分のセクターへ配当として引っこ抜く。まともに「文明の発展ロング」を狙って投資しても、彼女の千倍の資本力による売り浴びせの前に、私たちの持ち株は一瞬で紙切れにされますよ……っ』


「千倍の資本金……。為替の操作やハチミツのインフレくらいじゃ、傷一つつけられない規模の格差だわ……」

リーゼロッテが計算を終え、その場に崩れ落ちそうになった。ミュリンもクロエも、ルチアでさえも、その物理的な「金の壁」の前に言葉を失っていた。


「なるほどな。圧倒的な物量で世界を強制的に破滅に向かわせ、その崩壊のインデックス(指標)に全額ベットして儲けるわけか。……効率的だが、あまりにも味気ない帳簿だな」


だが、レオンだけは、スカウターの数値を思い浮かべるように静かにカトリーヌの戦略の歪みを分析していた。

資本が大きければ大きいほど、その投資行動は「画一的」になり、現地のローカルな抵抗バグに対して脆くなる。カトリーヌの常勝ロジックは完璧だが、それゆえに『想定外の価値』が市場に参入してきた瞬間のヘッジ(危険分散)が甘い。


「ゲーム開始の条件は整ったわ。さあ、プレイヤー諸君、投資対象惑星マーケットへのダイブを開始しなさい」


オセアニアの艶やかな号令と共に、レオンたちの視界は突如として強烈な光の渦に飲み込まれ、彼女たちの意識は次元を超えて『原始惑星ギガント』の大地へと叩き落とされた。


凄まじい浮遊感のあとにレオンたちが降り立ったのは、赤く燃え盛る二つの太陽が照りつける、荒々しい大気の世界だった。

本来であれば、巨大な知的恐竜や巨獣たちが独自の原始的なコミュニティを築き、文明の黎明を迎えるはずの美しい緑の惑星。しかし、彼らの目に飛び込んできたのは、すでにカトリーヌの圧倒的な「先行投資」によって無残に侵食された地獄絵図だった。


見渡す限りの地平線には、錆びついた鉄骨で作られた超巨大な魔導工場プラントが乱立し、空は有害な紫色の煙で完全に覆い尽くされている。現地の知的巨獣たちは、首に公社の重税を意味する「電子の枷」を嵌められ、自分たちの故郷の山を削る過酷な強制労働に駆り出されていた。


「ひどい……。まだ文明の芽が出たばかりの世界なのに、こんなの、ただのスクラップ工場じゃない……!」

ミュリンが壊された大地を踏み締めながら、怒りに拳を震わせた。


「ええ……、植物たちの悲鳴が響いているわ。カトリーヌは、この世界の未来そのものを、今すぐ利益に変えて使い潰すつもりね」

クロエが大鎌を低く構え、黒煙の向こうにそびえ立つ、カトリーヌの本陣である『鋼鉄要塞』を睨みつけた。


ピピッ、ピピピピピピッ――!!!


その時、レオンたちが持ち込んだルード王国の『精霊手形』の価値を示す市場端末から、悲鳴のような大暴落のアラートが鳴り響いた。画面に表示された精霊手形の市場価値のグラフが、垂直落下フリーフォールを始めている。


「な……、何が起きているの!? ゲームが始まったばかりなのに、私たちの初期資産が、秒速で半分に溶けていくわよ!?」

ルチアがジャンク端末を叩きながら絶叫した。


「カトリーヌの『概念的空売り(ショート)』の本格的な浴びせ売りが始まったのよ……っ!」

リーゼロッテが端末の板情報を睨みつけながら、顔を真っ青にする。

「奴は千倍の資本を使って、この惑星の価値が『ゼロになる』という先物売りボタンを、狂ったように連打しているわ! 市場の売り圧力が強すぎて、私たちの『精霊手形』の買い支えが全く追いつかない! このままじゃ、あと数分で私たちの資産は完全にストップ安(破産)よ……!」


ゲーム開始と同時に突きつけられた、千倍の資本の物量による一方的な蹂躙。

カトリーヌの『鋼鉄要塞』からは、レオンたちの無様な大暴落を嘲笑うかのような、冷酷なサイレンの音が惑星全域に鳴り響いていた。


しかし、資産が秒速で溶け、仲間たちが絶望に染まるその極限の状況下で、レオン・ヴァルハイトだけは、やはり外套のポケットに手を突っ込んだまま、くっ、と不敵に口元を吊り上げた。


「素晴らしい売り崩しだ。教科書通りの完璧なハメ技だな、カトリーヌ」


レオンは、激しくエラーを吐き続ける端末の画面を見つめながら、獰猛な特級交渉人の笑みを浮かべた。


「でも、お前は大きな勘定違いをしているぞ。市場をゼロに落とそうとするお前の大売りのポジション……、俺がそのすべてを、さらにその『底の底』で買い叩いて、逆張りの燃料に変えてやるからな」


資産価値ストップ安という最悪のスタートラインから、レオンの神々をハメ殺すための、前代未聞の「逆張り投資戦争」の火蓋が切って落とされた――。

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