第24話:神々のオリガルヒ、あるいは創世のマネー・ゲーム
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世界を無に還すはずだった飢餓の終末帳簿『零号不渡』は、黄金の免責決定の光に焼かれ、サラサラとした灰となってジャンク・セクターの床に崩れ落ちていった。
概念的な自己破産が成立したことにより、それまで黒い数字の暴風に侵食されていた空間全体が、急速にその価値を回復していく。ミュリンの自慢のハンマーは錆が落ちて元の頑強な輝きを取り戻し、クロエが育てた農場のマナも、より純度を増して彼女たちの元へと還ってきた。消滅しかけていた私兵たちのサイバー装甲も再構成され、彼らは驚愕しながらも自分たちの五体を確認し、安堵の溜息を漏らした。
「はぁ……、本当に心臓が止まるかと思ったわよ。レオン、あんたの破産ロジックは相変わらず心臓に悪すぎるわ」
リーゼロッテは、元の高級な仕立てに戻ったゴスロリのドレスの裾を揺らしながら、ツンとそっぽを向いた。しかし、その手はまだ恐怖の余韻で微かに震えており、レオンの外套をそっと握り直している。
「結果良ければ全て良しさ、お嬢様。これで俺たちのセクターは、名実ともに公社の手出しできない独立経済圏になった」
レオンはそう言いながら、灰の山からドロップした、眩い輝きを放つ『純金製のカード』を拾い上げた。カードの表面には、公社の最高権力者のものとおぼしき指紋の紋章と、未知の超次元言語で複雑な文字列が刻まれている。
「……う、嘘です。信じられません……。どうして、それがここにあるのですか……っ!?」
通信画面の向こうで、更迭を免れたはずの上級執行役員ステラ・ヴァレンタインが、今日一番の悲鳴を上げた。彼女の完璧に整えられていた銀髪は乱れ、眼鏡は鼻先までずり落ちている。公社のメインフレームを救われた安堵など一瞬で吹き飛ぶほどの衝撃が、彼女を襲っていた。
「ステラ、このゴールドカードが何だか知っているのか?」
ルチアがジャンクバイクに跨がったまま、不思議そうに尋ねる。
『知っているどころの騒ぎではありません! それは……我が多元宇宙貿易公社の上層部、ひいては数万の宇宙の富を裏から支配する最高権力機関――【多元宇宙最高経済議会】への終身席を保証する、伝説の「プラチナ・パスポート」です! 公社の最高経営責任者(CEO)ですら、一生に一度謁見を許されるかどうかの、神々の身分証明書ですよ……!?』
ステラの絶叫が響き渡る中、レオンはそのカードを指先で弄び、フッと口元を歪めた。
彼らが救ったのは、公社にとっては数ある末端市場の一つに過ぎない。しかし、その最小の市場から、公社そのものを連鎖倒産の危機に追い込み、原初の厄災すらも自己破産の手続きで解体してみせたレオンの「手腕」は、世界の外側のさらに上層にいる、本物の支配者たちの目に留まってしまったのだ。
2
ステラがそのカードの持つ法的な絶対特権について説明を続けようとした、まさにその瞬間だった。
ジジ……、ツィン――。
ジャンク・セクターの、錆びついた配管と不気味なネオンに満ちていた薄汚れた空間が、突如として奇妙な「ノイズ」に覆われた。
驚くべきことに、レオンたちの足元にあった鉄板の床が、瞬時にして最高級の羊毛で織られた「深紅のレッドカーペット」へと物理的に上書きされていく。周囲の煤けた壁は純白の大理石へと変貌し、天井からは無数の星屑がシャンデリアのように降り注ぎ、空間全体がまるで超一流ホテルのVIPラウンジのような絢爛豪華な世界へと作り替えられていった。
「な、何これ!? アタシのジャンク・セクターの座標データが、根こそぎ『超高価値』な空間に書き換えられていくんだけど……っ!?」
ルチアがジャンク端末を叩くが、端末の画面自体が金箔でコーティングされ、制御不能に陥っていく。
現れた圧倒的な「絶対強者」の存在が、周囲の空気を支配していった。
次元の壁がガラスのように美しく割れ、その裂け目から、優雅に歩み出てくる一人の女性がいた。
彼女は、まるで本物の銀河を織り込んだかのような、星屑が明滅する豪華絢爛な漆黒のドレスを纏っていた。艶やかな黒髪を高く結い上げ、手にした絹の扇子で口元を隠しながら、不敵で小悪魔的な笑みを浮かべている。その美貌から放たれるプレッシャーは、先ほどのステラや同盟の巨神とは比較にならない、文字通り「世界そのものをポケットマネーで買い回れる」資本の神としての神威に満ちていた。
「あらあら、随分と面白い泥棒猫ちゃんがいたものね。公社のお局監査官をハメ殺し、原初のゴミ箱まで綺麗に大掃除しちゃうなんて、最高に愉快なエンターテインメントだったわ」
美女は扇子をパチンと閉じ、レオンの目の前で立ち止まった。彼女の背後には、数万の惑星の年間総生産に匹敵するほどの、天文学的なマナの輝きが後光のように従っている。
「……お初にお目に掛かります、現地の優秀なネゴシエーターさん。私は多元宇宙最高経済議会、第十三席を務めております、レディ・オセアニアと申します。以後、お見知り置きを?」
「議会の、最高幹部……第十三席……ッ!?」
リーゼロッテがその名を聞いた瞬間、為替の魔女としての本能が最大の危険信号を発し、彼女はその場にへたり込みそうになった。目の前にいるのは、通貨の価値を決める側ではない。通貨という「概念」そのものを生み出し、弄んでいる、次元の違うオリガルヒなのだ。
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「レディ・オセアニア。わざわざ議会の神様が、こんな宇宙のゴミ溜めまで何の用だ。俺たちの破産申立書に、まだ不備でもあったか?」
レオンは一歩も引かず、オセアニアの挑戦的な視線を真っ向から受け止めた。
「いいえ、完璧な書類だったわ、レオン。あなたのおかげで、公社の株価が大暴落して、私の仕込んでいた空売り(ショート)が大儲けできたもの。感謝しているわ」
オセアニアはクスクスと妖艶に笑い、レオンの持つプラチナ・パスポートを扇子の先でそっと突いた。
「そのカードを手にしたということは、あなたたちの世界は議会直轄の『絶対免責特区』として永久に保護されるわ。……でもね、特権には相応の『義務』が伴うのが、この宇宙のガバナンスの基本でしょう?」
「義務、だと?」
レオンの眉が微かに動く。
「そうよ。そのパスポートを持つ者は、私たち議会の神々が主催する、至高の次元間投資デスゲーム――『創世のマネー・ゲーム』への参加権が強制的に付与されるの」
オセアニアは扇子を広げ、レオンたちの頭上の空間に、数千の異なる異世界がチェスの駒のように配置された、巨大な立体ホログラムの盤面を展開した。
「ルールは単純。あなたにはルード王国の『精霊手形 経済圏』の総帥として、他の次元の経済圏と、文字通り『世界の存亡』を賭けた投資戦争を戦ってもらうわ。勝てば、相手の世界のすべての富とマナがあなたのもの。……もし拒否したり、ゲームに負ければ、そのプラチナ・パスポートは剥奪され、特区の承認も白紙。あなたたちの世界は、今度こそ公社のシュレッダーにかけられて消滅するわ」
優雅な微笑みの裏に隠された、絶対的な拒否権のない脅迫。
リーゼロッテも、ミュリンも、クロエも、そのスケールの大きすぎる「神々の遊戯」の前に、言葉を失って立ち尽くすしかなかった。せっかく世界を救ったと思ったら、次は神々の気まぐれなギャンブルの盤面に、プレイヤーとして引きずり出されたのだ。
しかし、レオン・ヴァルハイトは、冷酷なオセアニアの宣告を聞いても、その不敵な笑みを崩さなかった。彼は外套のポケットから手を抜くと、純金製のカードを親指で高く弾き、それを鮮やかにキャッチしてみせた。
「なるほどな。企業の次は、神様どものポートフォリオの身ぐるみ剥ぎか。……面白い。レディ・オセアニア、その『創世のマネー・ゲーム』とやらに乗ってやるよ」
レオンは、星屑のドレスを纏ったゴージャス美女の瞳を真っ直ぐに見据え、獰猛な交渉人の笑みを浮かべた。
「神様どものポケットマネー、全額スって、俺たちがその議会の席まで敵対的買収してやるから、精々極上の特等席で震えて待ってな」
辺境の関税戦争から始まったレオンたちの経済無双は、ついに次元の枠組みを完全に超越。
数万の宇宙の富を賭けた、神々との前代未聞の「創世投資戦争」の幕が、今、鮮烈に上がろうとしていた――。




