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第23話:終末の免責決定(ディスチャージ)、あるいは創業者からの招待状

レオン・ヴァルハイトが叩きつけた黄金の『精霊手形』の束は、虚空でまばゆい爆発を起こした。

それは、ルード王国から始まり、地方都市の職人たち、そして破産した大陸同盟の市場に至るまで、彼が泥臭い交渉によって紡ぎ上げてきた人々の「信用」の総和だった。黒い数字の暴風『零号不渡プロトタイプ・デフォルト』がその輝きを飲み込もうとした瞬間、ジャンク・セクターの空間全体が、激しい光の波動と共に正方形の『法廷結界リーガル・バリア』へと強制的に再定義されていく。


「――多元宇宙破産法、第十三条に基づき、当惑星セクター全域の『概念的自己破産』の申し立てを正式に受理させる!」


レオンの叫びが轟くと同時に、世界を飲み込もうとしていた漆黒の終末帳簿『ジ・エンド・オブ・クレジット』の頁が、激しい逆めくり音を立てて回転し始めた。

すべての物質や概念を一方的に「債務」に変えて没収する原初の厄災に対し、レオンは正面から戦うのではなく、「私たちは一銭も返せない。だからすべての借金を帳消し(免責)にしろ」という、経済学における究極の法的盾を突きつけたのだ。


「レ、レオン……! 空間の侵食が止まったわ! あのバケモノの帳簿が、私たちの存在を『差し押さえ』できずにフリーズしている!」


リーゼロッテが自身の透けかけていた両手を眺めながら、歓喜の声を上げる。

しかし、結界の最深部に鎮座する終末帳簿の頁から、すぐさま血のような赤文字が溢れ出し、法廷の空間へと冷酷に投影された。


『――否認。否認。免責不許可事由を検知。当セクターの保有する「精霊手形」の価値は、不当な資産移転(財産隠し)に該当する。破産申請を却下し、即時回収を再開する』


「うそ……、却下された!? あのバケモノ、法律のヘ理屈でこっちの破産を認めない気よ!」

ルチアがジャンク端末の画面を凝視しながら、絶望的な声を張り上げた。


黒い暴風が形を変え、天を衝く巨大な「赤い算盤そろばん」となってレオンたちの頭上に降り注ぐ。

レオンは赤く染まっていく法廷の中で、敵のロジックを迎え撃つための最終的な外堀を埋め始めた。


『零号不渡』というシステムは、あまりにも完璧な監査AIだった。ルード王国がこれまで必死に貯め込んできたハチミツ本位制の価値すらも、奴の帳簿の上では「未払いの遅延損害金」という天文学的な数字の前に、一瞬で相殺される対象でしかなかったのだ。算盤の珠がパチパチと激しい音を立てて弾かれるたびに、ミュリンの指先に残る職人の記憶や、クロエの農場がこれから生み出す未来の果実の価値が、次々と「没収予定資産」として強制的に書き換えられていく。


「くっ……! 私の総裁としての信用まで、あのクソ真面目な帳簿に吸い取られていくわ! レオン、本当にこのまま私たちは、一文無しの自己破産バッドエンドで世界ごと消されちゃうの!?」


「いいや、お嬢様。奴の計算式は完璧だが、それゆえに『現実の市場』の泥臭い連鎖反応を想定していない。……ステラ! まだ息はあるか!」


レオンは、消えかかっているステラ・ヴァレンタインのホログラム回線へと強引に手を伸ばした。


『な、何ですか……っ!? 私はすでに本社から更迭され、職務権限をロックされて――』


「お前の個人端末に残っている、さっきの【和解条約】のデータを、今すぐその原初の帳簿の『親会社(公社)の勘定科目』へ同期させろ! お前が本社で生き残るための、これが最後の共同融資ディールだ!」


『そんなことをすれば、このバケモノが抱える天文学的な負債が、公社の本局口座へと完全に連結コンソリデーションされてしまいます! 本社が、文字通り破滅します!』


「それでいいんだよ! 公社がこの世界の統治を同盟に丸投げし、その裏でこの厄災をジャンク・セクターに不法投棄していたということは、法律上、子会社の破産責任は親会社が全面的に負うべき『連鎖倒産ピア・デフォルト』の法理が適用される!」


レオンは不敵に笑い、黄金の精霊手形を、法廷の祭壇へと全力で叩きつけた。


「俺たちは確かに自己破産する! だが、その原因を作ったのは、この危険な終末帳簿を未開世界に放置していた公社側の管理怠慢だ! よって、この世界を滅ぼすほどの巨額の債務(借金)の返済義務は、俺たち現地人ではなく、親会社であるお前たち公社へとすべて『遡及そきゅう』する!」


ガガガガガガガガガガガガッ!!!


次の瞬間、終末帳簿『ジ・エンド・オブ・クレジット』の赤文字が一瞬で反転し、今度は『親会社への求償権発動・全額請求』という鮮やかな青い文字へと書き換わった。

世界を貪るためのマイナスの概念が、レオンのロジックのすり替えによって、「公社自身が今すぐ支払わなければならない負債」へと変貌したのだ。

回収すべき対象(弱者)を失い、逆に自分自身が身内(公社)を滅ぼす最悪の不良債権へと変わってしまった『零号不渡』は、自身の存在意義の矛盾エラーに耐えきれず、内側から黄金の炎を上げて激しくメルトダウンを起こし始めた。


『オ……、オオオオオオオオ……ッ!? 我が、終末の帳簿が……、身内の数字によって、相殺デフォルトされる……だと……!?』


原初の借金王が放っていた漆黒の暴風は、黄金の免責決定ディスチャージの光によって完全に掻き消され、巨大な帳簿はガラガラと音を立てて灰へと還っていった。


世界は解凍された。青いグリッド線も、黒い数字の嵐も消え去り、ジャンク・セクターには元の錆びついた、だが静かな空気が戻ってきた。

「やったぁぁぁぁぁッ! 本当に、借金そのものを破産させて消しちゃったわ!」

ミュリンやクロエ、そしてルチアが抱き合って勝利の涙を流す。リーゼロッテも、ホッとしたようにレオンの外套に顔を埋めていた。


だが、崩壊した『零号不渡』の灰の山から、カタ、と不気味な音を立てて、一枚の見たこともない『純金製のカード』がドロップした。

レオンがそれを拾い上げると、そこには公社の創業者の指紋と共に、信じられない文字列が刻まれていた。


――【多元宇宙最高経済議会・終身席プラチナ・パスポート】。


それは、末端の惑星経済圏を救ったレオンたちが、ついに多元宇宙を裏から統治する「神々の資本家」たちの領域へと足を踏み入れるための、禁断の招待状だった――。

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