第20話:資本規制(キャピタル・コントロール)の罠、あるいは合法的な毒物混入
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錆びついた巨大なハッチの前で、レオンの懐にある魔導端末が吐き出したのは、耳を聾するような冷徹な電子ビープ音だった。
自動展開された半透明のホログラム画面に映し出されたのは、つい数時間前にルード王国の国境で対峙した、あの銀髪眼鏡の監査官ステラ・ヴァレンタインの冷徹な美貌だった。彼女の背景には、公社本社の整然とした中央監査室のグリッド光が流れている。
『業務連絡です、レオン・ヴァルハイト。……および、我が公社との終身契約を軽率にも破棄した元・非正規私兵の皆さん』
ステラの声には、怒りも動揺もなかった。ただ、マニュアル通りに淡々と害虫の進路を先回りして潰した、事務的な優越感だけがそこにあった。
『あなた方がジャンク・セクターの廃棄物に目をつけ、現地の未開な職人技術で不正に精製・密輸しようと目論むことは、我が社の行動予測AIによって「九八%」の確率で織り込み済みでした。七日間の法的猶予は確かに有効ですが――それは、あなた方が市場のルールを逸脱して良いという意味ではありません』
「ちっ……、あのお局監査官、アタシたちの裏ルートを最初からハッキングしてやがったな!」
ルチアがジャンクバイクのハンドルを激しく叩き、悔しげに犬歯を剥き出した。
『これより、当ジャンク・セクターに対し、公社最高財務規定に基づく緊急パッチ――「多元宇宙間資本規制」をリアルタイム適用します』
ステラが指先で電子帳簿にチェックを入れた瞬間、レオンたちの周囲の空間に、ドロリとした重苦しい紫色の魔力膜が張り巡らされた。
それは、実物資産の移動を物理的・概念的に制限する、公社の最強の防衛システムだった。
『本日只今より、当セクター内で発生するすべての精製活動、およびエネルギーの移動に対し、公社への「一〇〇%の暫定課税」を自動執行します。あなた方がどれほど規格外の職人技術でボイド・マナを極上の燃料に精製しようとも、その価値は生成された瞬間に、税金として我が公社の本局口座へ自動的に全額徴収されます。……ただ働き、ご苦労様です』
「全額課税……!? 作った瞬間に全部タダで召し上げられるってことじゃない! そんなの、ただの奴隷労働だわ!」
リーゼロッテが顔を真っ青にして叫んだ。
せっかくルチアの提案で「異世界先物市場」を立ち上げようとした矢先に、根幹となる商品の生産ルートを、公社の「法」によって完全に塞がれたのだ。
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ハッチの向こうからは、数百年分の公社の産業廃棄物である、黒くドロドロとした『虚無のマナ(ボイド・マナ)』が、不気味な咆哮を上げて渦巻いているのが見える。
これをミュリンの手技とクロエの農業技術で精製すれば、世界を救うだけのプラチナ資産に大化けするはずだった。しかし、精製した瞬間に、ステラのシステムが「税金」としてその全てを自動的に本社へと吸い上げてしまう。
「レオン、どうするの……? 私、ハンマーを振るうのは怖くないけど……、頑張って作ったものが全部あの眼鏡の女の人のものになっちゃうなら、悔しいよ……っ」
ミュリンが涙目でレオンの外套を引っ張った。クロエもまた、大鎌を握る手に悔しさを滲ませている。寝返ったばかりの私兵たちの中にも、再び「やはり公社には勝てないのか」という絶望が広がり始めていた。
だが、全員が心が折れかけたその瞬間、レオン・ヴァルハイトだけは、クスクスと低く腹の底から笑い出した。
「ハハ……、アハハハハ! 素晴らしい。流石は公社の上級執行役員だ。完璧なタイミングでの資本規制だな、ステラ」
『……何が可笑しいのですか。負け惜しみは非効率ですよ、レオン・ヴァルハイト』
画面の向こうのステラが、微かに不快そうに眉をひそめた。
「いや、感謝しているのさ。お前がわざわざ『一〇〇%の自動課税パッチ』をこのセクターに適用してくれたおかげで、俺たちの勝利は確定した」
レオンは眼鏡の監査官に向けて、容赦のない特級交渉人の笑みを突きつけた。
公社が敷いた「課税ルール」そのものを最悪の兵器へと変貌させる、禁忌の逆張りロジックを展開し始めた。
ステラが敷いたシステムは、「当セクターで生まれた価値を、自動的に本社の口座へ一〇〇%吸い上げる」というものだ。しかし、この自動徴収システムには、経済学における一つの致命的な盲点が存在する。
もし、ここで精製されるものが、極上の「優良資産(燃料)」ではなく、持っているだけで周囲の資産を連鎖倒産させるような、天文学的な「負債の爆弾」だったとしたらどうなるか。
「自動課税システムは、流れてくるデータの『真贋』までは精査しない。ただ『精製されたマナの総量』の数字だけを見て、機械的に本社の基幹口座へと直通のパイプで吸い上げる。……つまり、お前は今、自分たちの本社の心臓部に向けて、俺たちのゴミをノーチェックで流し込むための『超高速専用レーン』を、自ら法的に開通させてしまったんだよ」
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「……ッ! そうか、レオン! 奴らのパイプラインを逆流させるのね!?」
リーゼロッテがその意図を瞬時に理解し、歓喜に瞳を輝かせた。
「その通りだ、お嬢様。――ミュリン、クロエ! お前たちに頼みたいのは、ボイド・マナの『完璧な精製』じゃない! 外見だけは超高価値のプラチナ燃料に見えるが、その中身は、触れたシステムを一瞬でメルトダウンさせる、超高濃度の『毒性資産』――つまり、最悪の『不良債権爆弾』の偽造だ!」
「合点承知の助よ! 不純物をわざと極限まで限界突破させて、爆発寸前の状態でパッケージングすればいいのね!?」
ミュリンがギラギラとした職人の目でハンマーを構えた。
「ええ、私の精霊マナで、表面だけを綺麗にラッピングしてあげるわ。公社のマニュアル主義のAIじゃ、絶対に中身の腐敗を見抜けないほど完璧にね」
クロエが妖艶に微笑み、大鎌の先から、瑞々しくも毒々しい緑の精霊力を溢れさせた。
「ルチア、ハッチを開けろ! 私兵諸君、防衛線を構築しろ! これより、多元宇宙貿易公社に対する、合法的な『経済的テロ(毒物混入)』を開始する!」
ルチアが叫びながらハッチのレバーを引き下げると、轟音と共にボイド・マナの暗黒の濁流が噴き出した。
そこへ、ミュリンの変則的な職人技のハンマーが炸裂し、クロエの精霊力が魔力データを偽装していく。生まれたのは、眩いばかりの黄金の輝きを放ちながらも、そのコアには数百年分の産業廃棄物の怨念が凝縮された、文字通りの「ハリボテの超巨額資産」。
ピピッ、ピピピピピピッ!!!
ステラが敷いた自動課税システムが、その『天文学的な価値(の偽物)』を即座に検知し、大喜びで本社の最高機密口座へと一〇〇%の比率で自動徴収し始めた。
超高速レーンを通って、公社の心臓部へと秒速で流り込んでいく、職人製の最悪の不良債権。
『な……、何ですか、本社のメインフレームからの一時的な通信エラーは……!? データ流量が、処理許容量を……いえ、口座の残高そのものが、マイナスへと反転していく……!?』
ホログラムの中のステラの顔から、完全に余裕が消え去り、驚愕と絶望に染まっていく。
彼女が良かれと思って敷いた完璧な防衛パッチが、今や本社を内側から破壊する、最悪の「トロイの木馬」と化して牙を剥いたのだ。
本社の基幹システムがパニックを起こし、ステラの画面の向こうで真っ赤な【緊急出頭命令】が点滅し始める。
レオンは、激しく火花を散らし始めたステラの端末を見つめながら、外套のポケットに手を戻し、勝利の確信と共に冷酷に言い放った。
「一週間も待つ必要はなくなったな、執行役員ステラ。……さあ、次の交渉の時間だ」




