第19話:アウトソーシングの兵士たち、あるいは不良債権のボディーガード
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突きつけられた魔導重銃の銃口は、この世界のあらゆる魔導器とは一線を画す、冷酷な電子的な輝きを放っていた。
全身を黒いサイバー装甲で固めた、多元宇宙貿易公社の『次元私兵』。総勢十二名。彼らの放つ殺気は、戦場を生き抜いてきた騎士のそれではなく、ただひたすらに規則に従って害虫を駆除しようとする、冷徹な機械のそれと同じだった。
「――警告。当エリアは公社管理下の排他的ジャンク・セクターである」
私兵のリーダーとおぼしき男のヘルメットから、合成された電子音声が響く。
「未登録の生体反応および異次元間不正渡航を検知。即座に武装を解除し、資産凍結手続きに応じよ。抵抗する場合、法的根拠に基づき、現地調達兵器として即時スクラップ処分とする」
「ちょっと……、何よこれ。異世界の闇市場って、こんなに治安が悪いの!?」
リーゼロッテがレオンの背中に隠れながら、歯をガタガタと鳴らした。
ミュリンとクロエは反射的にハンマーと大鎌を構えたが、重銃の銃口から漏れ出すマナのプレッシャーが、自分たちの世界の武器では装甲を傷つけることすら難しいと本能的に告げていた。
しかし、四面楚歌の路地裏で、レオン・ヴァルハイトだけは深く溜息をつき、おもむろに両手を挙げてみせた。その顔には、恐怖ではなく、どこか呆れたような諦念の笑みが浮かんでいる。
「待て待て、物騒な玩具を向けるな。……お前たちのヘルメットに表示されている『契約ガイドライン』を、もう一度よく読み直した方がいいぞ、公社のアウトソーシング(契約社員)諸君」
「……何だと?」
リーダーの銃口が、微かに揺れた。
「俺は元同盟の特級交渉人だ。公社が末端の治安維持組織と交わしている『業務委託契約書』のテンプレートくらい、そらで言える」
レオンは手を挙げたまま、メガコーポが抱える「労働環境の歪み」を突く、極めて独創的な交渉を開始した。
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多元宇宙貿易公社のような超巨大企業は、すべての業務を自社で行うわけではない。特に、こういったゴミ溜めのようなジャンク・セクターの治安維持は、民間から買い叩いた「傭兵ギルド」や「没落世界の敗残兵」に対して、出来高制の有期契約でアウトソーシング(外注)しているのが常識だった。
レオンは私兵たちの装甲の隙間から覗く、使い古された魔導バッテリーの型番と、手入れの行き届いていない銃の照準器を見逃さなかった。彼らは公社の正規兵ではなく、命を削って最低限の「ゴールド(報酬)」を支払われているだけの、使い捨ての非正規労働者なのだ。
「公社治安維持規定・第百二条。未登録セクターにおける密輸人の拿捕報酬は、一頭につき一律五十ゴールド。……だが、今お前たちが俺たちをここで射殺、あるいは拘束した場合、その報酬は本当に支払われるか?」
「何を言っている。公社のシステムは絶対だ。成果は自動的に口座へ――」
「いいや、支払われないさ。なぜなら、俺たちのいるこの惑星セクターの『商工魔導同盟(子会社)』は、たった今完全に自己破産したからな」
レオンは不敵に笑い、懐から緑色の輝きを放つ『精霊手形』を指先で弄んだ。
現在の公社の財務データにおいて、レオンたちのセクターは「法的審査中」として全資産がロックされている。つまり、私兵たちがいくらレオンたちを捕まえたところで、その成果を処理すべき「予算の勘定科目」がシステム上に存在しないのだ。彼らがここで命を懸けてレオンたちと戦っても、本社のAI監査システムからは『無効な業務』として処理され、報酬は一ゴールドも振り込まれない。それどころか、戦闘による装備の摩耗費や魔力弾の消費は、すべて「自己負担」として彼らの薄給から天引きされることになる。
「要するに、お前たちは今、一銭のトクにもならない『ただ働き』のために、俺たちの規格外の職人技術(命がけの反撃)と戦おうとしているわけだ。……どうだ? 会社の不合理なマニュアルのために犬死にするのは、随分と非効率的な計算だと思わないか?」
「くっ……、システムのステータスを確認しろ!」
リーダーの静止命令により、私兵たちが一斉に手元の電子端末を覗き込んだ。彼らのヘルメットの奥で、驚愕の表情が広がるのが分かった。レオンの指摘通り、彼らの契約画面には「対象セクター:予算凍結中。成果報酬の不渡りリスク有り」という真っ赤な警告灯が点滅していたのだ。
「世界一強大な企業に仕えているつもりが、その実、最も劣悪な条件で買い叩かれている。……それがグローバリズムの本当の恐怖さ。だが、俺ならお前たちの『不良債権化』した労働契約を、一瞬で超高利回りの優良資産に変えてやれるぞ」
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「……私たちに、公社を裏切れというのか」
リーダーの男の声から、先ほどの機械的な冷徹さが消え、一人の「食い詰めた労働者」としての生々しい焦燥が漏れ出た。
「裏切るんじゃない。より条件の良い『転職先(市場)』を選ぶだけだ」
レオンは、リーゼロッテから託されたハチミツ本位制の『精霊手形』を私兵たちの前に提示した。
「今から俺たちは、このジャンク・セクターに捨てられている産業廃棄物を回収し、最高級の次元燃料へと精製する『異世界先物市場』を開設する。お前たちが公社の不渡り契約を破棄し、俺たちの『専属ボディーガード(初期株主)』になるなら、この手形の初期流動性をお前たち全員に一億枚ずつ付与してやる。公社で一生奴隷として働いても稼げない額の資産が、たった七日間で手に入るぞ」
「おいおいおい! アタシの言った通り、最高の交渉人だね、お兄さん!」
その時、路地裏の天井の配管を伝って、機械仕掛けのジャンクバイクに乗ったルチアが派手に飛び降りてきた。彼女はバイクを横滑りさせながら、私兵たちの前に滑り込むと、自身の端末から「ハチミツ燃料」のテスト精製データを彼らのヘルメットへと強制転送した。
『見なよ、兵隊さんたち! このハチミツ手形の裏付け資産は本物さ! 公社がゴミとして捨てたボイド・マナが、アタシたちの技術でゴールドの数万倍の価値に化ける。どっちにベットするのが正解か、算盤を弾くまでもないだろ?』
私兵たちは互いに顔を見合わせた。
彼らもまた、公社という巨大な怪物に故郷を奪われ、生きるために銃を取った弱者だった。レオンの提示したロジックは、彼らの経済的生存本能を完全に揺るがした。
「……全軍、セーフティをかけろ。これより我が小隊は、公社との契約を一方的に破棄する」
リーダーが重銃を下げ、ヘルメットのバイザーを跳ね上げた。現れたのは、無数の戦傷が刻まれた、だがどこか晴れやかな顔をした中年男の顔だった。
「買い叩かれるだけの人生はもう御免だ。交渉人レオン、我々をお前の『非公式株主』として雇用してもらおう」
「賢明な選択だ。さあ、取引成立だ。……案内してくれ、ルチア。そのボイド・マナの集積場へ」
レオンが不敵に微笑んだその瞬間、ルード王国の『精霊手形経済圏』は、ついに世界の外側の武力すらも資本の力で吸収し、新たなる異次元の市場の創造へと突き進み始めた。
しかし、彼らが路地を抜け、錆びついた巨大なハッチの前に辿り着いたその時、レオンの懐の魔導端末が、聞いたこともない不気味なトーンで鳴り響いた。
画面に自動的に表示されたのは、ステラ・ヴァレンタインからの【業務連絡】。
一週間の猶予を与えたはずの冷徹な監査官は、すでにレオンたちの動向を完全に把握しており、さらに世界の理そのものを書き換える「最悪のパッチ(新ルール)」を市場に適用していた。




