第18話:ジャンク・セクターの闇取引、あるいは職人技術の異次元輸出
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ステラ・ヴァレンタインが残していった「七日間の法的猶予」を示す青い光のタイマーが、国境の虚空に冷酷な数字を刻みながらカウントダウンを始めていた。
【残り時間:百六十七時間五十九分】
世界を灰色に染めていた凍結の結界が後退したことで、ミュリンの精霊炉には再び青白い炎が灯り、クロエの農場の緑も息を吹き返していた。しかし、国境に集まった者たちの表情は一様に暗かった。大陸同盟という巨悪を倒したはずの彼らは、今や「世界そのものの差し押さえ」という、惑星規模の理不尽な債務問題に直面していた。
「……ハァ。笑えない冗談だわ。七日間で公社を納得させる代替資産なんて、この世界を丸ごとオークションにかけたって足りやしないわよ」
リーゼロッテは魔導馬車のステップに腰掛け、小さく頭を抱えていた。天才的な頭脳を持つ彼女だからこそ、多元宇宙貿易公社という「親会社」が保有する資本の巨大さと、自分たちのいる世界の資産価値の絶対的な格差に、絶望的な計算式しか導き出せなかったのだ。
「諦めるのは早いぜ、お嬢様。奴らが法的な手続きを一時停止したということは、市場の内側に交渉の余地が生まれたということだ」
レオンは草臥れた外套の襟を立てながら、手元の魔導通信機を弄んだ。暗号コードを逆探知し、先ほど強制遮断された異世界の相場師ルチアの回線を、トマスの『ワンクリック・ギルド』のバイパスを経由して強引に繋ぎ直していく。
「――お、繋がった! 流石だねお兄さん、公社の第4監査部の暗号セキュリティを自前の魔導回路でクラッキングしちゃうなんてさ」
空間に歪んだホログラムとなって現れたのは、ゴーグルを跳ね上げた少女、ルチアだった。彼女の背景には、錆びついた歯車と怪しげなネオンが明滅する、見たこともない異世界の路地裏が映し出されている。
「挨拶は抜きだ、ルチア。時間が無い。……お前が言っていた、公社をハメ返せる『禁忌のコモディティ(裏商品)』の正体を教えてもらおうか」
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ルチアはホログラムの中で不敵にニヤリと笑うと、手元のジャンク端末を操作して、ある精緻なデータ構造図をレオンたちに向けて展開した。
公社の支配が届かない多元宇宙の死角――通称『ジャンク・セクター』に眠る、莫大な富の構造について説明を始めた。
公社は徹底的な「効率主義」と「大量生産」によって多元宇宙の資源を吸い上げている。しかし、その過程で、あまりにも処理が不確実でコストが見合わないという理由から、切り捨てられて放棄された高濃度マナの廃棄物――『虚無のマナ(ボイド・マナ)』と呼ばれる、制御不能の暗黒エネルギーが特定の次元に数百年分も不法投棄されていた。
『公社のエリートどもは、それをただの「減価償却の終わった産業廃棄物」だと思ってる。だけどね、あれを超高純度のエネルギー燃料へと反転・精製できれば、公社の最高幹部たちが乗る次元戦艦の主機すら動かせる、天文学的な価値を持つプラチナ資産に大化けするんだよ』
「……そんな都合のいい話があるか。公社の技術で精製できない不良資産を、なぜ俺たちが扱える」
レオンが鋭く指摘する。
『そこが盲点なんだよ、お兄さん!』
ルチアは画面を叩いた。
『公社のシステムは、すべてが「標準化」された機械のライン。だから、不規則に爆発するボイド・マナを処理しようとすると、システムが勝手に危険物として弾いちゃうの。だけど、あんたたちの世界には、公社が最も非効率として切り捨てた最強の武器があるじゃない。――そう、人間の指先による「職人の手技」だよ!』
レオンの目が、微かに見開かれた。
ミュリンの、精霊の癖を見抜きながら一打ちごとに魔力を込める絶技。クロエの、植物の個体差に合わせてマナの配合をミリ単位で調整する精霊農業。それら「自動化不可能な規格外の手技」こそが、暴れ狂うボイド・マナの歪みを完璧に手動で制御し、至高の燃料へと変形させられる唯一の触媒なのだ。
「なるほどな。公社が拡大すればするほど、彼らのシステムは均一化され、ローカルな応用力が失われていく。そのシステムの『隙間』に、俺たちの職人技術がパズルのピースみたいに完璧に噛み合うわけか」
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「話は読めたわ、レオン」
それまで黙って聞いていたリーゼロッテが、突如として立ち上がり、その双眸に為替の魔女としてのギラリとした覇気を蘇らせた。
「あのステラとかいうお局監査官の鼻を明かすプランね。ただの密輸じゃ公社に見つかって没収されるのがオチだけど……、そのジャンク・セクターの裏商品を担保にして、私たちが新たな『異世界先物市場』を勝手に開設しちゃえばいいのよ!」
「クスクス……、流石はお嬢様だ。悪知恵の回り方だけは特級品だな」
レオンは満足げに微笑んだ。ただ商品を売るのではなく、「市場のルールそのもの」を自分たちで構築して上場させる。それこそが、公社の法的追及を完全に無効化する唯一の防衛策だった。
「ミュリン、クロエ。またお前たちの無理難題に付き合ってもらうことになるが、いいか?」
「あったりまえじゃない! 私のハンマーが、異世界のゴミを最高のお宝に変えてみせるわ!」
ミュリンが胸をドンと叩く。クロエもまた、「私たちの生きる権利を買い叩こうとしたこと、百倍にして利息を返してあげましょう」と、大鎌を握り直して微笑んだ。
「決まりだ。ルチア、お前のナビゲートでその『ジャンク・セクター』へ繋がる裏口を開け。俺たちが直接、市場調査に乗り込んでやる」
『オッケー、気に入ったよお兄さんたち! 王都の最下層にある、古代遺跡の歪みをこっちから強制開放する。飛び込んできな!』
ルチアの合図と共に、王都の地下から凄まじい次元の共振波が立ち上り、レオンたちの目の前の空間が、蒸気と火花を散らしながら漆黒の『門』となって引き裂かれた。
レオンを先頭に、リーゼロッテ、ミュリン、クロエの四人は、一秒の躊躇もなくその異次元の深淵へと足を踏み入れた。
激しい浮遊感のあと、彼女たちが辿り着いたのは、錆びついた巨大な配管が這い回り、怪しげな魔導ネオンが紫煙の中に明滅する、退廃的で混沌とした異次元の闇市場だった。
しかし、勝利への第一歩を踏み出したはずのレオンたちの前に、冷酷な金属音が響き渡る。
通路の陰から突如として現れたのは、同盟の騎士とは明らかに異なる、全身を黒いサイバー装甲で固めた公社の『次元私兵』の一隊だった。彼らの手にする魔導重銃の冷たい銃口が、一斉にレオンたちの眉間へと突きつけられる――。




