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第15話:大いなる貸付手(グランド・クレジター)、あるいは神殺しの敵対的買収

天を衝く黒いマナの光柱が黄金色へと融解し、大陸中央の地平線から、おぞましくも美しい「概念」がその姿を現した。

それは、同盟が三百年間かけて大陸全土から貪り食ってきた富、欲望、そして無数の人々の生命力の結晶。数京ゴールドという天文学的な『債権の総量』そのものが物理的な実体を持った姿――『大いなる貸付手グランド・クレジター』。


無数のゴールド硬貨が超高温で融解し、絡み合う鎖となって、数千メートルの巨大な黄金の巨神を形作っている。その顔面には目も鼻もなく、ただ冷酷に明滅する「同盟の貸借対照表バランスシート」の数字だけが刻まれていた。巨神がルード王国へ向けて一歩を踏み出すたびに、大地はひび割れ、周囲の空間そのものが「ゴールド換算の価値」へと強制的に固定され、色を失って砂へと崩れていく。


「馬鹿な……、理事会の老人たちは、自分たち自身を同盟のシステムそのものと融合(相殺)させたというのか!?」


マクシミリアンが魔導戦車の上で激しく狼狽し、モノクルを地面に落とした。

彼がどれだけ一〇〇%の予測を立てようとも、現れたのは「世界経済のルールそのもの」が具現化した神だ。人間が自然現象に勝てないように、経済圏の中に生きる者が、その経済圏の創造主に抗う術など存在しない。


「――無駄な抵抗を。全大陸の生命(資産)は、これより同盟の永久債務として回収される」


巨神の足元から放たれた黄金の波動が、国境の台地を瞬時に覆い尽くした。

ハチミツ本位制によって一時的に持ち直した『精霊手形』の価値が、今度は巨神が放つ「圧倒的な物量(天文学的な数字の暴力)」の前に、じわじわと押し潰され始める。クロエの農場から溢れていた豊かな緑の魔力も、ミュリンの精霊炉の爆炎も、巨神が近づくだけで『時価:ゴールド』の概念に上書きされ、その輝きを失っていく。世界そのものが、巨大な中央銀行の帳簿の中に強制的に吸い込まれようとしていた。


「レオン……、もう、本当に計算が立たないわ……」


リーゼロッテがレオンの外套の裾を強く握りしめ、青ざめた顔で頭上の巨神を見上げた。彼女の頭脳は、世界一の計算能力を誇る。だからこそ、目の前の巨神が持つ「三百年の債権総額」という数字が、ルード王国の持つ実物資産を遥かに超越していることを、誰よりも正確に弾き出してしまっていた。


「私の総裁としての権限も、金利の操作も、あの『神』の前ではただの端数に過ぎない。どんなにハチミツの価値が高くても、世界全体の借金を一国で肩代わり(弁済)することなんて不可能なのよ……っ」


クロエもミュリンも、そして寝返ったフェリックスまでもが、その圧倒的な神威の前に絶望の息を漏らす。

だが、その全域的な絶望の渦中で、レオン・ヴァルハイトだけは、ふっと低く、愉しげに笑った。


「いいや、お嬢様。お前の算盤は正確だが、一つだけ『中央のエリート』としての悪癖が抜けていない。どんなに巨大で、どれだけ神々しく見えようが――実体を持って市場ここに降りてきた以上、そいつには必ず『倒産のルール』が適用されるのさ」


レオンは一歩前に出ると、懐からルード王国の『精霊手形』を一枚、天に向けて掲げ、巨神の足元を揺るがす、前代未聞の「神殺しの経済学」を語り始めた。


エレオノーラや理事会の老人たちが犯した最大の致命傷。それは、概念であったはずの『同盟の債権』を、物理的な実体モンスターとして市場に具現化させてしまったことだ。

実体があるということは、それは経済学において「一つの巨大な持株会社メガ・コーポレーション」として定義される。そして、どれだけ巨大な企業であっても、その資産の裏付けが「実体のない信用(不良債権)」ばかりであれば、一瞬で企業価値をゼロにする手法が存在する。


敵対的買収ホスタイル・テイクオーバー――それが、あの神に対する俺たちの最終交渉デッドライン・ネゴシエーションだ」


「て、敵対的買収……!? あの神を、丸ごと買い叩くっていうの!?」

トマスが通信機の向こうで顎が外れそうな声を上げた。


「そうだ。あの巨神の肉体は、暴落したゴールドと、人々から強引に徴収した債権でできている。つまり、現在の奴の『自己資本比率』は極限まで低下しており、中身はただの焦げ付き(不良債権)の塊だ。――リーゼロッテ、お前の持つ『中央銀行の監査権』を今すぐ発動しろ。奴の資産価値を強制的に『減損処理』するんだ!」


「っ! そうか……! 実体化したなら、監査の対象にできるわ! ……大陸中央銀行総裁の権限において命令する! 『大いなる貸付手』の保有資産の再評価マーク・トゥ・マーケットを開始しなさい!」


リーゼロッテがソロバンを激しく弾くと、巨神の胸に刻まれていた貸借対照表の数字が、バチバチと火花を散らして急激に減少を始めた。数京あったはずの資産が、ただの「回収不能な不良債権」として、公的にゼロへと書き換えられていく。


「そしてミュリン、クロエ! お前たちの出番だ!」

レオンが振り返り、二人の職人の少女へと叫ぶ。


「あの神には、職人の手技も、土地の豊穣も、将来の成長性フローも一切含まれていない! つまり『無形資産(のれん代)』が皆無なんだよ! お前たちの持つ『未来の労働価値』を担保に、精霊手形の株式価値を無限に増資しろ!」


「分かったわ! 私の未来の技術、全部この手形に乗せてあげる!」

「うちの農場がこれから生み出す、百年の豊穣を前借りしなさい!」


ミュリンのハンマーが精霊炉を叩き、クロエの魔力が大地に溶け込む。

ルード王国が持つ「本物の生産力(未来の価値)」が、精霊手形を通じて爆発的な『買い注文』となって市場へ突入した。


ドゴォォォォォォォォォォォン!!!


巨神の黄金の肉体が、内側から激しく剥離し始めた。

資産価値をゼロに落とされた巨神(同盟)に対し、圧倒的な未来の価値を持つ精霊手形経済圏(ルード王国)が、市場を通じて「株式の過半数」を強引に買い占めたのだ。世界の支配者であったはずの神が、今やレオンたちの手によって、合法的に「解体・買収」されようとしていた。


『オ……、オオオオオオオオ……ッ!? 我らの、債権が……、支配権マジョリティが、辺境の職人ごときに、奪われる……だと……!?』


巨神の顔面に刻まれた数字が、ついに『破産デフォルト』の文字へと変わり、黄金の巨躯がガラガラと音を立てて崩壊し始める。

勝負は決した。どれだけ強大な暴力であろうとも、市場のルールを逆手に取った特級交渉人の策略の前に、大陸を支配した「ゴールドの神」すらも完全無欠に買い叩かれたのだ。


光の粒子となって消えゆく巨神の奥から、元の姿に戻って地面に崩れ落ちるエレオノーラと理事会の老人たちの姿が見えた。ルード王国は、ついに巨大资本のすべての猛攻を退け、完全なる勝利を掴み取った。


ミュリンやクロエ、そしてトマスたちが勝利の歓声を上げ、レオンの周りに駆け寄ってくる。

だが、レオンはただ一人、崩壊した神の座のさらに奥――次元の裂け目からこぼれ落ちた、一枚の『漆黒の契約書』を拾い上げ、その瞳をかつてないほどに険しく曇らせていた。


「これは……、大陸同盟の裏にいた、本当の『買い手』の正体か」


そこに記されていたのは、大陸全土の経済を裏から操っていた、さらなる高次元の「異世界の超巨大多国籍企業」の存在。

辺境の関税戦争を勝ち抜いたレオンたちの前に、ついに世界の構造そのものを揺るがす、真の『グローバル・メガコーポ』の影が落ちようとしていた――。

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