4.5話「未明」
まだ日の光も差し込まない未明、オレは目を覚ました。
なんとなく、身体が軽い気がする。
寝床が良かったのか、それとも昨夜の飯か。
どちらでもいいが、悪くない。
ああいうのを腹いっぱいに食えたのは、久しぶりだった。
昨日のメイドが迎えに来ると言っていた気もするが、まだ早いはずだ。
(……外、出るか。)
部屋にいても、特にすることもない。
そう思って、オレは扉に手をかけた。
外に出ると、太陽も昇っていない街は昨日とは違うように見えた。
往来する人も少ない。
靴の音がやけに響く。
昨日ここに来たときは、人の声でかき消されていただろう。
宿の近くに流れている川に、月明かりが落ちている。
水面が揺れて、光もそれに合わせて揺れていた。
水の流れる心地の良い響きに耳を傾けながら、街を眺める。
まだ日も登っていないというのに、窓から明かりが漏れている建物があった。
……早いな。
一階は閉じられていて、中の様子は見えない。
両隣は暗いままだ。
店か、仕事か。
それとも――
そこまで考えて、やめた。
(駄目だな、仕事でもないのに深く観察してしまった。)
考えを振り払おうと手を頭に近づけたとき、視界に吊るされている板が入った。
見慣れない形が刻まれている。
見たことがない。
……近くで見ればわかるかもしれない。
(……?)
路地裏で何か擦れる音が聞こえたような気がした。
そちらに視線を向けると、小動物が駆けていくのが見えた。
(気のせい、か……。)
再度、吊るされた板へと視線を移す。
――さっきより、わずかに空気が重い気がした。
足を止め、再度路地裏に目を向ける。
先ほどよりも距離は遠いが、わずかに足音が聞こえる。
それだけではない。話声のような、空気が揺れる音も混じる。
(……なんだ?)
店の裏か、家の裏か。
この通りなら、どちらでもおかしくはない。
先ほどはすぐに視線を外したが、よく見ると木箱や麻袋、木材が雑然と置かれている。
石畳も、継ぎ目が広く、ところどころ欠けている箇所や沈んでいる箇所もある。
……人が通る道には見えない。
(不穏だな……。)
一歩、路地裏に足を踏み入れる。
足に伝わる石の感触が、わずかに違う。表通りよりも少々粗く、靴底に引っかかる。
ジャリジャリ、と音を立てて奥へ進んでいく。
突き当りに差し掛かった、その時――
――音がやんだ。
足音も、話し声も、何も聞こえない。
どこか屋内に入ったわけでも、路地裏を抜けたわけでもない。まして、気配を消したわけでもない。
先ほどまで確かにあったはずの気配が、消えている。
……いや、消えたのではない。
――まるで、初めからなかったかのようだ。
それがいったい何なのかわからない。
ただ、何かが起きた気がした。
(……やめておくか。)
これ以上の深追いは、面倒ごとになる。
そう判断し、オレはその場を後にした。
路地裏から出ると、先ほどまでの空気が嘘のように軽い。
なんだか、散策する気分でもなくなってしまったので、宿に戻ることにした。
結局、あの気配は何だったのか。
後ろ髪をひかれる気分ではあるが、今は忘れることにした。
日が昇ったころ、メイドがオレを迎えにやってきた。




