4話「保留」
今日は、使用人の候補として一人屋敷にやってくる日だ。アゼル曰く、まだ若い少年らしいが、どんな人間なのかわからない。
昼を少し過ぎたころ、ダイニングに呼ばれた。ようやく到着したのだろうか。部屋に入ると、母と兄、姉の他にアゼルとヴェリアも揃っていた。どうやら、ただの顔合わせではなく、本格的に雇うつもりでいるらしい。
――なぜだろう、落ち着かない。
しばらくして、ドアが叩かれる。
ドアが開くと、そこには父・ダミアンと一人の少年が立っていた。
私は思わず目を見開いた。だって、そこに立っていたのは、忘れるはずがない。
――スラムの境界。
――縛られた手足。
――「去れ」とだけ言って背を向けた少年。
あの時の少年だ。
父によれば、少年の名前はレンというらしい。歳は覚えていないそうだが、見たところ私と同じくらいに思える。
うちで働く動機は、「都合がいいから」とだけあっさりと答えていた。それ以上は何も語らなかった。
真意はよくわからない。
ただ、一つだけ引っかかる。
彼は、私に一度も視線を向けなかった。
……気づいていないのだろうか。それとも、覚えていないのだろうか?
母が一通り質問を終えると、彼はこの屋敷を出ていった。
「さて、レンも宿へ向かったことだし、本当に雇うかどうか話し合おうか。」
「本当に彼を雇うんですか?」
「アルデンの言わんとすることはわかる。レンはつかみどころのない男だ。素性は不明、歳も覚えていない。挙句、例の事件のことも知らないと来た。」
「それでは、なぜ雇うんですか?」
「それはミリアが知っているんじゃないか?」
突然話を振られた。
心臓が、一瞬だけ強く脈打つ。
私が、知っている?
彼が私を救ってくれた。それは間違いない。顔も、声も同じだった。髪は少し伸びていたが、たったそれだけだ。
あの時の少年と同じだった。
父と兄が、どうなんだと言わんばかりの視線を向けてくる。
「えっと……。」
そこで母が口を開いた。
「確かに、人間としては情報が少なすぎるから信用できないわ。でも、嘘をついているようには見えなかった。」
「そうだな。私と一対一で話したときも本音しか語っていないように見えた。」
父がそう返すと、兄が眉をひそめた。
「嘘をつかないとしても、それが信用にたる人間であるという証明にはなりません。」
「それもそうだ。だが、完璧に信用できる人間というのも使用人の中にはいない。それが事実だ。」
父がそういうと、兄は押し黙った。
「それに、少しは信用に足りる人間であるというのは、ミリアが知っているはずだ。」
「そうだ、結局どうなんだ?」
そう言い、再度視線が私に集まる。
「ミリアを助けたという少年は、彼なんだろう?」
「えっと……、その……。」
思わず言い淀む。
あっている。でも、それをどう言えばいいのかわからない。
家族は、静かに私の言葉を待っていた。
責めているわけではない、ただ真実を待っているように。
「彼を……、知ってる……。」
一言、また一言と何とか絞りだす。
「声が……、あの時の少年と……、同じ……。」
「そう。」
姉が優しく相槌を打つ。
「髪は少し伸びてたけど……、雰囲気は変わってなかった……。」
「そうか。」
父は小さく頷いた。
言い終えると、部屋に静寂が訪れる。鳥の鳴き声だけが、やけに大きく聞こえた。
そして、父がゆっくりと口を開く。
「結論から言うと、ミリアには悪いが、それが全て真実であると断定することはできない。」
わかるな?と父が添える。
私は、短く頷いた。証拠が足りないことは理解している。
「だが、全てを否定することもできないのが現状だ。」
窓から差す、茜色の光が長い一日の終わりを告げていた。
私は、何も言わなかった。
それでいいと、わかっていたから。




