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境界の記録  作者: 厚焼きたまご
1章「招かれた居場所」

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4話「保留」

 今日は、使用人の候補として一人屋敷にやってくる日だ。アゼル曰く、まだ若い少年らしいが、どんな人間なのかわからない。

 昼を少し過ぎたころ、ダイニングに呼ばれた。ようやく到着したのだろうか。部屋に入ると、母と兄、姉の他にアゼルとヴェリアも揃っていた。どうやら、ただの顔合わせではなく、本格的に雇うつもりでいるらしい。

――なぜだろう、落ち着かない。



 しばらくして、ドアが叩かれる。

 ドアが開くと、そこには父・ダミアンと一人の少年が立っていた。


 私は思わず目を見開いた。だって、そこに立っていたのは、忘れるはずがない。


――スラムの境界。


――縛られた手足。


――「去れ」とだけ言って背を向けた少年。


あの時の少年だ。


 父によれば、少年の名前はレンというらしい。歳は覚えていないそうだが、見たところ私と同じくらいに思える。

 うちで働く動機は、「都合がいいから」とだけあっさりと答えていた。それ以上は何も語らなかった。


 真意はよくわからない。


 ただ、一つだけ引っかかる。

 彼は、私に一度も視線を向けなかった。


 ……気づいていないのだろうか。それとも、覚えていないのだろうか?



 母が一通り質問を終えると、彼はこの屋敷を出ていった。

「さて、レンも宿へ向かったことだし、本当に雇うかどうか話し合おうか。」

「本当に彼を雇うんですか?」


「アルデンの言わんとすることはわかる。レンはつかみどころのない男だ。素性は不明、歳も覚えていない。挙句、例の事件のことも知らないと来た。」

「それでは、なぜ雇うんですか?」


「それはミリアが知っているんじゃないか?」

 突然話を振られた。


 心臓が、一瞬だけ強く脈打つ。

 私が、知っている?


 彼が私を救ってくれた。それは間違いない。顔も、声も同じだった。髪は少し伸びていたが、たったそれだけだ。


 あの時の少年と同じだった。


 父と兄が、どうなんだと言わんばかりの視線を向けてくる。

「えっと……。」


 そこで母が口を開いた。

「確かに、人間としては情報が少なすぎるから信用できないわ。でも、嘘をついているようには見えなかった。」

「そうだな。私と一対一で話したときも本音しか語っていないように見えた。」


 父がそう返すと、兄が眉をひそめた。

「嘘をつかないとしても、それが信用にたる人間であるという証明にはなりません。」

「それもそうだ。だが、完璧に信用できる人間というのも使用人の中にはいない。それが事実だ。」


 父がそういうと、兄は押し黙った。

「それに、少しは信用に足りる人間であるというのは、ミリアが知っているはずだ。」

「そうだ、結局どうなんだ?」


 そう言い、再度視線が私に集まる。

「ミリアを助けたという少年は、彼なんだろう?」

「えっと……、その……。」


 思わず言い淀む。

 あっている。でも、それをどう言えばいいのかわからない。


 家族は、静かに私の言葉を待っていた。

 責めているわけではない、ただ真実を待っているように。


「彼を……、知ってる……。」

 一言、また一言と何とか絞りだす。


「声が……、あの時の少年と……、同じ……。」

「そう。」

 姉が優しく相槌を打つ。


「髪は少し伸びてたけど……、雰囲気は変わってなかった……。」

「そうか。」

 父は小さく頷いた。


 言い終えると、部屋に静寂が訪れる。鳥の鳴き声だけが、やけに大きく聞こえた。

 そして、父がゆっくりと口を開く。

「結論から言うと、ミリアには悪いが、それが全て真実であると断定することはできない。」

 わかるな?と父が添える。

 私は、短く頷いた。証拠が足りないことは理解している。


「だが、全てを否定することもできないのが現状だ。」



 窓から差す、茜色の光が長い一日の終わりを告げていた。



 私は、何も言わなかった。

 それでいいと、わかっていたから。

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