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悪役令嬢、サキュバスを泣かす

「バリスタと投石器は部品をばらして、とにかく使える物を一台でも多く作りましょう。

城壁のがれきや矢じりも、魔族が小休止している今のうちに回収してきてください」


 エリシアはてきぱきと砦の兵士たちに指示をだす。


「それから、城壁の穴とかひびはなにか適当なもので塞ぐようにしてください。

どなたか魔法で結界を張れる方はいないのですか?」

「いや、あいにく魔導士たちはみんな逃げちまっています」

「ふう。仕方ありません。わたくしがやるしかないようですね」


 エリシアはこめかみに手を当てながら小さくため息をついた。朝から今、この夕刻まで休まず動き回っているのだから無理もなかった。


「いや、ちょっとエリシア様。少し休んでください」


 副官が心配そうに言った。しかし、エリシアは首を振る。


「いいえ、塞いだだけでは強度的に不十分ですから、結界の施術をする必要が……」

「ダメですって。ふらふらじゃないですか。結界を張るのは明日でもよいでしょう。それまでは穴は兵士たちに見張らせますから。今、エリシア様に倒れられたら、それこそ一大事です。だから、今夜はもうお休みください。砦の修理は俺たちでやっておきますから」

「……

そうですか。ではお言葉に甘えて、今日は少し休ませていただきます」

「ああ、そうしてください。そうしてください。部屋は、司令官の部屋をそのまま遠慮なく使って下さい。あれはもうエリシア様の部屋です。誰にも文句は言わせません」


 エリシアは副官にお辞儀をすると、そのまま司令官の部屋に向かった。

 そんな様子を尖塔の屋根からじっと見つめる影が一つあった。


「ふーん。どうもあの女が砦の指揮官のようね。女の指揮官とは珍しい。

さても砦の秘密とはあの女の事なのかしら、それとも別のなにか……?」


 サクラントスは一人呟くと、屋根からふわりと中庭に降り立った。


「まあ、あの女を掴まえて、じっくり締め上げればわかるわ」



司令官の部屋。

 エリシアは服を脱ぎ、髪をおろした。用意した鍋で湯を沸かし、体の汚れを落とし、ようやく安堵の吐息を漏らした。


「ああ、生き返りますわ。

本当にもう。あの人たちは強引なんだから困りますわ。

巨人族を追い払ったら追放するってお約束なのに、いや、まだ、駄目ですの一点張りなんですから。

とにかく、一刻も早く砦を立て直さないと……

やっぱり魔法が使える者が一人もいないというのが致命的ですわね。投石器もバリスタも当面数は足りないでしょうから」


 体をふきながらもエリシアはぶつぶつと砦の再建策を考えていた。そのため、司令官室の窓から忍び込んできた陰に気づくことはなかった。と、エリシアはポンと手をたたいた。


「あっ! そうですわ!! 

お父様に(うち)の魔導士を10人ほど送ってもらえるようお願いをしましょう。

そうとなったら善は急げですわ」


 エリシアは下着姿のまま、机にむかうといそいそと手紙を書き始めた。

 一方、部屋に忍び込んだ影はするすると床を伝い、手紙を書いているエリシアの背後へ忍び寄った。

 むくむくと影が隆起して、サクラントスが姿を現した。

 エリシアは手紙に集中していてまるで気づく様子はなかった。

 サクラントスは舌なめずりをすると一気にエリシアに襲い掛かった。


「キャン!」


 あと少しでエリシアに手が届く、と思ったその瞬間、サクラントスの体は床に叩きつけられた。


「な、な、なによこれは!?」


 淡く光る床に這いつくばり、身動きがとれなくなったサクラントスは狼狽して叫んだ。


「あら、念のために仕掛けておいたトラップに引っかかったと思ったらなんと、サキュバスさんではないですか! 

それもよく見たら、ピンクヘアーのサキュバスさんなんて、ああ夢のようですわ!!」

「へ、へ?!」


 サクラントスが声の方へ顔を向けると、エリシアが興味深そうに瞳をキラキラさせながら仁王立ちしていた。


「くっ、よくもこんなふざけた真似を。お前ごとき人間風情に、この四天王の一人、サクラントスがいつまでも拘束されていると思うなよ。こんなトラップすぐにでも外して」

「えっと、えっと、さ、触っても良いですか? ちょっとだけです。ちょっとだけでよいので、その角とか尻尾とか羽根とか」

「え? え? なにを言っているの」

「やーん。もう触っちゃおうっと!」


 生サキュバスを目の当たりにしてエリシアは完全に舞い上がっているようだった。サクラントスの承諾を聞くこともなく、角や髪、羽根をぺたぺた、すりすり触り始めた。


「ちょ、ちょっとなにしてるのあなた。 いや、いやん、やめて、さわさわしないで」


 サキュバスは体をよじるがトラップのせいでうまく体が動かず、触られるままになる。もはやトラップ解除などしている余裕はなかった。


「はーー、ほーー。

髪の色が角度によってちょっと違って見えますね。単色でなくて光学的な色彩なんだ。カラスとか鳩の羽根と同じ原理なんですね。

それに羽根。蝙蝠みたいなお羽根ですからもっとごつごつしているかと思ったら、すごいモフモフで触り心地がよいですわぁ。もうずっと触っていたい。こういうのはイラストでは絶対分かりませんわよね。ふんふん」

「ちょっと、羽根はダメだって。び、敏感なんだから、ちょっと、ほんと、やめて。

あん、あん。

ダメ、ほんとにダメなんだってぇ。

いやだ。もう、やめて、うぇーーん」


ついにサクラントスは大泣きを始めたため、さすがのエリシアも正気に戻った。


「あ、あ、ごめんなさい。つい、我を忘れてしまっていましたわ。

ごめんなさい。もう、触りませんから。

ね、ね、泣かないで」

「いやだ、いやだ。もう、魔王様に言いつけてやる。魔王様は強いんだから、お前なんかアッと今に倒しちゃうんだからぁ。グズグズ」

「え? 魔王。魔王が来ているのですか?」


エリシアは驚いたように言った。



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