悪役令嬢、砦に護送される
魔断の壁
それは魔族と人間の領域を分かつ魔法の障壁。
およそ二百年前、ハップス王朝の時代、時の王 バルトザーク2世と第89代魔王 深紅のレイブレアの間で不可侵協定が結ばれた折に作られたもの。
この障壁を乗り越えることはドラゴンにも巨人族にも不可能。
人と魔族の領域をつなぐ唯一の出入り口を守るのはかの有名な絶望の砦、グルドグラハム!
ああ、グ ル ド グ ラ ハ ム !
なんと神々しい響きでしょう!!
「あのう……さっきからなにをお一人おっしゃっているのでしょうか」
馬車の中、真向かいに座っている2人の護送兵の一人がおそるおそる尋ねた。
「なにって、これから行くグルドグラハムの予習ですわ」
と、エリシアは臆せず答える。
卒業パーティーで着ていた華美なドレスではない。それは魔族領への移動を想定した、実用一点張りの服装だった。
くすんだカーキ色の上着は動きやすく、丈夫で軽い防水効果がある生地を使っていた。
脚には同じ生地で作られた膝丈のパンツ。
つばの広い帽子はまだ被らず、膝の上にちょこんと置かれていた。あごひももついているので、突風でも安心である。
護送兵は戸惑い、互いに顔を見合わせる。
「あのなんで貴女はそんなに落ち着いていらっしゃるので?」
やや血の気の引いた白い顔でもう1人の護送兵が小さな声で聞く。
実は2人は護送前に皇太子殿下直々に、エミリアを極力ぞんざいに扱い恐怖と屈辱にまみれた状態で魔族領へ放逐せよ、命じられていたのだが、護送開始からエミリアから魔族に関するあれやこれやの豆知識、蜘蛛女の食事の仕方やら吸血コウモリの媒介する恐ろしい伝染病などを詳細に披露され、すっかり怖気づいていた。
「落ち着いているなんてことはありませんわ。もうすぐ魔族たちに会えると思うとドキドキがとまりませんわ」
「だからなんでそんなにうれしそうなんですか。魔族なんて凶暴で恐ろしいだけじゃないですか」
「誤解ですわ。彼らはわたくしたちと同じように知性を持った存在ですことよ」
「いや、いや、俺っちの田舎じゃ、そんなこと言って不用意に魔物に近づいて、問答無用で食われちまった奴の昔話ばかりですぜ。あいつらにゃ、言葉なんて通じっこねぇっす」
「そんなのは偏見です。ちゃんと不可侵条約を結んでいるのが何よりの証拠ではないですか。
いいですわ。もう一度、その辺のことをじーっくりとお聞かせしましょう」
「いや、もう勘弁してくださいぃ~」
護送兵たちは同時に悲鳴を上げた。
そんなこんなで2日後、エミリア一行は無事、グルドグラハムに到着した。
到着したのだが……
キシャーーッ!!
ドゴォオン!!
砦は、空を覆い隠さんとするほどの無数のワイバーンが飛び交い、屈強なミノタウロスが巨岩を投げつけていた。
轟音とともに城壁の一部が吹き飛び、ついでに何人かの兵士がばらばらと城壁から落下する。
砦は阿鼻叫喚の様相を呈していた。




