悪役令嬢、魔王とともに王都に戻る
「不可侵条約になぜ違反するか、……か」
魔王は独り言のように呟いた。そしてじっとエリシアを睨みつける。
魔王覇気を受け、エリシアは一瞬力が抜けたが、歯を食いしばり耐える。
交渉する前に圧倒されるわけにはいかない。それは伯爵家として受けてきた教育と矜持がそう言わせていた。
「ふん。耐えるか。面白い。
……良いだろう。
その言葉、そっくり貴殿らにお返ししよう」
「? どういうことでしょうか。
わたくしたち人が魔族の領地を犯しているとおっしゃられていますか?」
「正確ではない。貴殿は、フォルガナンは知っているか?」
「はい、南海にある島ですよね。さまざまな不思議な生き物が住まう島。
そこから人や魔族が生まれたという、原初にして聖なる島。それがなにか?」
「フォルガナンは魔族も人も立ち入ってはならず、触れることも禁止されている。それは知っているか?」
「勿論ですわ! それも不可侵条約に明文化されておりますもの。それがなにか……、まさか、フォルガナンにわたくしたち、人が立ち入っていると?」
「そう。そのまさかなことが起こっている」
「いえ、でもそのようなことが……なにか証拠のようなものがあるのでしょうか」
「あるぞ、見たいなら見せてやろう。サクラントス、あれを持ってまいれ」
それから1時間ほど経った頃、エリシアとデクリファスは双方机を間に挟み、差しで話を進めていた。
「仮にそうだとしても砦を襲うなどは暴挙でしょう」
「事情は話して、通せという使者は何度も送っておる。しかし、許可がおりんの一点張りで埒が明かなかったからやむを得ずだ。こちらに非があるとは言わせんぞ」
「うう。それは確かにそうなのですが……」
「だが、それももうよかろう。今は貴殿が砦の司令官ならば、話は早い。我らを通せ。それだけのことだ」
「いえ、いえ、待ってください。このまま王都まで進軍されるおつもりですか?
王都まではまだいくつもの砦や村や町があるのですよ」
「それがどうした。我らが負けるとでも思っているか?
貴殿の奇策には苦戦したが、それが何度も通じるとは思わないことだ」
「そうじゃありません。デクリファス様なら何の問題もなく蹴散らせるでしょう」
「ならばよいではないか」
「それが駄目だといっているのです。
そんなことをすれば、一体どれだけの人が不幸になると思われるのです。
田畑が燃え、家が壊れるのですよ。迷惑だから止めてくださいといっています」
「とはいってもな。フォルガナンのことを放置するわけにはいかん」
「それも存じておりますわ。 ああ、どうすれば……あ、そうだ、転移して一気に王都に行けばよいのではないですか?」
「それができれば苦労はない。人の領域は魔族の転移魔法を無効化する結界が張られていることは貴殿も知っておろう」
「ええ、知ってますわ。それも不可侵条約の約束事。人と魔族双方が結界術式を持ち寄って作った結界を張ることで自分たちの領域の転移は可能だけれど、他領域へ転移は阻害するようにしたのでしょう。
でも、わたくしは人の領域の結界術式を知っておりますから。魔王様のほうが結界術式を公開していただければ……ふふふふ」
「なるほど、その手があるか。ふはははは」
「えっと、ここをこうして、これがこうで、それとこれをつなげれば、ほらできました。
これで、王の間まで直行ですわ」
「真か?」
「真ですわ」
「うむ、良かろう。サクラントス、ギュルタイコス、ドラギリアスついてまいれ」
「「「はっ」」」
控えていた三人の四天王が立ち上がる。顔色を失ったのは名前を呼ばれなかったタイタロスだ。
「ま、魔王様、私への拝命は?!」
魔王ははるか頭上にあるタイタロスの顔をじっと見ていたが、冷たく言った。
「お前は大きすぎるからな、王の間が壊れそうで、後々めんどくさいことになりそうだから駄目だ」
「そ、そんなぁ」
泣き顔になるタイタロスをエリシアが慌ててなだめる。
「ああ、タイタロス様は魔王様の留守の間、ここで魔族軍の指揮をとられるべきですわ。
ね、そうですわよね。魔王様。タイタロス様へそうご拝命ください」
「お…、おう。そうだな。タイタロスよ。
お前はここで我が戻るまで代理で魔族軍の指揮をとれ。
頼んだぞ」
「は、はい! よろこんで拝命仕ります!!」
魔王は、視線をエリシアへ戻し、そして言った。
「エリシア殿。貴殿も一緒に来てくれ」
「え? わたくしもですか? しかし、わたくしが居ても役には……」
「いいや、人族の事情に精通している貴殿が居ればなにかと心強い。ぜひ一緒に来てくれ」
「え、えぇ~、でも、魔王様がそうおっしゃるのならば、断るわけにも参りませんね。ご一緒させていただきますわ」
「うむ、頼む」
魔王は初めて笑みを浮かべた。




