33
「ブッ」
呆気に取られていた銀子は、風を巻き上げ妖狐の姿から人型に戻ったかと思うと盛大に噴き出した。
「ブフフッ、フフッ、アハハハッ‼ お前さん豪快だねぇ‼」
きなこも小さな猫の姿に戻るとやれやれといった様子で溜め息を吐く。蒼司や堀井は訳が分からないといった顔。ずっと妖怪大戦争のようなものを見せられていたコンビニ帰りの男は泡を吹きそうになっていた。堀井はハッとし、そんな男の正気を促すと、今夜の話は内密にと念を押し、この場から解放していた。
「えーっと、どうなったのかな?」
蒼司がいつになく困惑顔で、銀子はそんな蒼司の姿におかしくて仕方ないようだ。ひたすら笑っている。きなこはそんな銀子に呆れながらも、同じくクスッと笑い蒼司に説明をする。
『その子、訳も分からず黒い影を祓っちゃったみたいなのにゃ』
「え、祓ったの?」
きなこを見下ろし、目を見開いた蒼司は驚きを隠せない。男は興奮気味に肩で息をしている。しかし、自分の拳を見詰め茫然としていた。
「まあ、完全に祓えたようではないみたいだけどね。この場から追い払ったってくらいだろうけど、それでもこの坊やは自力で祓う力を開花させたようだね」
相変わらず笑いを抑えられない様子の銀子は、笑いながらもきなこの言葉を補足した。唖然としたままだった蒼司は、なんとか頭を働かせ理解する。自力で祓う力を開花させられることなどあるのだな、と妙に感心するのだった。それと同時にどれだけ修行を積んでも一切能力が開花することのなかった蒼司にしてみると、そんな男が羨ましくもあり、なんだか複雑な心境となり苦笑する。自身に力のないことはもう幼いうちに自分自身で認め受け入れてきたはずなのに、今もまだこうして心のどこかに引っ掛かってしまう自分が情けなくもなった。こんなマイナスな感情はいらない、と斬り捨てて来た。そうすることで蒼司は自分自身を守ってきたのだ。蒼司はふぅっと小さく息を吐き、男の顔を見た。
「坊や……」
銀子の言葉にとてつもなく嫌そうな顔で振り向いた男の姿に、蒼司は目を丸くし驚くと盛大に噴き出した。先程までの複雑な心境はどこへやらだ。堀井までもが男の嫌そうな顔を目にし噴き出す。腹を抱えて笑い出した。
「ブフッ、アッハッハ! お、お前、その顔!」
「フフフッ」
「おい」
我慢し切れず噴き出す面々に、男は怒り心頭になりながらも、ハァッと深い溜め息を吐き、再び自身の拳を見詰めた。あの力は一体なんだったのか、と考える。今もう一度同じことをしろ、と言われてもおそらく出来ないだろう。男は先程の力をなんとか思い出し使いこなせないものか、と思案する。祓う力さえあれば今後あやかしに悩まされることはなくなるのだ。
「ブフフッ、おい、彌勒堂、この兄ちゃんを住み込みで雇ったらどうだ? 祓う力があるなら役に立つんじゃないのか? あんな馬鹿デカい屋敷に住んでんだ、部屋くらい余ってんだろ?」
堀井が笑いながら、蒼司の肩を叩き言った。それは軽い気持ちで言ったに過ぎないが、蒼司は目を輝かせ男に振り向いた。複雑な思いにはなったが、それは彌勒家との問題であって男には関係のない話だ。彌勒家となんら関わりがなければこんな複雑な心境にすらならないような問題なのだ。それよりも男のことが気になったことのほうが大きかった。
「それ良いですね! 君の力……」
蒼司は男に近寄り肩に手を置いた。その瞬間なにやらぞわりと悪寒のようなものが走る。それは確かこの男に昨日会ったときにも同様に感じた。男に触れると感じるその違和感。それがなんなのか蒼司には分からなかった。じっと男の顔を見詰める蒼司は、なにやら不思議な感覚を覚える。
「うーん、君ってどこかで会ったことある? 昨日会ったときよりもっと前に」
「は? 安っぽいナンパのような台詞だな。俺に気でもあるのか?」
男は馬鹿にするような台詞で嘲笑うかのような顔をするが、蒼司にそういった中傷は通用しない。自分にも他人にも興味のない蒼司には、なにを言われようとも気にしたことなど一切ないからだ。しかし、なぜかこの男にはなにかを感じる。力のない蒼司がそんなものを感じることがないことは、蒼司自身が一番よく分かっているのだが、それでもなにかが引っ掛かるのだ。懐かしさを感じるような、久しぶりに会った友のような。そんな相手はいるはずもない。それなのになにかを感じる不可思議な感覚。
「ナンパって、僕にそんな趣味はないよ……いや、んー、ナンパなのかも?」
顎に手をやり真剣に考え込む蒼司に、堀井は苦笑し、男は若干引き攣った顔をした。
「なんか君のこと気になるんだよねぇ、なんだろう」
他人のことに興味など持ったことなどない。深く関わろうともしない。そんな蒼司がなぜかこの男にだけ食い下がることに堀井は不思議に思ったが、銀子は口元を袖で隠し目を細めた。すっかり笑いは収まったようだ。意味深に目を細め、蒼司と男をじっと見詰めている。
「君、名前は? 行くところがないならうちで働かない?」
「いらん」
プイッとそっぽを向いた男は眉間に皺を寄せる。そんな男の姿に堀井は子供が拗ねているようだと苦笑した。
「まあまあ、坊ちゃん、拗ねてないで年上に甘えてみたらどうだ?」
どちらが年上か、とくだらない口喧嘩をしていたことを持ち出し、堀井はからかうように笑いながら言い、そして男の頭に手を置きワシワシと撫でた。堀井からしてみると蒼司も年下ではあるが、この男は見た目からして若い上に、言動が子供っぽいのだ、と笑う。体格こそ堀井よりもがっしりとはしているが、背の高さは堀井のほうが少し低い程度で左程変わらない。強面なところも堀井からすると、仕事柄そんなものを怖いと思ったことなどないために、蒼司が弟のようだと言った意味をなんとなく理解した堀井だった。
「坊ちゃんって言うな‼」
「じゃあなんて名前なんだよ。俺は堀井岳な、そっちは……」
「僕は南蒼司です」
「うっ、……佐原誠司……」
まんまと堀井に乗せられ名乗るはめになった誠司は苦々しい顔となる。堀井は笑い、蒼司も楽しそうだ。
「じゃあ誠司! お前、彌勒堂で働け」
「はぁ⁉ 勝手に決めんな‼」
「だってお前、どうせマンションとか契約出来ないんだろ? あんな化け物染みたあやかし連れてたら、そら行く先々で怪異を起こすよなぁ。それにあの黒い影、結局ここからいなくなっただけで完全に祓われた訳じゃないんだろ? なら、またお前の周りにやって来るかもなぁ。そうなったときひとりで対処出来るのか?」
「うぐっ」
ニヤリとした堀井に、誠司は言葉を詰まらせる。現に常にあやかしに憑かれていた誠司は、いつもなにかしらの騒動を起こし、同じ場所に長く居つくことが出来ないでいた。黒い影についてもなぜ誠司があんなに固執されていたのかの原因がいまだ不明だ。再び現れて二度も憑かれることになった場合、今のままの誠司ではひとりで対処出来るとは思えなかった。それを見透かされなにも言い返せない誠司は押し黙ってしまった。
誠司と堀井がやいやいと言い合っているのを楽しそうに見詰めていた蒼司は、目を細めじっと見詰めたままの銀子の姿に首を傾げる。
「銀子さん、どうかしました? あの子のことなにか気になるんですか?」
きょとんとした顔で首を傾げる蒼司に振り向き、じっと見詰めた銀子は再び目を細め、そして僅かに微笑んだ。
「ようやく半身が見つかったねぇ」
「え?」




