その13-5 殺し屋と鍛冶師と小悪魔と
そんなわけで、加賀達は店の外に出た。
大通りとは反対側にある扉をくぐると、そこには大きく開かれた中庭のような空間が広がっていた。
四方は建物で囲われているが、十分な広さがあるためジメジメとした雰囲気も無い。
加賀とアルマは壁にもたれかかるように、黒瀬と小悪魔は中庭の中心で対峙して立っている。
「んまぁ、私と加賀は立会人ってところかな? 私たちのどちらかが見切りをつけて降参ってのも有りだよ」
「そりゃあ助かるな」
黒瀬はどんな状況になったところで、意地でも自ら負けを認めないだろう。
そんなときは加賀が勝負を切り上げてしまえばよいのだ。
「そんなのどーでもいいから、早くやるっす!」
大きく腕を空に向かって伸ばしつつ言う黒瀬の手は、何も握っていない。
刃物が使えないなら素手の方が良いのだとか。
「ぶっちゃけ、加賀先輩が止めても私は降参しないっすから、関係ないっすよ」
黒瀬がニッコリと笑って加賀にピースサインを向けてきたので、加賀は隣に立つアルマに小さく話しかける。
「……アルマちゃん、うちのアホがあぁ言ってるけど、どうすんの?」
「んまぁ、いいんじゃない? それはそっちに任せるよ。私は普通に小悪魔の負けを宣言するし、それでも小悪魔が負けを認めなければ力づくで止めるからね。それに、私の見立てだと、どうせ黒瀬が勝つからさ」
「ふぅん?」
どうせ黒瀬が勝つ。
その意見には、加賀も同意であった。
『魔法道具』という未知のものがあったところで、おそらく黒瀬は、あの小悪魔とかいう少女なんて問題なく捻じ伏せるだろう。
明確な根拠があるわけではない。
ただ、戦闘慣れしている様子は見受けられなかった。
今まで、数多くの手練れと戦い、始末してきた加賀にとってみれば、相手を見ただけである程度の戦闘力は測ることができる。
小悪魔の一挙手一投足。
歩き方とか、立ち振る舞いとか。
それだけで分かってしまう。
だから、一つ目の化け物と対峙したときでも逃げる選択肢を強行しなかったし、メリーゼという見知らぬ少女にもホイホイとついて行った。
それは加賀と黒瀬ならどうにでも対処できるだろうという目論見があったからである。
そういう意味では、アルマ。
彼女との戦闘は、できるだけ避けたかった。
加賀の隣で壁にもたれる彼女。
外見とは裏腹に、そこに秘めた力は相当なものである。
……無論、昨日黒瀬が言っていたように、単純な戦闘力ならば加賀や黒瀬の方が上だろう。
しかしそこに『魔法道具』という不確定要素が加わるとなれば、話は別だ。
ただ、今の場合。
黒瀬と、小悪魔の場合。
不確定要素を考慮したとしても埋まることはないであろう戦力差が、そこにはある。
見ただけで分かるほどの、そんな差。
ならば。
ならばアルマが小悪魔を差し向けた意味……思惑は、何だろう。
小悪魔。
先ほどまではアルマに一生懸命抗議していたが、もう諦めがついたのか、どこか落ち着いた様子で黒瀬を見つめている。
彼女にも、何か思惑があるのかもしれない。
それは例えば、自分が到底敵わない力量を持った相手だとしても、自分ができるだけ相手の体力を削り、後続の仲間に託してやる……とか、そんな目論見。
「んまぁ、とにかく始めよっか。二人とも、準備はいいかな?」
アルマが腕を空に向けて言うと、黒瀬と小悪魔は、それぞれ相手を見つめて体を構えた。
それを準備万端だと受け止めたのか、アルマは上げていた腕を振り下ろす。
「んじゃあ、はじめ!」
不確定要素。
加賀が懸念する『魔法道具』という存在。
小悪魔と戦うのが自分であったなら、小悪魔が使う『魔法道具』の正体……少なくとも、その効果や距離を確認してから相手の懐に飛び込んでいくだろう。
しかし黒瀬は、やはりというべきか、分かっていたことではあるが、普通に小悪魔に向かって駆け出した。
低い姿勢で走るその姿はまるで獣のようで、大地を抉るかの勢いで、黒瀬はその腕をしたから思い切り突き上げるように、小悪魔めがけ――放つ!
ナイフを持っていない分だけ、黒瀬はいつもより身軽だ。
必然的にその攻撃に重さは無くなるだろうが、華奢な小悪魔とやり合うには問題ないのだろう。
だからその一撃は難なく決まると思った。
しかし、
「あいたあ!」
黒瀬は、なんか間抜けな声を上げ、小悪魔に触れる寸前、まるで空気の壁に阻まれたかのように、何もない空間に身体を弾き返されたのだ。
「『水鏡之朝星棒』」
と、アルマは腕を組んで口をあけた。
「私が昨日、小悪魔にあげた『魔法道具』だよ」
加賀が小悪魔に視線を移すと、彼女の手に握られた武器が初めて目に映った。
その握られた棒からは鎖が垂れており、その先に透明な水晶がぶら下がっていた。
モーニングスターから鉄球を外し、代わりに水晶玉を取り付けたような武器である。
「面白いでしょ? くっついてる水晶は取り外しできるんだよね。あの『魔法道具』、『水鏡之朝星棒』は、その水晶玉に込められた魔法を増強して、しかも本来あるべき『代償』を無視して使えるって代物なんだよ。小悪魔は色々な魔法の込められた水晶玉をいくつも持ってるようだったから、ちょうどいいやと思ってあげたんだよね」
「……なんかズルいなぁ」
「そう?」
言って、アルマは意地悪な笑みを浮かべて加賀を見る。
「んまぁ、強力な効果の分、すぐ水晶の寿命が来ちゃうんだけどね」
「それが『水鏡之朝星棒』の『代償』ってことか」
「もちろん、そもそも水晶玉に魔法を埋め込むって作業が『代償』といえばそうだから、それも重ねて必要なんだよね。液体は魔法をよく通すから、液体に近い水晶も魔法を閉じ込めるのには最適なんだよね」
そういえばメリーゼが「血液を『魔法道具』として扱う『悪人』もいる」などと言っていたのを思い出した。
「だけれど、好きな魔法を水晶に閉じ込めるってのは、それはそれで難しいんだよ。でも小悪魔はそれが得意って言うんだから、『水鏡之朝星棒』は小悪魔にベストマッチな『魔法道具』ってわけ」
言いつつ、アルマは再び黒瀬と小悪魔の方に視線を移した。
黒瀬は何度も小悪魔に向かって拳や蹴りを放っているが、その全てが弾かれていた。
見えない壁。
「んまぁ、言っちゃうとね、あれは空気の網ってやつかな」
「……空気の網?」
「うん、空気の網。あの水晶に埋め込まれてるのは、小悪魔が仕える人の魔法らしいんだよね。もしものためにーって、その人に協力して埋め込んでもらったとか。小悪魔自身はその魔法の正体を完全に知らないし、私も同じく知らないけどさ」
アルマは目を細め、黒瀬と小悪魔から視線をそらさずに言う。
「私は鍛冶師だから、触って、戦っている様子を見れば、分かる。あれは多分、空気の網」
「……えぇと、空気の網……だから、見えないって?」
「そだね。いや、網と言うよりは、檻って言った方が正しいのかな?」
空気の、檻。
見えない壁……ではなく、見えない檻。
「黒瀬の拳とか蹴りが、小悪魔寸前で止まっちゃうときと、もう少し距離が空いて止まるときがあるでしょ? 網目をうまく通り抜けたときは前者だし、そうじゃないときは後者って感じかな。だから多分、細かい武器とかの攻撃は防げないんだろうね」
例えば、長い槍とか、ナイフの投擲とか、炎とか……もしくは、液体とか。
そういう攻撃ならば、通るということか。
しかし、少なくとも、丸腰の黒瀬では、どうにも通らない。
「んまぁだけれど、あれは防御特化な魔法だよ。攻撃には、お世辞にも向かない。頑張れば空気の檻を動かすこともできるだろうけど、制御するのは大変だろうね」
「……でもそれなら、小悪魔はいくら黒瀬後輩の攻撃を防いだって意味ないよな」
「そ。だから言ってるでしょ? どうせ小悪魔は黒瀬に勝てないってさ」
アルマは視線を変えない。
「小悪魔をけしかけたのは、んまぁ君たちの力量を測れるってのもあるけど……もっと言うと『水鏡之朝星棒』の性能テストって意味もあったけど、一番の目的は、加賀、君とサシで話がしたかったからなんだよね」
クスリ、とアルマは笑って加賀に視線を向ける。
薄らと目を細めて加賀を見つめる。
「黒瀬は人間じゃあないね」




