その13-4 ご機嫌殺人鬼
「おらー! 出て来いっすー!」
加賀と黒瀬は昨日訪れた街……ブロークンブレイクに再び辿り着くと、すぐにアルマの武器屋に向かった。
昨日とは違って人があまり見られなかったのは、おそらく時間帯が早すぎるからなのだろう。
「まだ起きてないんすか!? 開けろコラー!」
「もっと静かにしろよ黒瀬後輩……」
この『世界』の住人がどういう生活リズムを送っているのかは知らないが、まだ寝ている人も大勢いる時間なのかもしれない。
そんなことは知ったこっちゃねえとばかりに、緩く結ばれたおさげを振り乱してドンドンと店の扉を叩き喚き散らす黒瀬。
借金取りか何かか。
加賀がそんな黒瀬を宥めていると、唐突に扉が開く。
「こんな時間に騒いでる人は誰なのかな!? 何時だと思ってんの!? 近所迷惑考えて欲しいんだよね!」
うがー! と両手をあげて現れたのは金髪オールバックでツインテールな女の子だった。
アルマである。
「って、昨日のお客さん……かな」
「昨日ぶりっすね!」
と、黒瀬は笑いながら右手を挙げた。
またいきなりナイフを取り出して……とか、そんな心配はしていたが、どうやら黒瀬もそこまで無茶苦茶ではないらしい。
ふとアルマを見ると、陽気な感じの黒瀬に対し、彼女は何だか疲れたように掌を額に当てていた。
「アルマちゃん、どうかした?」
「……いや、昨晩も同じようなやり取りをしたなぁって思ってね……。あぁ、いやいや、こっちの話かな。えっと……んまぁ、とりあえず店の中に入ってよ」
「ええー、すぐ戦わないんすか!?」
「あー……いや、こんなに早く来るとは思わなかったからね。私も準備とかまだ出来てないから……」
言われてみると、そういえば昨日アルマは「今日と同じ時間」……昼間くらいに待っている、と言っていた。
確かにそれならばアルマの準備が終わっていないというのも納得だ。
しかし……。
それとは別に、アルマの態度に加賀は少しだけ違和感を覚えた。
どこか余所余所しいというか……扱いに困っているかのような、そんな『ぎこちなさ』が感じられた。
「…………」
いや、考えすぎ……なのだろうか。
「黒瀬後輩、確かに来るのが早すぎたよ。黒瀬後輩も相手のコンディションが整ってた方が良いだろ?」
「あー、まー、そうっすけど」
殺し屋からしてみれば、標的の調子が悪い時こそ攻め時ではあるが、しかし今は殺し屋として動いているわけではない。
「んじゃ、とりあえず中へどうぞ。お茶も出してあげるからさ」
「お茶! お茶飲みたいっす!」
テコテコと無防備に店内に足を入れる黒瀬を見る限り、黒瀬の直感(女の勘?)とやらも働いていないようだったので、加賀もそれなりの警戒心は持っていたが、黒瀬とアルマに続いて店に入った。
そこで、アルマとは別の、初めて見る顔が加賀の目に映った。
深紅のポニーテールに、真っ黒な羽と尻尾を生やした少女である。
背丈は黒瀬と同じくらいだろうか。
その小悪魔的な少女は、店の奥にある柱で隠れるようにしてこちらを覗いていた。
「あれ、小悪魔ちゃん、起きたのかな?」
と、アルマはその少女に話しかけた。
その様子からして少女はアルマと知り合いなのだろう。
店がまだ開いていないことから、少なくとも客ではないはずだ。
というか『小悪魔』って、名前なのか?
「は……はい」
少しだけ柱から体を離して、小悪魔と呼ばれた少女は答える。
「大きな声で目が覚めました」
微笑みながら小動物のように首を傾げる黒瀬に「お前のことだよ」と小さく加賀はツッコミを入れた。
「小悪魔ちゃん、あの白い幼女は、まだ寝てる?」
「は、はい。え、えぇと、あの白い幼女はまだ寝てます」
「そっか。お気楽なもんだね」
「いえ……昨日は少し動きすぎましたので、さすがに疲れているのかと……。起こしてきましょうか?」
「んー……いや、いいよ。居ない方がスムーズに話が運べるかもしれないし」
白い幼女……とは誰のことだろうか。
しかし聞く限りだと、昨日遊びすぎたからぐっすり眠っている子供、といったところか。
「んまぁいいや。小悪魔ちゃん、悪いんだけどさ、このお客さん達にお茶淹れてあげてくれるかな?」
「は、はい。かしこまりました。……あの……アルマ様……もしかして……」
「早く持ってきてくれるかな? お客さん待たせちゃあ悪いんだよ?」
「す、すみません」
と、小悪魔はペコリと頭を下げて店の奥へと消えていった。
なんだろう、妙にオドオドしている女の子だ。
店員さんの一人……だろうか。
加賀にはコスプレ少女にしか見えなかったが。
「んまぁ、とりあえず座っちゃってよ」
アルマにソファを勧められたので、加賀と黒瀬は一緒にソファへ沈んだ。
それを見て、向かい側にアルマも腰を掛ける。
「ええっと、なんだっけ、そうそう、私から『悪人』の地位を奪いに来たんだっけ?」
「あぁ、いや、昨日黒瀬後輩と改めて話したんだけど、やっぱり『悪人』の地位とかはいらないかなって結論になったよ」
「え? そうなの?」
「そうなんすか!?」
なんでお前が驚くんだよ、と思ったが無視して加賀は続ける。
「だけれど、『悪人』ってやつの強さは知っておきたいなぁと思って、今日は来たわけ。だから、『悪人』とかそういうのは抜きにして、単純に力比べをしようぜって、感じかな」
「ふぅん? なるほどね」
どことなく緊張が解かれたようにアルマはソファに背中をつけて深々とソファに埋もれた。
「お客さんたちの目的は、『悪人』じゃあ無いってことなのかな。いや……目的がブレてる……もっと言うと、ひょっとして、お客さんたちには明確な目的が無いのかな?」
「あるっすよ! 私たちは、悪い奴らをぶっ殺す……あぁいや、ぶっ倒すんす!」
「言い換えたのがなんか気になるけど……。悪い奴ら……ね。んまぁ、ずっと同じことを目的にして生きてる奴なんていないわけだし、昨日と今日で主張が変わるなんて普通のことだよね。それとも……確かお客さん達は、異世界の人なんだよね。なら、その主張が変わったってのは、召喚主の方なのかな?」
「あぁ、いや、僕たちを召喚した人とは……今はもう離れてて、関係ないんだよ」
と、加賀は言葉を濁した。
その答えにアルマは目を細める。
「ふぅん? ……んまぁ、何にしろ、目的があるってのは良いことかな。目的の無い人生ほど詰まらないものはないからね」
目的のない、人生。
殺し屋の、人生。
殺人鬼の、人生。
「んじゃあ」
と、アルマは加賀に手を差し出した。
「握手しようか。んまぁ、敵同士じゃないよねっていう、そういう意味を込めて」
「…………」
殺し屋の性質的に、その差し出された小さな手に対し、色々と勘繰りを入れてしまう加賀ではあったが……隣に黒瀬がいるこの状況でならどうにでも対応できるだろうと判断し、差し出された手を素直に掴んだ。
「ん、改めてよろしくね、加賀」
「……こちらこそ」
加賀は呼び捨てされたことに驚いたが、しかし有無を言わせない納得感というか、威圧感を感じさせられた。
外見は小さな女の子だというのに、この感覚は何だろうか。
ひょっとしたら実年齢はもっと上……加賀や黒瀬よりもずっと年上だったり……と、そこまで考えたところで有り得ないよな、と思考を遮断した。
「あなたは、黒瀬だったよね?」
アルマが黒瀬に差し出した手は、加賀から見ても少しだけ緊張していた。
それはそうだろう。
昨日はいきなりナイフで攻撃されたのだ。
警戒しない方がおかしい。
この良い感じの雰囲気を壊されてはかなわない、と加賀も黒瀬に注意を配る……が、
「んふふ~、そうっすよ~。よろしくっす」
と、黒瀬は物凄く低姿勢な物腰でにこやかにアルマの手をとった。
おそらく、今日は思う存分に戦えると思って機嫌が良いのだろう。
分かりやすい奴だった。
「う、うん、よろしく、黒瀬」
そんな黒瀬が予想外だったのか、アルマは驚いた様子でそう答えた。
アルマのぎこちない笑顔が印象的だった。
「……あの、お待たせいたしました」
そこで、先ほど店の奥に消えていった小悪魔が再び顔を見せた。
彼女は両手でトレイを持っており、その上にはティーカップが三つ並んでいる。
「悪いね小悪魔ちゃん」
何気なく加賀がそう言うと。
「え、えぇ!? い、い、いえ、とんでもございません!」
滅茶苦茶ビビられた。
何だかショックを受ける加賀だった。
小悪魔は少しだけ震えつつ、カチャリカチャリと音を立て、真っ赤なポニーテールを揺らしながらテーブルへと置く。
「さてさて、話を戻すけどさ、加賀と黒瀬は私と戦いたいんだったよね」
「そうっすよ!」
「んじゃあ、とりあえずこの小悪魔とやってみる?」
「えええええ!?」
小悪魔は手に持っていたトレイを盛大に落として素っ頓狂な声を上げた。
「どどどうして私が」
「小悪魔に勝てないようじゃあ、私には絶対に勝てないからね。んまぁ、腕試しってやつかな? もちろん命を奪うのは禁止ね。相手に負けを認めさせたり、気絶させれば勝ち。一対一の勝負ね」
「そっちは魔法を使うのか?」
「当然かな。だからそちらも武器を使っても良いよ。ただし鈍器に留めてね」
「あの、あの、なんで私が」
「どうだ黒瀬後輩。お前、やってみるか?」
「私は戦えるなら何でも良いっすよ!」
「んじゃあ決まりだね。外へ出るかな」
「いよっしゃー! 戦えるっすー!」
「え、え、あの、アルマ様……」
「さ、早く小悪魔も準備しないとダメかな」
小悪魔の訴えをガン無視して外へ向かうアルマ。
絶望の表情を浮かべる小悪魔。
「…………」
なんか可哀そうな子だなぁ、と加賀は少しだけ同情した。




