その9-3 殺人鬼が絶望するとき
メリーゼの隠れ家に侵入者がいた以上、この場に留まるのは危険だ。
いつ、再びその侵入者が訪れるか分からない。
「そうっすか? べつに、その時はぶっ殺せば良いだけっすよ」
さっさとメリーゼの隠れ家を出て別の場所に潜伏するべきじゃないか、という加賀の意見に対し、黒瀬はとぼけた表情でそう答えた。
「つーか、私は基本野宿ばっかりっすから、たまにはこういうしっかりした家で寝たいんすよ」
元居た『世界』で、黒瀬は家を持っていなかった。
家出少女なのか何なのか、加賀は詳しく知らないが、少なくとも初めて出会ったときから、黒瀬には家がなく、そのほとんどを野宿やネットカフェで過ごしていたようだ。
「んふふー、それに、お泊り会みたいで楽しいじゃないっすか」
言って、黒瀬は流し目で加賀を見つめる。
「加賀先輩と、一つ屋根の下っす」
「わざわざそんな言い回しすんなよ」
「お風呂にするっすか? ご飯にするっすか? それとも……こ・ろ・し?」
「……あぁ、お腹は減ったな。ご飯にしようか」
ツッコミを入れるのが面倒だったので普通に答えた。
「んじゃあ、一緒になんか作るっす!」
「冷蔵庫的な、食材保管庫みたいなのがあるのかな」
「んじゃあ、加賀先輩はそれ探してて下さいっす。私はとりあえず、このダボ服脱いでセーラー服に着替えるっす。さすがにもう乾いてるっすよね」
黒瀬はそう言って、家の外に干していたセーラー服を取りに行った。
その間に加賀は食材を探す。
すぐにキッチンのような部屋を見つけた。
真っ白な皿が置かれた棚。
綺麗な銀色の流し台。
……だが、見た感じ、水道の蛇口とか、コンロっぽいものは見当たらない。
代わりにあるのは……水晶の玉みたいなものだ。
流し台。
蛇口があるべき場所に、水晶の玉が埋まっていた。
「……何だろう。ボタン的な?」
そんな風に呟いて、加賀はおもむろにその水晶を押してみた。
すると、どういうシステムなのかは分からないが、水晶の辺りから水が湧き出した。
「……なるほど、これも『魔法道具』か」
つまり、水を出す魔法が埋め込まれた『自動魔具』。
アルマの店を照らしていた水晶と同じようなもの。
この『世界』では、日常で使える『便利な魔法』を『魔法道具』として簡単に扱えるようになっているようだ。
……と、そのとき。
「加賀先輩!」
黒瀬の大きな声が家を揺らした。
加賀が驚いて声の方向に振り向くと、真っ青な顔をした黒瀬が目に入る。
「ど、どうしたんだよ黒瀬後輩」
「私のセーラー服が無くなっちゃったんすよ! 加賀先輩に買ってもらった制服なのに! 殺すー!」
「誰を殺すんだよ。風で飛ばされたんじゃないのか?」
「うわーん!」
泣いてしまった。
子供か。
「泣くなよ黒瀬後輩。セーラー服ならまた買ってやるって」
「……うぅ……ぐす」
黒瀬はダボ服で涙を拭う。
「……この『世界』にセーラー服が売ってるとは思えねえっす……」
「あぁ、まぁ、そうだな」
サラッと言うと、黒瀬は絶望した表情と共に再び涙を滲ませ、そのままダンゴムシのように丸まってしまった。
なんだこの生物。
黒瀬にも失うものの悲しさは分かるらしい。
大切なものを失う悲しさ。
それでも黒瀬は殺す。
人を殺す。
殺人鬼。
だから、たぶん、もう、そういう次元の問題ではないのだろう。
モラルとか、道徳心とか、そういう話以前の問題。
黒瀬が殺人鬼たる所以。
黒瀬が生き物を殺す理由。
それはいったいどこにあるのだろう。




