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下庫理警視と別れたあと、ふたたび五軒家さんをまいた風致地区まで戻って、彼女の臭跡を追った。戸波家に動きがあれば下庫理警視が知らせてくるはずだから、まずは誘拐事件にまつわる噂のほうを優先的に調べることにしたのだ。
噂の出元を知りたかったら校内の噂を集めてる人に訊けばいい。つまり五軒家さんだ。ボクが戸波さんの誘拐事件のことを聞いたのも五軒家さんだし。
彼女の臭跡はしばらく森の中をうろうろしてから通りに戻り、戸波さんの家までいって引き返し、それから平和公園の方角に続いていた。さらに追っていくと毎朝見慣れた風景になる。
どうやら学校にいるようだ。
聖泉学園高校は箱入りのお嬢さまを大量生産するのを目的として設立されたわけだけど、十年くらい前に方針転換。このままでは少子化に対応できず学校経営が成り立たなくなるとして、自由な校風を目指すことになった。もちろん、反対も多くてお嬢さまブランドとして確立していた制服をやめて私服にするときには卒業生在校生ともに猛反対したそうだ。女子高をやめて共学にするという案が出たときは、もっと激しい異論が続出……経営側と生徒やOGの間で譲れるところは譲り、発展的に学校改革に取り組むということで合意した。
それでボクでも入学できるような学校になったけど、お嬢さま学校だったころの名残はあちこちに見られ、例えば学校のまわりを高い塀がぐるりと敷地を取り巻き、正門と裏門には警備員が常駐していた。もちろん警備員もお嬢さま学校だった時代から若い男は不可で、警察を退職したおじいちゃんがやっている。
その警備員に生徒手帳を見せなければ学校の敷地に立ち入ることはできない。ボクはポケットに生徒手帳を入れたままにしてあったので、それを見せた。オトについては親戚だと言い、一緒に近所を散歩していたら忘れ物をしたことを思い出したので取りにきたと説明した。
オトはかわいい顔でニコニコと警備員に笑いかけた。
本来は部外者を校内に入れてはいけないはずだが、生徒と一緒にきたわけだし、子供だから問題なしとされた。
冬休みでも練習している部活はある。授業はないのだから、五軒家さんもクラブ活動のためにきているのだろう。
通常は正式の部ではない同好会は部室がもらえないはずなのだが、なぜかスポーツ新聞同好会は昭和の中頃に建てられたという鉄筋二階建ての古くて狭くて、冷暖房もないクラブハウスに部屋を持っている。
「あっ! いいところにきた」
訪ねてきたボクの顔を見るなり、五軒家さんはA3サイズの紙を押しつけたきた。次号の試し刷りだ。なぜかボクの特集号だったりする。
私服は黒が好きだとか――黄色いシャツの上に赤い上着を着て、青いジーンズをはいて、緑のスニーカーみたいな素敵で愉快な服装はしたくないから。色のコーディネイトが自分ではできないボクが持っている服はブラック一色。
図書館でディケンズとデュマを借りたから古典的な小説が好きらしいとか――たまたま。現代ものでも、日本文学だって嫌いなわけではない。でも、先々週は朝山蜻一と沼正三の組み合わせだったから、そのときだったらどんなふうに書かれたか怖い。
「お金を出して買う人はいないと思うけど?」
「ミスター聖泉の特集なら売れる!」
「拒否します」
ボクからすると不名誉とまでは言わないが、あまり自慢できない称号がミスター聖泉である。この秋の文化祭で全校生徒の投票により各学年でミスとミスターが選出されて、なぜかボクが一年生のミスターに選ばれてしまったのだ。目立つのは好きではないし、自分の知らない生徒からも「あ、ミスター聖泉だ」などと指をさされるのは気持ちよいものではない。
ちなみに一年生のミス聖泉は目の前の人。
「残念でした、報道の自由は日本国憲法で保障されてるので拒否は不可」
その瞬間、オトがつないだ手をふりほどこうとする。
あまり勘が冴えるタイプではないのに、めずらしくボクが嫌がっていることを察知したようで、瞬間的に戦闘モードに入ってしまう。慌てて手を強く握って抑えた。すぐに怒ってはいけない場面だと理解したみたいで、全身の力を抜いた。
「あら、かわいい巫女さんだ」
やっとオトに気づいて五軒家さんが言った。そのかわいい巫女さんに殺されるところだったことには気づかなかったみたいだけど。
ボクのほうもスポーツ新聞同好会の部室にいる他のメンバーに目を向けた。女の子が二人いる。たしか烏森樹音さんと羽衣若葉さん。二年生なんだけど、なぜか後輩である五軒家さんに絶対の忠誠を誓っている聖スポの二羽烏と呼ばれていることは噂で耳にしたことがあった。三羽烏という言葉はあるが、二羽烏とは聞かないし、もう一人くらいなんとかしたらどうかと思わなくもないのだが、そうそう都合よくはいかないのだろう。それに、なんとなく敵意がこもっているらしい視線を向けてくるので、面倒な相手は少ないほうがいいのかもしれないと考え直す。
でも、ボク、あの二人になにかしたかな?
「ところで、なにか用だった?」
五軒家さんに訊かれたので、ボクは二人から視線を外した。
「戸波さんのことなんだけど」
「やっぱり。尾行してたんだけどまかれちゃって、彼女の家までいってみたんだけど姿が見えないし。しかたないから次号の編集をやってたんだけど……なにかわかった?」
「わからない。それより事件のことをどうやって知ったのかな? 普通は誘拐事件なら終わってからじゃないと一般的には知ることができないと思うんだけど」
「わたしを誰だと思ってるの! この学校のことで知らないことなんてないわ」
いつものように五軒家さんは威張る。
「それじゃあ生徒の誰かから聞いたんだ」
「でも、個人名は秘密。ニュースソースは秘匿はジャーナリストとしての最低限のモラルだからね」
「じゃあなりすと、ですか?」
「そうよ、それがなにか?」
なにもないです、と首を横に振った。戸波さんの事件にかかわらせようと、けしかけてきたのは五軒家さんなのだから、それなりに協力してくれると予想していたのに、あっさり裏切られた。それも学校新聞で、正式にクラブ活動と認められてない同好会のスポーツ新聞なのにジャーナリストのモラルという理由で拒否された。
がっかりして帰ろうとしたら、五軒家さんに引き止められた。
「いったい学校まで追いかけてきて、なんの用だったのよ?」
「だから、誰から誘拐事件のことを聞いたか教えてもらいたかったわけで……」
「なに? それって、そんなに大事なことなの?」
「大事というか、ヒントぐらいにはなるんじゃないかと思って……」
「それなら、最初からそう言いなさいよ。いきなり変なことを訊くから聖スポの秘密を探りにきたんだと勘違いしたじゃない」
「探るような秘密はないと思うけど……」
「なんですって! この部屋には時価にして十億円ぐらいの秘密があるんだから!」
「十億ですか、そうですか」
「信じてないのね? 例えば、これ」
五軒家さんは引き出しからなにかを取り出してきてボクのほうに差し出す。
これは……!
聖スポのスクープのひとつ、校長のカツラ脱着写真である。
前世はイタリア人だったと公言してはばからない、おしゃれに命をかけているような校長が校長室の鏡の前で頭を両手で押さえている写真が掲載されたのはボクも知っているが……これは、あのときの写真とは違う。なんとなくカツラを脱着しているところに見えなくもないという程度の写真ではなく、毛の塊のようなものを両手で持ち、地肌のすけた頭頂部もはっきり写っている。
これでは前世はイタリア人ではなく、カッパじゃないか。渋いオジサマを演出していて、それなりに生徒にも人気がある校長としては致命的な写真だ。
「掲載するから校長にコメントがないか聞きにいったの。そうしたら学校公認の同好会になるには会員が五人いなければいけないんだけど、三人でも認めてくれると言うし、この部室もくれると約束してくれたし。部活動として認めて年間十万円の部費を支給してくれたら、完全に記事を潰してあげてもよかったんだけど、さすがにそれは無理だと断られたから決定的瞬間だけは勘弁してあげたけど記事にはしたの」
同好会は部費ももらえないし部室もないが、かわりに顧問の教師もいないし、学校や生徒会の介入は最低限ですむ。ただし、どんな手品を使ったのか、スポーツ新聞同好会は部室を持っていて、うるさく指導する顧問の先生はいない。
これが、その手品のタネということか……しかし、それは恐喝ではないですか、五軒家さん?
さらに教頭先生と中年女性が写った写真を出してきた。普通に見たら似たような年齢の男女だから夫婦みたいだ。ただし背景が異常にチープな西洋風の城っぽい建物で、おまけに『平日ノータイム』という看板が出ているホテルでなければだが。
「去年まではPTAでもっとも手ごわいと恐れられてた青柳さんだけど、今年に入って人が変わったようにおとなしくなったと評判なのは教頭ががんばって欲求不満の解消につとめたからみたいね。捨て身で学校を守ってるのか、太めの女性が好みなのかまでは調べがつかなかったけど。そういえば、よく撮れた写真だからに焼き増しして記念にどうぞとプレゼントしたら、うちの新聞は聖泉学園にふさわしくないと騒いでたのに、まったく文句を言わなくなったし。他には……」
「もういいです、ボクが間違ってました」
「それならよろしい」
「戸波さんの話もいろいろ噂を拾い集めたの?」
「先に誘拐された高針さんと仲がよかったみたいね。遊び仲間というか、別に親友とか友達でもいいけど」
「あまりいい遊びかたをしてなかったようだけど」
「うちの学校の生徒は上手に遊ぶという評判で、深入りしたり、面倒になりそうなことは避けるんだけどね。線を引きべきところを心得てて、なにがあっても踏み越えることはないというか……でも、あの二人はダメ。ぜんぜんダメ。のめりこんでいたという話を聞いたわ。ちょっとかっこいい男にナンパされると簡単についていくし、ホストクラブの常連とか。ただ誘拐だと人命にかかわるから、まさか高校の同好会が捜査の邪魔になるような取材をするわけにはいかないし、具体的な店とか、ひいきにしていたホストの名前はまだ調べてないけど」
「そうなんだ。で、誘拐されたというのは、どこから仕入れたネタなの?」
「ああ、あれね。二人が仕入れてきたネタだから、直接尋ねたらいいわ。わたしは記者のスクープを横からさらうような編集長じゃないの」
その言葉を待っていたかのように、二羽烏が席を立ってボクたちのほうにやってきた。さっきから睨まれているような気がするけど、やっぱりボクには恨まれたり、嫌われたりする理由に心当たりがない。そもそも制服組の人たちとはあまり付き合いはないのだ。
烏森さんも羽衣さんもセーラー服を着ている。明治にさかのぼる聖泉学園の伝統ある制服だ。学校改革の一環で十年くらい前に廃止されて私服可になっているが、いまでも制服で通学してくる生徒はいる。お嬢さまブランドの一種ということだろうか、私服可になっただけで制服禁止ということではないから着てくるのは問題ない。
でも、廃止された年とか、その翌年なら、せっかく買った制服だし、もったいないから着てくる生徒がいるのもわかる。だけど、廃止されて十年もたっているのに、わざわざ制服を購入して登校してくるのはどういうことだろう? しかも割合としては制服組がまだ全校生徒の三割くらいいる。
反対に制服組からしたら、ボクのように私服の生徒のほうが理解しがたいのかもしれないけどね。廃止された制服を着続けている生徒は、たいてい本物のお嬢さまか、お嬢さまになりたい一般人で、聖泉学園を偏差値が高めだけど基本的には普通の高校としか思ってない私服組のボクたちとは肌合いが違う。
避けているわけでも、ましてやケンカしてるわけでも、いじめたりいじめられたりする関係でもないけど、なんとなく校内には私服派と制服派みたいな派閥があった。
「ジュースでもおごってもらおうか。オレンジね、果汁百パーセント以外は不可」
と言ったのは烏森樹音さん。
カフェテリアにいこうと誘ってきたほうは羽衣若葉さん。
「わたしはコーラ。ペプシのほうで、カロリーゼロのやつ」
なかなか細かい注文だが、カフェテリアの自動販売機にはあるのだろう。いちおう話をしてくれる気はあるみたいだし。
ボクはオトの手を引きながら部室から出た。
冬休みだからカフェテリアは閉店していたが、その前に設置してある三台の自動販売機はちゃんと稼動していた。これって捜査費用だと思うけど、必要経費として下庫理警視は認めてくれるだろうか?
絶対に無理だよな。ジュース二本で情報がもらえるなら安いけど、店の経費ではないから税務署に申告するわけにもいかないし……。
そんなことを考えながら注文の品物を探して二人に渡す。
「それで誘拐事件のことは誰から聞いたの?」
「ミス聖泉とミスター聖泉だから、お似合いとか思ってないよね?」
しかし、烏森さんは答えずに、まったく別の質問を返してきた。
「この学校で一番千弓さまを愛しているのはわたしたち。邪魔をするのは許さない」
と、羽衣さんにも睨まれる。
「あんたはたまたまミスター聖泉に選ばれただけで、格がまったく違うということがわかってる?」
「そうそう、千弓さまは正真正銘のお嬢さま。彼女のお父さまを知ってる?」
五軒家さんはいろいろ有名だから、ボクも彼女の家のことを知っていた。父親は県会議員を長らくつとめている。どういう仕組みなのかは知らないけど、愛知県議会には五軒家の当主の予約席があって、祖父も曽祖父も、ずっと議会に席を持っていた。地盤とかカバンとか、そんなものが充分に用意されているということだろう。
叔父さんは五軒家組といって名古屋でもっとも有名な建設会社の社長。親戚関係も合わせると五軒家警備保障とか、飲食店のチェーン店のファイブハウス、介護サービスの五軒家ケアセンターなど、いろいろ多角的に事業を展開している。
さらに系図をさかのぼれば尾張藩の執政を出してきた家でもある、正真正銘のお嬢さま。
ところが、それは認識が甘いと二人から鼻で笑われた。知事も県議会を牛耳り国会にも顔がきくベテラン県議であり、その一方で名古屋周辺の暴力団関係まで押さえていると言う。裏側でつながっているというだけでなく、表向きにも名古屋で最強の戦力を直接的に持っているらしい。建設会社のほうも、警備会社にも、柔道や相撲、あるいは元プロボクサーなどもいて、社員旅行はグァムで実弾射撃ツアーとか。
「知事も国会議員も、名古屋で選挙をするなら千弓さまのお父さまに逆らってはダメ。靴を舐めろと命じられたら、大喜びで土下座して靴を丁寧に舐めなければ当選しないのよ。この地域の暴力団は番犬みたいなもので、ポチと呼んだらワンワンと駆けつける。もちろん、県警も、県庁も、市役所も、公安委員会も、教育委員会も、人事委員会も、労働委員会も、収用委員会も、ありとあらゆる組織が千弓さまのお父さまのもの」
そんな怖い人だとは知らなかった。古くからの由緒ある家柄で、この地域の実力者だと思っていたら、それどころか独裁者だったわけだ。
「だから、おんぼろ神社の跡取りとは釣り合わないわよ」
「烏森さんと羽衣さんは釣り合う家の人なんだね?」
と、言い返す。
でも、やっぱり笑われた。
「それで反撃したつもり?」
「わたしたちはいいのよ」
「だって、わたしたちは千弓さまの下僕」
「だって、わたしたちは千弓さまの奴隷」
下僕とか奴隷とか自分から言っちゃってるよ。敵意らしいものを感じていたけど、ボクは五軒家さんのことをどうにかしたいと思っているわけではないのに。ここは誤解をといておかないと面倒なことになるかもしれない。
「ボクのほうはべつに――」
「あの大きな胸の谷間に顔を挟んでぱふぱふしてみたいな、とか思ってるだろう!」
「ぴちぴちした太腿をすりすりしてみたいな、とか思ってるだろう!」
……一切釈明は受けつけてもらえなかった。この世の中、自分を基準に考える人は多いけど。
「そんなこと思ってない――」
「あのやわらかそうな唇でいやらしい雌犬めと罵ってもらったら、それだけで幸せじゃないの!」
うそつき、と烏森さんに罵られた。
「あの形のよい足で顔を踏んでもらえたら、それだけで幸せじゃないの!」
かっこつけるな、と羽衣さんに詰られた。
そういえば五軒家さんは校内のことをなんでも知っていると自慢してるけど、二人の会員がMっぽい百合で、どうやらいやらしい目で見ているらしいことも知っているのかな? やっぱり知らないよなぁ。
二年生なのに、後輩の一年生に絶対の忠誠を誓うとか、ちょっとおかしいと思っていたけど、どうやら本格的におかしな人たちらしい。
「あなたは千弓さまになにができるの?」
「わたしたちは千弓さまの望むことなら、なんでもできるわ」
烏森さんはオレンジジュースを、羽衣さんはコーラを一気飲みして空缶をゴミ箱に放り投げる。そのまま背を向けそうな雰囲気だったので、慌てて質問する。答えさえもらえば、もう用事はないのだ。
「戸波さんのことはどこで聞いたの?」
「娘が行方不明になったら、まず最初に友達のところになにか知らないか電話くらいするのが普通でしょう」
羽衣さんが答えてくれた。
「戸波さんとは親しかったの?」
ムッと顔をゆがめて烏森さんがボクを睨む。
「同じクラスだし。そんなことも知らなかったの?」
はい、知りませんでした。この学校にはボクの知らないことがいっぱいある。今日は知りたくないことも、知ってしまったしね。
「もういいよね?」
「あと一つだけ。その香水はどうしたの?」
二人の体から臭う香水は、矢田川の河原に微量だけだけど残っていたにおいと同じ。つまり高針さんと同一の香水をつけているということになる。
この甘ったるい香りはベビードールかと思ったけど、そこまで甘さはキツくない。それに少し柑橘系の香りも加味されていると思う。
「この香水? どっかフランスのブランドのヤツ。チョーヤスでワンコインだったから、みんな買ったよ」
ここは喧嘩腰ではなかったけど、不審な顔をして烏森さんは答えた。チョーヤスというのは学校の近くにある『超安売店』のことだ。看板にふられているルビからすると『超安売店』と書いて『スーパーディスカウントショップ』と読ませたいらしいが、この学校では『チョーヤス』と呼ばれるのが一般的だ。
みんなが金持ちというわけではないし、たとえ金持ちでも子供にたっぷり小遣いをくれる親ばかりではない。だから、かなりの人気店で、揃わないものはないというほど品揃えのいい店だった。
しかし、ワンコインということは百円か五百円ということで、さすがにチョーヤスでも香水一瓶が百円ということはないだろうから、やっぱり五百円かな。それでも安い。
みんなが買ったということは、あちこちに同じにおいがあるわけで、臭跡を追うのが難しくなる。そもそも香水はアルコール分を多く含むから、何日もたっているとにおいが消えてしまう。残っていたとしても、香りの成分は均一に劣化したり、消滅するわけではないから、時間がたつにつれて香りは微妙に変化していく。長く残る成分と、その人の体臭が混ざり合って、だんだんと元の香水とは違った香りになっていくのだ。
あの犯行現場はシートがかけてあったからかろうじて香水のにおいが残っていたのだと思うけど、もし遺体が川の中にあるとしたら、それを臭跡だけで探すのは不可能だ。遺体になっているとしたら汗はかかないし、香水どころか、体臭までも水に流れてしまう。
困ったな、どうしよう?