10
カフェテリアを出たところで、若葉は携帯電話をかけた。大神早瀬が校庭を歩いている。方角からすると正門に向かっているのだろう。
「ひとりは黒の上下、もうひとりはフランス人形みたいな格好をした子」
聖泉学園の住所を伝え、さらに大神神社の場所を教えた。その途中のどこかで追いつくことができるはず。
「早急に排除すること」
「ほぉーい」
頭の悪そうな返事が返ってきたので、若葉は顔をしかめた。バカのほうが扱いやすいが、あまりにバカ過ぎても心配だ。そんなに複雑な命令ではないのだが……。
それに大神早瀬の質問も気になった。戸波朱里の誘拐事件を調べているようだし、あの香水について尋ねたのも不思議だった。
「あの現場に香水のにおいが残っていたのだろうか?」
まさか、と樹音が笑う。
「あれから何日たってると思うの? 香水のにおいなんか残ってるはずないわ。もし残っていたとしても、どうしてあいつが現場に入れたわけ? 推理小説では警察官でもない一般人の探偵が事件現場に簡単に入れるけど、現実には親が警視総監だったとしても、そんな公私混同したら責任問題よ」
「だったら、なぜ?」
「決まってるじゃない、いまごろ安くて素敵な香りの香水を買おうとチョーヤスに駆け込んでるわ。とっくに売り切れなのに」
「本当に安かったよね、これ。警察犬対策だったけど、いっそプライベート用にも何本か買っておけばよかったな」
「やめなさい、かぶるわよ、みんな買ったんだし」
「まあ、服でも、靴でも、誰かが同じものを持ってると萎えるよね」
「それより気にするなら千弓さまとあいつの関係よ」
樹音が顔を引き締めた。香水なんかより、こっちのほうが大きな問題なのだ。
「千弓さまが協力的だったということは、大神早瀬になにか期待するところがあるのかしら?」
「腹が立つ!」
「いいじゃない、すぐ怖い目に遭うんだから」
若葉はニヤリと笑った。さっき本田に連絡した携帯電話を掲げて見せる。
*
わかったと返事をしたものの、本田秀人はわざわざ出かける気にならなかった。さっき起きて、朝昼兼用の食事をしたばかり。
はっきり邪魔になるとわかっているなら脅すのもわかるが、かもしれないというだけで面倒なことをする気になれない。
下手にやったら、かえって厄介なトラブルを引き起こしかねない。
しかし、百万円の仕事は絶対にしくじれない。どうやら、この仕事には裏がいろいろあって百万どころではない、金になりそうな予感もするのだ。こういう勘は大切にしなければならない。
ちょっと前に曽根が車を持ってくると連絡してきたことを思い出す。
*
曽根和幸は黒の上下とフランス人形に心当たりがあった。そんな組み合わせ、そうそうあるものではない。ちょうど車を借りてきたところというのも都合がよかった。
初代のセルシオで二十年くらい前の年式だが、エンジンの調子はよかった。オドメーターでは十七万キロを走破したことになっているが、とくにへたっている感じはしなかった。サスペンションもしっかりと動き、なかなか快適な乗り心地だ。
どうせ返却したあと、この車はアフリカに輸出される予定になっていた。なにか証拠が残ってしまったとしても、日本の警察が調べることはできないだろう。
すると残る問題は、どうやって命令を実行するかだ。排除というのは脅して、手を引かせればそれでいいらしい。
しかし、そんなことで済ますつもりはない。たっぷり仕返しをしてやるのだ。一人で正面からやりあうのは無理なことはわかっているが、かといって応援を呼ぶのも時間がかかりすぎる。
轢こう。
まず車をぶつける。人間は車をぶつけられたらたいてい死ぬ。死ななかったとしても、かなりのケガを負うだろう。
すぐに車から降りて、トランクに詰め込む。
一分あればいい。計算どおりにいかなかったとしても二分か、三分。
人通りの少ない道なら目撃者がいる危険は少ない。もしナンバープレートを見られたとしても、どうせ廃車からはがしてきたものだ。
そのまま猿投か、足助か、そのあたりの山にいけば埋める場所なんかいくらでもある。このあと本田のところに車を持っていかなければならないが、二人を脅せと命じてきたのも本田なのだから少しぐらい時間に遅れても文句を言われることはないだろう。
気をつけなければならないことがあるとすれば、あまり強くぶつけないことだ。相手が人間でもフロントまわりがメチャクチャになったり、フロントガラスが割れたりすることも多い。
まあ、そうなったらそうなったで、この車は解体して部品として輸出し、別の車を調達して本田のところに届ければいいだけだが……日本には充分使えるのに、ただ古いというだけで中古車として商品価値がなくなる車があまりに多い。
曽根和幸はグッとアクセルを踏みつけた。




