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ボク、オト、康三さん、姉ちゃん、下庫理警視の順番に座っている。座卓をはさんで反対側には五軒家さん、高針さん、戸波さんがいた。
離れの内部は十畳ほどの和室だった。いま五軒家さんがお茶を淹れてくれたところ。
「で、どういうことなのかな?」
無言で向き合ってお茶を飲んでいるのが耐え切れなくなって、まずボクが質問してみる。
すると五軒家産はさっきと同じように誘拐ではないと言い返してきた。
「チンピラみたいな連中にさらわれたから助けただけじゃない。狂言誘拐だったことはわかってるのよね? どうやって収拾をつけようか考えてたのよ。こんなことがバレたら退学処分になりかねないけど、寄付金を積んで無期限停学にまけてもらって、しばらくしたら停学を解除してもらうとか、いろいろ段取りを考えたり。この世の中、なにか問題があったとしても、お金で買い取ってしまえばいいのよ。もし相手がどうでも値段をつけないというのなら、写真とか録音テープとか、別のものを用意しなければならないけど、そんなのどうにでもなるしね。この子たちは計画を立てて実行したのに、どうやって幕を引くかぜんぜん考えてなかったみたいで。なん
で、このわたしが他人の後始末に追われないといけないのよ!」
「とすると、五軒家さんは烏森さんと羽衣さんが黒幕だって知ってたの?」
「わたしを誰だと思ってるの? この学校で知らないことは一つもないわ!」
「だったら、最初から止めてくれれば――」
はじめから知ってたわけじゃない、と五軒家さんに怒られた。
「樹音と若葉がなにか企んでるのは気づいてたけど、あの子たちがわたしの喜びそうな事件を起こすのはいつものことだし。でも、まさか誘拐やって現金一億円も奪うとは思わないじゃない。あんなチンピラまで巻き込んで……やりすぎよ」
「でも、ほら、いままで事件を起こしたことがあったのなら、戸波さんの誘拐事件の話をしたときにおかしいと感じたんじゃないのかな?」
「まあね、校内のゴシップと違って刑事事件の情報は簡単には入手できないもんね。だけど誘拐事件の場合は犯人から脅迫電話がかかってくる前に親が心配して友達に娘がどこにいるか知らないか尋ねてまわったとしても不自然じゃないし。何人かに電話したなら樹音や若葉が聞きつけたとしてもおかしくないから、その話を聞いたのと同時に狂言誘拐を思いつけと言われても無理だわ!」
ここのところ五軒家さんはボクを尾行していた。だから、今朝もボクが戸波さんの家にいくことを予測して、張り込んでいたそうだ。ボクたちは康三さんに車を出してもらって身代金を乗せた車を追った。
ところが五軒家さんは自転車で戸波さんの家の近くにいったので、車を追跡することはできない。ボクたちが戸波さんの父親の車を追っていってしまったあと、しかたなく自宅に帰ろうとした五軒家さんは戸波家を張り込んでいたらしい烏森さんに気づいた。そして尾行していくと羽衣さんと合流し、ウィークリーマンションに入っていく。
もちろん、五軒家さんは学校関係者の住所はみんな把握しているわけだけど、このウィークリーマンションにはまったく心当たりがなかった。
「それで、あれこれ考えてみて狂言誘拐にたどり着いたわけ。慌てて電話して若い衆にきてもらったの。そのときマンションから殺されたはずの高針さんと誘拐されたはずの戸波さんが出てきて、それも危なそうな連中に無理に車に乗せられたから、こっちに身柄をもらったのよ。あのまま放っておいたらどんな目に遭ってたかわからないわよ、まったく無謀なんだから!」
「それはそれでいいとしても、それなら二人を早く開放すればいいのに……」
「わたしだって、すぐに解放するつもりだったわ。だけど、この二人、家に帰りたくないとゴネるし、このまま家出してしまったらなんのために助けたかわからないじゃないの。だから、せめて一度は自宅に帰るように説得してたのよ!」
五軒家さんは二人を睨みつけたが、高針さんも戸波さんも平気。
「他人のことは放っておいてよ。あのお金で好きなように暮らすんだから」
「二人で遠いところにいって、楽しく暮らすんだもんね」
「ねえ、なんとかしてよ」
五軒家さんはボクに押しつけてきた。
「そんなこと言われても……」
「だいたい、わざわざわたしのほうから神社に出向いて遠まわしに事件は終わったと伝えたじゃない」
「えっ、あれはそういう意味なの?」
「そうよ、できるだけのことをしたんだから手を引いてもいいと言ったじゃない」
「遠まわしすぎてわからなかったよ」
「なんでそんなに鈍いのよ! わたしが後始末するつもりだったけど、こうなったらあなたが最後まで責任とりなさいよ」
五軒家さんは怒っている。ということは、やっぱりボクが悪いのか?
部屋の奥には戸波さんのお父さんが用意したトランクが置いてあった。直接確認したわけじゃないけど、古新聞とかではなく一億円が現金できっちり入っているのだと思う。そのトランクを持ち上げる。
「この家から放り出したらいいよ。別に家出したければ勝手にしたらいい。このお金は戸波さんのお父さんのだから返しておく」
ちょっと待って、と戸波さんがトランクの反対側をつかんだ。
「これはわたしのよ!」
「違うよ。烏森さんだったか、羽衣さんだったか忘れたけど、どうせ親が死んだら遺産として相続するから前渡してもらっても問題ないと主張してたけど、これは誘拐犯に奪われたお金だよ。戸波さんのお父さんは自分の娘を助けるために誘拐犯に払ったんだから」
懸命にトランクを引っぱっていた戸波さんの力が弱くなった。やっぱり親の遺産の前渡しという考えかたに違和感が残る。彼女だって同じなのだろう。自分が正しいと心から信じているのならトランクを握って放さないはずだ。ボクはトランクを奪うと、そのまま下庫理警視の前に置いた。
「これを手にできるのは誘拐犯だけですよね? もし誘拐犯がいるのなら逮捕されるし、いないなら不要なのだから元の持ち主に返却される」
「そういうことだな」
警視はトランクを持ち上げた。そして、高針さんと戸波さんについてくるように言った。
あてにしていた遺産の前渡しがなくなったせいだろう、二人ともあっさりと従った。
ボクたちももうここには用はない。続いて部屋を出る。
「スーツでない警視をはじめて見ました」
と、ボクはちょっとからかうように言った。
「警視と呼ぶな。いまは警視ではない」
「警視じゃないんですか?」
「もし私が警視だったら、住居不法侵入や銃刀法違反で逮捕しなければいけないヤツが何人もいる。わかるな? だから、いまは警視ではない。しかも、この屋敷は治外法権だ。警察が捜査しようとしたら名古屋で最高の弁護士が集団で県警本部に押しかけてくるだろうよ。裏では各方面から圧力をかけてくるだろうし、下手に手を出そうものなら、私の首が飛びかねない」
たしかにボクは勝手に五軒家さんの家の門を乗り越えたり、ガレージを調べたり、敷地に入ったわけだから違法行為をしたことになるわけだ。いくら正しいことのためにやったといっても言い訳でしかないし。康三さんなんかサブマシンガンを乱射だもんな。
まあ、五軒家さんの側も拳銃を持った若い連中が自宅に何人もいたことが表沙汰になったら五軒家さんの父親は議員の椅子を失うから、ここは引き分けにしておくべきなのだろう。
「わかりました、下庫理さん」
「違う、シリゴ・リーだ」
「はい?」
「小学生のとき銀幕で観たブルース・リーを心の師匠として、この四十年間ドラゴンになろうと修行を続けてきた正義の拳法家シモゴ・リーだ」
ぽん、と肩を叩かれた。康三さんだった。そういえば康三さんは下庫理警視とそれなりに付き合いが長いはずだ。その康三さんが「そういうことにしておけ」と小声でボクに耳打ちする。なので、ボクもそういうことにしておいた。
「シモゴ・リーさんはどうしてここに? やっぱり正義の味方だから?」
「ヤクザのような連中にさらわれたと連絡してきただろう? 誘拐されたとされている高針と戸波。計画を立てた烏森と羽衣。四人とも同じ学校で、聖泉学園にからんでヤクザというと、一番に思いつくのは五軒家ということになる。それで、いちおう様子を探りにきてみると世界一陰険な女が歩いていたから声をかけようとしていたら、誰かの助けを呼ぶ遠吠えが聞こえてきたのだ」
「あら、不思議ね。わたしもこの道を歩いてきたんだけど、見かけたのは無駄飯を食わせたら世界一と評判の公務員だけよ」
「おかしいな。今日も誘拐事件を無事に解決した愛知県警きっての名刑事だったら見かけたが?」
シモゴ・リーと姉ちゃんが睨み合う。この二人はあまり仲がよくない。
なんでか理由はボクも知らないけど、まあ、どうしても知りたいわけじゃないしね。




