南の国の夢の夜・Ⅵ
「あの双子、隣の砂漠の神聖帝国の聖帝と、縁談が持ち上がっているらしいぜ」
王宮別棟の宿舎まで、馬車を護衛しながら騎馬で並走するロッチ。その横に、何処からか合流したジークの騎馬が、手綱を寄せて話し掛けて来た。
「ついさっき入った情報だ。
砂漠の聖帝のハーレムは、南ヲ国とは比べ物にならないほど規模が大きく、小都を築けるほど女性がひしめいてるってさ。
嫌だったんだろ、そんな蠱毒の坩堝みたいな所へ嫁ぐのが」
「はあ……」
自分たちの事は棚に上げて、自分だけを愛してくれる純粋な王子様の方がいいってコト? ムシが良過ぎると思う。
王国と海を挟んだこの乾燥地帯の大陸は、また勢力図が違って、『砂漠の神聖帝国』が、大陸の三分の二を占めている。
南ヲ国からすれば、どうしたって太刀打ちの出来ない強大国。
我が王国とは、大きな式典に招き招かれる程度の間柄で、まだ深い国交は結んでいない。結ぶにしても注意深く進めねばならぬと警戒している相手。
「しかしやっぱり第四王子、タヌキだったなぁ」
「どういう経緯なんです? 双子はともかく、第四王子の思惑が分かりません。まさか砂漠の神聖帝国とうちの国を仲違いさせたいんじゃないでしょうね」
「ああ、そっちは大丈夫だ。神聖帝国は双子に固執していない。南ヲ国にそこそこ価値のある王女を差し出させ、目に見える従属の姿勢を示させたいだけだ」
「はい……」
ロッチは、他の王女たちの困惑した顔を思い出した。政略で縁談を組まれるのは承知しているが、妹の我が儘を優先されるのは御免なのだろう。
「蠱毒っても、あの二人には悪くない嫁ぎ先だと思います」
「そうか?」
「だって二人一緒に引き取って貰えて、大勢いる中の一部なら、ベタベタくっ付いててもヒンシュクを買わず、何だったら余興感覚で周囲を楽しませるでしょう」
縁談を組む側は、双子の希望に沿ってくれていると思う。
ジークは苦笑いして後、眉をしかめた。
「ロッチが見た限り、その双子、王女の序列も何も無視して、我れが我れがってタイプなんだろ?」
「はい……」
「そんなの、序列厳しいハーレムになんて、とても放り込めないぞ」
「彼女たちみたいなのでも磨り潰されますか?」
「潰されるだけならともかく、あんな妃の万国博覧会みたいな場所で、他所の大国の妃に無礼でも働いてみろ、下手したら母国が吹っ飛ぶぞ」
「あ、ああ」
気楽に考えていたロッチはビビった。
「ハーレムは、女性たちの立派な外交の場だ」
「はい……」
外交沼深い……
縁談を組んだ人たちは、どこまで予測出来ているのだろう? 双子の綺麗で見映えが良い所しか見ていなかったら大変だ。
「あっそうか、第四王子、そこを心配したんですね」
ロッチはポンと手を打った。
人数が多すぎて下の方が見えない上層部より、彼ぐらいの立ち位置の方が、兄弟たちの欠点を把握出来ているのだろう。
「やっぱりキレ者ですよね、第四王子。特別っていうか、他と一線を画しているというか」
「おいおい、そうじゃないだろ。奴が他より頭が回るのは確かだろうが…… まともな考えの持ち主なら、第一に来るのは、嫁ぎ先の変更じゃなくて、双子の教育だろうが」
「ぇ……はい……」
確かにそうだけれど。
「お前、ちょっと変なフィルター掛かってないか? ロッチ」
「い、いいえ、そう、そこで我が殿下を利用しようとしたのは、許せませんよ、許せません」
「そうじゃなくて……ロッチよぉ、他所の国の『出来る癖に爪を隠している奴』は、要注意だ、覚えておけ」
「はい……」
「基本、敵だ」
「えっ、は、はいっ」
敵……
ジークは「ふん」と息を吐いて、カーテンの閉まった王太子の馬車を見やって、肩を竦めた。
「殿下だって、いつでも万全でいらっしゃる訳ではない。その為に俺らが居るんだろうが」
「……はい」
神妙に返事をするロッチに、ジークはもう一度「ふふん」と息を吐いた。
アーサーたちの探りによると、南ヲ国側は、こちらが思うより、王国の今後に注視していたらしい。
王太子の妃に身内を送り込めるなら願ってもないし、実現すれば、橋渡しをした第四王子の評価は上がっただろう。
万が一、双子が殿下を連れ込んだ応接室で、誤解を招くような口実を作ってしまえば、強引に話を固めに来られたかもしれない。
「もしかして、危機一髪だったんですか?」
「殿下は上手くかわされたろ?」
「ヒヤッとするじゃないですか、教えといてくださいよ」
「その点だけは大丈夫だ、我々は、殿下の『真実の愛』の拗らせ具合に、全幅の信頼を置いている」
「…………」
木立の間の月を見上げながら、馬上のジークは更に話を続ける。
「あの双子、第四王子にかなり懐いていて、言いなりらしい。他の兄弟に対するのと全然態度が違ったろ」
「ああ、そういえば」
『明らかに他と一線を画した美しく賢い兄』に特別扱いされたら、自惚れてしまうのかもしれない。
「手駒として育ててたのかもなぁ」
「?? マジですか」
「今回の殿下相手でなくても、需要あるだろ、アイドル性のある神秘的な双子少女。何処の国へ出しても大衆の人気を得られる。
その裏で、兄が頼めば何でもペラペラ喋り、兄の言う事なら悪い事とも思わず平気でやらかすお人形……陰でそんな風に噂されていたな。
下の方に目が行き届かない王室で、ありがちな勢力争い」
「…………」
そんなの、どう転んでも不幸にしかならない末路を辿るだろう。途端、あんなに憎たらしかった双子が、憐れに思えて来た。
「双子を操って、功績を上げて兄弟間で這い登る事を狙っていたんだろな、第四王子」
「よ、四番目から、玉座へ、ですか?」
さすがに話が飛んで、ロッチは声を上げそうになって、慌てて抑えた。馬車の中の殿下に聞こえちゃう。
ジークはひと睨みして、続けて教えてくれた。
「玉座は分からんが、四番目辺りは、たった一つの順位の違いで待遇が雲泥の差だろ。もう一個上がれば、王の傍に侍れるんだ。
キッパリ諦めの付く下の方と違って、その気になれば狙って行ける。上が遠いのは分かっているが、でも下の方の十把一絡げにも混ざりたくない。プライドも高いんだろうな、知恵が回るだけに」
「はい……」
「それを目論んで双子を育てていたのに、嫁ぎ先が神聖帝国のハーレムじゃ、それまでの苦労が水の泡だ。あんなデカイ国相手じゃ何も出来やしない。下手したら自分の首が絞まる」
「はい……」
「だから、都合よく目の前に来た、『父王が注視している王国』の、ローザリンド殿下に白羽の矢を立てた。折角育てたんだから元手を回収しなきゃって」
「…………」
外交沼深い、溺れそう……




